ドルを守る会社が、なぜゴールドを爆買いしているのか

ゴールドを爆買いする企業
スイスの旧核シェルターに、毎月数十トン規模のゴールドが運び込まれています。
運び込んでいるのは中央銀行ではなく、一つの民間企業、テザー(Tether)社です。
テザー(Tether)社とは、暗号資産「USDT(テザー)」を発行・管理している企業です。
暗号資産「USDT(テザー)」とは米ドルに価格が連動(ペッグ)する世界最大のドル建てステーブルコインです。
ドルを守る会社が、実は世界中でゴールドを爆買いしています。
普通ならあり得ません。
なぜなら、ゴールドはドルのライバルだからです。
世界最大のドルの信用そのものを商売の土台とする、つまりドルの守護者ともいえる企業がゴールドを集め続けています。
ドルを守る側の企業が、なぜドルの対極にあるゴールドを買い漁っているのか。
事実関係を一つずつ確認しながら見ていきます。
米国債の購入も世界17位
テザー社のドルに価格が連動するステーブルコイン「USDT」には米国債の裏付けがあります。
USDTは世界160カ国以上、1億人を超える利用者に使われており、
発行元のテザー社は、その裏付け資産として莫大な米国債を持っているわけです。
テザー社はゴールド価格に連動するステーブルコイン
「テザーゴールドTether Gold (XAUt)」も発行しており、
ゴールド現物の裏付けがあります。
「テザーゴールドTether Gold (XAUt)」の裏付け用以上のゴールドを日々積み増しています。
2025年ゴールド購入は世界第2位
テザーゴールドはゴールド約22トン分発行していますが
2026年に入り、テザーゴールドの裏付け分を遥かに超える約130トン規模に達しました。
CEOのパオロ・アルドイノ氏は、この現物ゴールドをスイスの高セキュリティ施設(かつての核シェルター)に保管しており、
その様子を「ジェームズ・ボンドに出てくるような場所」と表現しています。
政府や中央銀行を除く保有主体としては民間企業として世界最大級で、
フィンランドやブルガリア、ペルーといった国の公式なゴールド準備を上回る規模です。
2025年の1年間だけを見ると、テザー社が買い増したゴールドの量は、
ポーランドを除く世界のどの国の中央銀行よりも多かったという分析も出ています。
同時に、米国債の巨大保有者でもある
ドルのステーブルコインが活発に使用されるようになってテザー社はその裏付けを確保するために米国債を歴史的なペースで買い増しています。

図1 テザー社の米国債保有額の推移
2025年初めに330億ドルだった保有額は、2026年第1四半期末には1,410億ドルに達し、
世界の国家の中で米国債保有額17位に相当する規模になりました。
これはドイツ、韓国を上回る水準です。
背景にジーニアス法
背景には、2025年7月18日に成立したジーニアス法(GENIUS法)があります。
この法律は、ドルに連動するステーブルコインの準備資産を、米国債などの安全資産に限定することを義務付けており、
USDTの発行量が増えるほど、自動的に米国債への需要が生まれる仕組みになっています。
なぜ、ドルの守護者が同時にゴールドを買うのか
ここに一つの逆説があります。
テザー社は、ドル建て資産(米国債)を大量に抱えることでドルの信用を支える側にいながら、
同時に、ドルが揺らいだときの逃避先とされるゴールドも積み増しているのです。
アルドイノCEOはこの理由について、ゴールド連動トークンテザーゴールドの狙いを、
「金融システムへの信認が弱まっている局面で曖昧さを無くすため」だと説明しています。
煙に巻いた表現ですが、
「ドルの信認が弱まっているのでゴールドを買っている」ということに聞こえます。
米国債からの金利収入である「ドル経済の果実」を、ゴールドという「ドル経済の保険」に変換している、
と見ることができます。
政府高官とも深くつながる
テザー社をめぐっては、もう一つ見逃せない事実関係があります。
同社の資産管理を2021年から担っているのが、米金融大手カンター・フィッツジェラルド社です。
この会社の当時のCEOがハワード・ルトニック氏で、同氏はその後、米商務長官に就任しました。
就任にあたり、会社経営は2人の息子に引き継がれています。

図2 テザー社をめぐる人的・資本的な近さ(公開情報ベース)
カンター・フィッツジェラルド社は、テザー社に約6億ドルを出資していることも報じられています。
さらに、テザー社のデジタル資産・米国戦略の戦略顧問のボー・ハインズ氏は、
トランプ政権のホワイトハウスで暗号資産政策の顧問を務めていた人物です。
これらの事実は、Bloomberg、CoinDesk、The Interceptなど複数の独立系メディアが個別に報じており、
憶測ではなく公開情報として確認できます。
米国の政府高官とその家族、そして世界最大のステーブルコイン発行企業が、資本と人材の両面で密接に結びついているという構図は、
それ自体が一つの重要な事実です。
巷で囁かれる「通貨切り下げ計画」は正しいのか
ここまでの事実を踏まえた上で、慎重に見るべき部分があります。
「これはテザー社単独の話ではなく、米国政府がドルの信認低下を見越して、意図的にステーブルコインへ債務を移し、後で切り下げる計画の一部だ」という説です。
この説の出どころは、2025年9月、ロシアのプーチン大統領顧問アントン・コビャコフ氏が東方経済フォーラムで行った発言です。
アントン氏は
「米国は35兆ドルの債務を暗号資産のクラウドに移し、価値を切り下げてゼロからやり直そうとしている」
と述べました。
この発言自体は実在し、正確です。
しかし、ここで区別すべき点があります。
この発言は、対米関係で緊張関係にあるロシア政府高官による一方的な非難であり、
米国政府がこの計画を認めた事実はありません。
米国財務長官は逆に、ステーブルコインはドルの基軸通貨としての地位を強化するものだと説明しています。
ステーブルコインが米国債を買っているので、そういう意味では、この発言は正しいです。
テザー社CEOの発言(金融システムの信認が弱まっている時の備え)と、
コビャコフ氏の発言(米国による計画的な債務切り下げ)は、本来別々の出来事です。
この二つを繋げて「通貨切り下げ計画が判明した」と語るのは、
確認された事実というより、一つの解釈・仮説の域にとどまります。
歴史を見ると
歴史を振り返ると、米国が通貨制度を国民や他国の想定と異なる形で変更した前例は確かにあります。
1933年、大統領令により国民は保有する金を1オンス20.67ドルで政府に売却させられ、
その翌年、政府は金の公定価格を1オンス35ドルに引き上げました。
結果として、金を手放した国民は、実質的に4割前後の価値を失う形になりました。
1971年には、ニクソン大統領がドルと金の交換を停止し、
他国が積み上げてきたドル準備の対金価値も実質的に目減りしました。
こうした前例が「歴史は繰り返すかもしれない」という警戒感の土台になっていることは事実ですが、
前例があることと、今回も同じことが計画されていることは、別の話です。
私たちはどう見ればよいか
①事情と推測を切り分ける
「テザー社の行動」と「米国政府の計画」を切り分けて理解することです。
前者(ゴールドと米国債の両方を積み増している)は確認された事実であり、
後者(政府主導の債務切り下げ計画)は確認されていない仮説です。
②ゴールドまわりのシグナルを追う
それでも注目に値するのは、
ドルの信用そのもので稼いでいる企業が、
自らの利益の一部を現物ゴールドという「ドル以外の資産」に振り向けている
という行動そのものです。
これは、政府の意図を証明するものではありませんが、
市場の実務家がリスクをどう捉えているかを示す一つのシグナルとして参考になります。
③規制動向を注視
政府高官とテザー社の人的・資本的な近さは、陰謀論ではなく報道で確認できる事実として、
今後の規制動向を見る上で意識しておく価値があります。
この関係の近さが、ステーブルコイン規制の設計にどう影響していくかは、
引き続き注視すべきテーマです。
最後に
今回、私がお伝えしたかったのは未来を断言することではありません。
しかしドルを支える企業がドルだけではなくゴールドも大量に集めている。
これは紛れもない事実です。
市場の最前線にいる人たちが何を見ているのか。
それだけは私たちも見落としてはいけないと思います。
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参考出典
Tether is buying up to $1 billion of gold per month and storing it in a 'James Bond' bunker(CoinDesk)
Crypto Giant Tether's Gold Hoard in a Swiss Bunker Is Jolting Markets(Bloomberg)
Tether buys more gold than almost all central banks(GoldRepublic)
Tether Emerges as 17th Largest US Treasury Holder(U.Today)
Tether's Lutnick Ties and Hoard of Gold, Treasuries Win DC Crypto Support(Bloomberg)
Commerce Secretary Howard Lutnick's old firm pumps $10 million into super PAC led by Tether executive(The Intercept経由・Citation Needed)
Putin Advisor Accuses US of Using Crypto, Gold to Escape Massive Debt(Cointelegraph)
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