米国とイスラエルによるイラン戦争が与える世界経済へのダメージ

米国とイスラエルがイランへの軍事作戦を開始してから5月28日で3か月を迎えた。
4月7日の米国とイランの間での停戦合意以降、戦闘終結に向けた交渉が行われているとはいえ、散発的な攻撃の応酬が続いている。
5月29日、トランプ大統領は、ホワイトハウスのシチュエーションルーム(作戦指令室)で、両国の交渉担当者間で一致した60日間の停戦延長などを含む戦争終結交渉の枠組みにあたる「了解覚書」(MOU)について側近らと協議し、イランの濃縮ウランの米国への引き渡しやホルムズ海峡の航行などに関する修正を求めたと報じられている。
一方のイラン側もこの覚書に修正を加える意向を示しており、再び終結交渉の枠組みは振り出しに戻されたかたちとなり、和平に近づいているのか再び交戦状態に向かっているのかが不透明な状況にある。
こうした状況の中、5月27日に欧州中央銀行(ECB)の金融安定報告で「持続的なエネルギーショックによる著しい景気減速のシナリオ」が提示された。
そこでは、(1)財政の持続可能性の再評価、(2)ソブリン債市場での急激な再評価が景気減速の引き金になる可能性があると述べられている。
しかし、今のところ、金融市場は今回のイラン戦争が世界経済に与える影響をおおむね軽視しており、米国株の主要3指数が過去最高値を更新し、企業の借り入れコストも低水準にある。
そこで、以下では、イラン戦争による世界経済へのダメージについて考えてみる。
金融市場と異なる国際機関の世界経済の現状認識
5月19日に国連が最新の「世界経済状況・予測」を発表した。
それによると、2026年の世界のGDPの成長率は2.5%(1月時点では2.7%)で、2025年の推計値3.0%より低下すると見込んでいる。また、インフレ率は2025年の2.6%から、2026年は2.9%に上昇すると予測している。
地域別では、西アジアが深刻な影響を受けると予測し、輸入エネルギーへの依存地域であるEUも成長率の鈍化を予測している。
5月20日には国連食糧農業機関(FAO)が、ホルムズ海峡の閉鎖により、半年から1年以内に深刻な食糧価格危機が引き起こされる恐れがあると発表した。
これは、4月のFAO食品価格指数が3カ月連続上昇していることを受けての分析で、同機関はこの価格上昇を一時的な海運問題ではなく「体系的な農産物・食料ショック」の始まりとして取り上げており、「予防措置を講じる機会は急速に失われつつある」と警告した。
そして、5月28日に国際通貨基金(IMF)、国際エネルギー機関(IEA)、世界貿易機関(WTO)、世界銀行の首脳会合が開催され、翌29日、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に関し「需要が高まる夏を前に在庫が急減し、市場環境や経済をめぐるリスクが増大する」との声明を発表している。
そこには、原油・天然ガスの供給混乱が長期化する中で、各国が原油在庫を記録的な速さで取り崩していることへの危惧がある。
また、先に挙げたECBの報告には、NATO諸国やASEAN諸国が軍事支出を拡大する中、エネルギー価格上昇から家計や企業を守るための財政措置もとっていることを考慮し、ソブリン債市場ではヘッジファンドが高いレバレッジをかけていること、非銀行系金融仲介機関の取引が増えていることのリスクを指摘している。
このような指摘を踏まえれば、たとえホルムズ海峡が解放されたとしても、湾岸アラブ産油国からのエネルギー供給の回復が遅れることによる経済危機が生じ、社会やサプライチェーンの混乱が起きる可能性があると予測できる。
その場合、金融市場は、今回のイラン戦争の世界経済への影響について認識を変えることになると考える。
では、エネルギー供給の回復が遅れる事態についてどのようなことが想定されるだろうか。
ホルムズ海峡が再開されても難問は残る
現在、米・イランの終結交渉は、2段階の枠組みで14項目について協議されているとみられ、以下の内容で米・イランの交渉担当者レベルで意見の一致をみていたとされる。
第1段階は、米国が凍結しているイランの資産240億ドル(カタール分60億ドル)の凍結解除とイランの港湾封鎖の解除を条件に、イランにホルムズ海峡の自由航行を認めさせる。その後、第2段階でイランの核開発問題や安全保障問題について協議する。
しかし、仮に、この第1段階が実行に移されたとしても、核交渉でトランプ大統領が提示する条件にイランが応じない場合、米国が空爆を再開することも考えられる。
また、すぐに本格的な航行が再開されるわけではなく、次のような課題がある。
(1)ホルムズ海峡再開後も残る船舶滞留問題
ペルシャ湾内のおよそ160隻以上の原油・天然ガスや貨物を積んだ船舶の安全で順序だった航行を確保した後、空のタンカーなどの船舶が湾内に入り、荷積みをして安全に湾外に出る。
欧州の調査会社ケプラーは、この手順で戦争前の船舶の通航の最大量に戻るには約3カ月かかると予測している。
(2)産油国の生産回復は容易ではない
湾岸アラブ産油国とイランは、油田の一部を停止もしくは生産量を削減しており、原油の貯留層を崩壊させないように生産再開のペースをゆっくり進める。
また、状況によっては掘削のやり直しや修理(油を保つ水やガスのバランスを取り直す)作業を必要とする。これらのことから、本格的な生産は遅れる。
(3)被災したエネルギー施設の復旧遅延
湾岸アラブ産油国のUAE(ルワイス製油所、フジャイラの石油施設)、クウェート(アフマディ製油所)、サウジアラビア(ラアス・タンヌーラ製油所)、バーレーン(BAPCO製油所)、カタール(ラアス・ラファーンLNG施設)などが攻撃を受けている。
これらの施設の生産量が回復するには時間を要すると予想されている。
とりわけ、カタールのLNG施設の修理には3年近くかかると推定されている。
(4)海上保険料高騰による輸送コスト増
海峡が再開されても、戦争が終結しない限り、機雷問題など船舶の安全航行には不確実性が残る。
このため、保険会社が何十倍にも引き上げている海上保険料も、すぐには値下げとはならず、コストが高い原油・天然ガスとなる。
世界経済への余波は続く
米金融大手のJPモルガンは、6月初めにホルムズ海峡が再開されたとして、2026年の原油価格の平均は1バレル当たり97ドルになるとの予想を公表した。
米国のガソリン価格は、ブレント原油で1バレル当たり60ドル前後で1ガロン3ドル程度になるとされていることから、ガソリンの高値は続くとみられる。
石油製品については、量的に確保できたとしても高値になるといえる。
つまり、物価は米国・イスラエルのイラン攻撃前の水準には戻らず、多くの国で、家計や企業を守るため、さらなる財政出動を検討する必要がでてくると考えられる。
このような供給量と物価の問題は世界各国に影響を与える。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2026年6月2日に書かれたものです)
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