公開日 2026年5月5日

「景気悪化×物価上昇」日銀は利上げに動けるか

景気調整局面で賃金物価のスパイラル上昇の公算は小さくない。それでも日銀は利上げに踏み切ることができるのか?
「景気悪化×物価上昇」日銀は利上げに動けるか

日銀は供給ショック対応の定石通り金利を据え置いたが、物価上振れ、景気下振れ双方のリスクが高まっているとの認識

2月末に始まった米国、イスラエルによるイラン攻撃を契機にホルムズ海峡の事実上封鎖状態は続いている。

原油価格高騰やエネルギー供給不安による世界経済の先行き不透明感が強まるなか、日銀は4月27~28日の金融政策決定会合で政策金利である無担保コール翌日物金利を0.75%に据え置くことを決めた。

4月上旬まで、OIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)市場では、今回会合で利上げが実施されるとの予想が6割程度と高かった。

過去の利上げ時の経験から、利上げ前には日銀から何らかのシグナルがあるはずとみる向きが多かったが、4月13日の信託大会での植田総裁のあいさつ(氷見野副総裁が代読)での利上げシグナルはなく、

金融市場での利上げ観測も低下していった。

一方、今回の政策金利据え置きの決定に対して、政策委員(議長である総裁を含め10名)のうち3人が、海外発の物価上昇の二次的波及の可能性や緩和的な金融環境を調整すべきとの考えから物価上振れリスクが高いとして反対した。

結局、今回、日銀は金融市場でコンセンサスになりつつあった利上げ観測にあえて逆らう形で、また、少数意見ながら日銀内での利上げを主張する意見が強まるなかで、利上げを見送ったことになり、注視すべきだろう。

日銀が今回、利上げを見送ったのは、今回の原油高のような、供給ショックによる物価上昇は一時的であると考えられるため、金融政策では対応せず、“look through”する(見過ごす)のが、いわば定石であるためだ。

実際、日銀会合の翌26~27日の米FOMC(連邦公開市場委員会)、28日のECB(欧州中銀)理事会も同様に政策金利を据え置いた。ECB理事会では日本同様、4月上旬まで金融市場では

利上げが実施されるとの見方がコンセンサスだったが、日銀会合同様、利上げを見送った。

もちろん、一時的で終わるはずの物価上昇が、その後、期待インフレ率を押し上げ、賃金上昇→物価上昇→賃金上昇といった形で、目標インフレを上回る高インフレが長期にわたって続くような場合には、金融を引き締めなければならない。

逆に、原油高が景気を悪化させ、需給ギャップ悪化などにより、物価上昇率を目標以下に低下させるような場合、金融緩和で対応することが必要になる。

中央銀行としては、原油高による物価上昇が本当に一時的に終わるのか、そうではなく、それが期待インフレ率を押し上げてインフレが長期化するのか、それとも原油高が景気を悪化させインフレ率が逆に低下するのか、を見極めなければいけない。

現在の日銀の金融政策の基本的なスタンスは「基調的な物価上昇率が2%に近づいているなか、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」というものだ。

そして、植田総裁は、ここまで、政策金利について「見通し期間の後半にかけてのどこかでは基調的な物価上昇率が目標の2%に達する」「(そうなれば)政策金利は概ね中立金利水準になっている」と述べてきた。

だが、これはあくまでも日銀の中心的な見通しが実現する場合、つまり、原油高による物価上昇が一時的で終わり、物価が予想外に上振れたり、景気が予想外に下振れたりしないような場合だ。

植田総裁は記者会見で、今回の現状維持の理由について、経済・物価の中心的な見通しの確度がかなり低下し、リスクシナリオとして物価の上振れリスクと景気の下振れリスク(景気については特に大きな調整局面の来るリスク)の双方の確度が上昇していると説明した。

過去、原油価格高騰は経済にどのような影響を及ぼしたか?

金融市場では、どちらかと言えば、物価の上振れリスクを重視し、早めの利上げが必要とみる向きが多いようだ。

だが、以下の通り、過去の原油価格高騰が経済に及ぼした影響を振り返ると、原油価格高騰は確かに物価上昇を加速させたケースもあったが、逆に、景気を悪化させたケースもみられた。

そして、過去の事例から、原油価格高騰がその後の経済にどういう影響を及ぼしていたかを決める重要な要因は、原油価格が上昇する直前の経済状況がどうだったか、という点だったことがわかる。

1)第一次、第二次オイルショックが日本経済に及ぼした影響

日本では1970年代に二度のオイルショックに見舞われたが、第一次オイルショック時は狂乱物価に見舞われ、これに対して、第二次オイルショック時のインフレは比較的穏やかなものだった。

第一次オイルショックは1973年10月に勃発した第四次中東戦争を契機に、OPECが原油の供給制限と輸出価格の大幅な引き上げを行ったことが原因だった。

この時の原油価格(日本の輸入単価)は、1973年9月の3.3ドル/バレルから同年12月に5.0ドル/バレル、74年6月に11.3ドル/バレルと9か月間で4倍近くに上昇した。

この時、消費者物価の前年比上昇率は、原油価格が高騰する前から上昇テンポを速めていた。

1972年10~12月の4.9%から73年1~3月7.5%、4~6月10.3%、7~9月14.3%と原油価格高騰前にすでに二桁の上昇率になっていた。

こうした状況に原油価格高騰が加わって物価上昇率は一段と加速し、消費者物価の前年比は1974年1~3月に23.1%と20%超えの高インフレとなった。

確かに、第一次オイルショック時には、原油価格高騰のなかで20%を超える「狂乱物価」に見舞われた。

だが、この高い物価上昇率は原油価格高騰前から続いており、その原因は田中角栄首相の列島改造計画を反映した景気過熱だったと考えられる。

景気過熱によるインフレに対応して、公定歩合(当時の日本の政策金利)は1973年3月までの4.25%から同年8月に7.0%へと、原油価格高騰前にすでに引き上げられていた。

原油価格高騰がインフレを一段と加速させたことから、公定歩合は同年12月に7%から9%へと一気に引き上げられ、9%の高金利による引き締めは1975年3月まで維持された。

景気は第4次中東戦争勃発翌月の1973年11月にピークを打ち、75年3月まで景気後退が続いた。景気と利上げとの関係をみると、景気後退局面入りとほぼ同時期に9%への利上げが行われていたことになる。

一方、第二次オイルショックは、1979年1月のイラン革命による石油需給ひっ迫が原因だった。

前年の1978年末にOPECは1979年中に4段階で原油価格を計14.5%引き上げることを決定していたが、そうした動きにイラン革命による需給ひっ迫が加わり、大幅な原油価格上昇となった。

原油価格(輸入単価)は1978年12月の13.7ドル/バレルから79年12月25.4ドル/バレル、80年12月34.8ドル/バレル、81年6月38.2ドル/バレルと上昇した。

第一次オイルショック時に比べると原油価格上昇テンポは緩やかで、2年半で3倍近くに上昇した。

消費者物価の前年比上昇率は原油価格高騰前の1978年10~12月時点で3.9%と、第一次オイルショック時における原油価格高騰前の物価上昇率に比べると低水準だった。

同上昇率は1980年7~9月に8.7%へと加速したが、その後、上昇テンポは80年10~12月7.1%、81年10~12月4.3%と徐々に鈍化した。

インフレ率が20%を超え「狂乱物価」となった第一次オイルショックに比べ、第二次オイルショック時のインフレ率が10%未満で、比較的緩やかなものにとどまったのは、

原油価格高騰が起きる前の経済状況が過熱しておらず、物価上昇率も比較的落ち着いていたためだと考えられる。

それでも原油価格高騰による物価上昇加速に対応して、やはり、政策金利である公定歩合は引き上げられた。

1979年3月までの3.5%から79年4月4.25%、7月5.25%、11月6.25%、翌80年2月7.25%、3月9.0%と、最終的に第一次オイルショック時と同水準に引き上げられた。9%の高金利による引き締めはほぼインフレピークアウト時に当たる80年7月まで続けられた。

第二次オイルショック時の景気は、イラン革命から約1年後の1980年2月にピークを打ち、景気後退は83年2月まで続いた。

第二次オイルショック時の景気は、原油価格が高騰するなかで拡大局面がしばらく続いたが、景気と利上げとの関係をみると、

第一次オイルショック時と同様、景気後退局面入りとほぼ同時期に9%への利上げが行われていたことになる。

2)イラクのクウェート侵攻による原油価格高騰が米国経済へ及ぼした影響

1990年8月2日のイラクのクウェート侵攻に始まった湾岸戦争時の原油価格高騰は米国景気をリセッション入りさせ、インフレを加速させることはほとんどなかった。

そこで起きた原油高は、1990年8月2日のイラクのクウェート侵攻に始まり、1991年1月17日に開始された多国籍軍によるイラク攻撃で終わった。

当時の原油WTI価格は1990年8月初めの20ドル/バレル近辺から2か月後の10月に一時40ドル/バレルを超え、約2倍に値上がりした。

原油価格が上昇した期間は約2か月強で、一時的な上昇だったとも言えなくない。

だが、この一時的な原油高によって、米国景気は1990年7月をピークにリセッション入りし、リセッションは1991年3月まで、9か月程度続いた。

一時的な原油高がリセッションにつながったのは、それ以前のインフレに対応した金融引き締めが景気を徐々に鈍化させていたためだ。

当時の米国の実質GDP(各年10~12月)前年比は、1987年4.5%、88年3.8%、89年2.7%と鈍化し、イラクのクウェート侵攻直前の90年4~6月には前年同期比2.4%へと低下していた。

米国経済は、徐々に上向きのモメンタムを失い始めている状況だったと言える。

景気減速にもかかわらず金融引き締めが続けられたのは、インフレが高止まっていたためだ。

この時の食品・エネルギーを除くコアPCEデフレータの前年比上昇率は、イラクのクウェート侵攻前の1990年7月時点で4.1%と高く、金融引き締めが必要な状況だった。

同上昇率は、その後の原油価格高騰の影響により8月4.4%、9月4.4%、10月4.3%としばらく高止まったが、1990年11月以降は、原油価格が反落したことや景気後退の影響から、同上昇率は91年12月4.0%、92年12月3.5%に鈍化していった。

政策金利のFF金利については、当時、高成長に伴ったインフレ加速により1988年2月の6.5%から89年3月には一時9.75%まで引き上げられ、イラクのクウェート侵攻直前の1990年7月に8.0%に引き下げられていたが、この高金利が景気の勢いを鈍化させる大きな要因になっていた。

結局、原油高に対応してFF金利は8.0%のまま据え置かれたが、同年10月以降は、リセッションに対応した利下げが実施され、90年12月末に7.0%、91年12月末に4.0%と引き下げられていった。

3)ロシアのウクライナ侵攻による原油価格高騰が米欧と日本の経済に及ぼした影響

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻に際しては、西側先進国の対ロシア制裁でロシア産原油の輸出が減少するとの思惑から原油価格が高騰した。

この時の原油WTI価格は、ウクライナ侵攻前の22年1月末時点の88ドル/バレルから、2か月後の同年3月に123ドルと約40%上昇した。

この時の原油価格高騰は、米欧においては一時的な物価上昇とはならず、賃金上昇を伴ったインフレ加速となった。

米欧中銀は当初、供給ショックによるインフレは一時的だと判断して、インフレ対応は後手に回った感があったが、結局、予想以上のインフレ加速に対し、急速かつ大幅な利上げを余儀なくされた。

これに対して、日本の物価上昇は一時的なものにとどまり、賃金上昇も起きなかった。日銀は供給ショックによるインフレは一時的との判断で、金融緩和を維持した。

当時、米国ではコロナショック後の供給制約によって、ウクライナ侵攻前の2021年からインフレが高進し、労働力不足による労働需給ひっ迫により賃金上昇を伴った物価上昇が起きていた。

2020年から21年にかけての米国の物価・賃金動向をみると、食品・エネルギーを除くコアPCEデフレータの前年比は20年12月の1.5%から21年12月には5.2%へ、

雇用コスト指数の前年比は20年10~12月2.5%から21年10~12月には4.0%へと、それぞれウクライナ侵攻以前から、伸びは加速していた。

にもかかわらず、パウエルFRB議長は、2021年当初から、物価上昇は、いわゆる「ベース効果」、つまり「2020年の春にロックダウンの影響で物価が下落した反動で、21年の春の前年比物価上昇率は高くなったが、それは一時的な上昇で終わるはず」と説明していた。

その後も「インフレは一時的」という見方にこだわり、2021年いっぱいインフレが加速するなかで、ゼロ金利政策を維持した。ロシアのウクライナ侵攻直後の2022年3月になって、FRBはようやく利上げに着手し、FF金利は2023年7月にかけ5.5%に引き上げられた。

ウクライナ侵攻による原油価格高騰後、コアPCEデフレータの前年比は22年2月、9月にそれぞれ5.6%に加速し、雇用コスト指数の前年比は22年4~6月、10~12月にそれぞれ5.1%に加速したが、その後、それぞれ伸びは鈍化した。

ユーロ圏の状況もほぼ同じで、コロナショック後の供給制約により、ウクライナ侵攻から物価や賃金は上昇し始めており、原油価格高騰がインフレを加速させた。

ECBもインフレ対応面で後手に回ったが、結局、FRBの後を追う形で、利上げを急いだ。

これに対して、ウクライナ侵攻前の日本の経済状況をみると、物価や賃金の上昇率は低迷したままだった。

食品、エネルギーを除く消費者物価の前年比は2020年12月のマイナス0.5%から、21年12月にマイナス1.3%とマイナス幅が拡大し、毎月勤労統計による所定内給与の前年比も20年12月マイナス0.1%、21年12月プラス0.1%とゼロ近くでの推移が続いた。

ウクライナ侵攻後、原油価格高騰と円安により、エネルギーや食品を中心に物価は上昇したが、それが全般的に波及することはなかった。

消費者物価全体の前年比は2023年1月に4.3%まで上昇したが、食品、エネルギーを除く消費者物価の前年比は23年12月に2.8%まで上昇したものの、その後、伸びは鈍化した。

結局、この時の原油価格高騰は全般的な物価上昇に波及せず、期待インフレ率を押し上げたり、賃金上昇率を高めたりすることもなかった。

春闘賃による賃上げの動きが高まり始めたのは、ウクライナ侵攻の2年後の2024年頃からだった。

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続きを読みたい方は、「イーグルフライ」よりご覧ください。
2026/5/5の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。

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