生産性上昇なく賃上げを続ければインフレは収まらない

「デフレ脱却」の言葉が消え、賃上げを最重要課題として位置づけ
石破政権は6月13日、2025年の「骨太の方針」、正式には「経済財政運営と改革の基本方針2025」を閣議決定した。「骨太の方針」というのは、政権の重要課題や翌年度予算編成の方向性を示す方針のことだ。
今年の「骨太方針」では、「30年続いたコストカット型経済は終焉を迎えつつあり、5%を上回る賃上げが2年連続して実現した」と述べた。「『賃上げこそが成長戦略の要』との考え方に立って、最低賃金の引上げを含め、物価上昇を安定的に上回る賃上げを実現する」とした。「賃上げ」を最重要課題として位置づけた形だ。
「2029年度までの5年間で、日本経済全体で年1%程度の実質賃金上昇、すなわち、持続的・安定的な物価上昇の下、物価上昇を1%程度上回る賃金上昇をノルムとして定着させる」とした。
昨年の「骨太の方針」では、「デフレの完全脱却に向けて、物価上昇を上回る賃金上昇を達成し定着させる」と述べ、そのために、企業の価格転嫁対策やリスキリングの強化など「あらゆる政策を総動員する」としていた。
今年の骨太方針では「デフレ脱却」という言葉が消えている。昨年までは、過去30年間、日本経済の停滞をもたらしてきた要因が「デフレ」であるという認識から、インフレを促進する、つまり円の通貨価値を引き下げる政策が実施されてきた。
だが、その結果として、現在の日本経済は、食料品を中心とする物価高騰に見舞われ、賃金上昇にもかかわらず、インフレ率が賃金上昇率を上回り、実質賃金が低下傾向を続けている。そのため、今度は賃金を押し上げることに重点が置かれたようだ。
今年の骨太方針では、過去30年間の日本経済停滞をもたらしてきた要因は「デフレ」ではなく、「コストカット型経済」だったかのように書かれている。
ただ、過去30年間の日本経済停滞をもたらしてきた要因が「コストカット型経済」だったとすれば、異次元緩和政策など、実際に実施されてきた政策が全く的外れな政策だったということになる。
「家賃」の品質調整を行なえば、実質賃金の減少幅はより大きくなる
では、骨太方針で示された「年1%程度の実質賃金上昇」は実現できるのか。
毎月勤労統計をみると、実質賃金の前年比下落傾向が続いている。4月の雇用者一人当たりの現金給与総額が前年比2.3%増加したのに対して、「持ち家の帰属家賃を除く総合」の消費者物価が前年比4.1%上昇したため、実質賃金は前年比1.8%減少した。
最近、「国際比較のため」という理由で、物価指標として「持ち家の帰属家賃を除く総合」の消費者物価以外に、「総合」の消費者物価で計算した実質賃金も毎月勤労統計の資料に掲載されるようになった。
「総合」の消費者物価の前年比が3.6%であるため、「総合」の消費者物価で計算した実質賃金は前年比1.3%減と、減少幅はやや小さめになる。「国際比較のため」が理由とされているが、実質賃金がさほど減少していないような見せかけにすぎない。
ただ、日本の物価上昇率はより高く、実質賃金減少幅はより大幅だというのが現実だろう。日本の消費者物価のなかの「家賃」や「帰属家賃」はほとんど横這いで推移している。
これは、「家賃」や「帰属家賃」の上昇率が、経年劣化(品質低下)の影響を考慮しない形で計算され、下方バイアスがあるためだ。
アパート、マンションなどの住宅賃貸料は長期契約であるため、同じ物件であれば、通常、賃料はほとんど変わらないのが普通だ。だが、経済的な見地から言えば、物価上昇率は「同一品質の財・サービスの価格を計測する」のが建前だ。
20年前に建てられた新築アパートの賃貸料10万円と、建ててから20年経って家のあちこちが傷んだ状態のアパートの賃貸料が10万円であるというのはおかしい。
同じものを同じ値段で借りているようにみえるが、経済的にみると、違うものをたまたま同じ値段で借りていることになる。古くなって品質が低下した分の調整をした場合、賃貸料は値上がりしていることになる。
そうした調整(「ヘドニック・アプローチ」と言われる)は、米国では家賃や帰属家賃の物価指数を作る際になされている。日本でもPCなど品質向上が著しく進む商品に対して、そうした調整がなされているが、日本の家賃や帰属家賃では、そうした調整がおこなわれていない。
家賃の経年劣化の影響を推計した総務省統計局の試算によると、品質劣化が家賃前年比に与える影響は0.7~0.8%ポイントとされている。東京圏を中心に、マンションなどの価格が高騰し、それに伴って家賃の実勢も急上昇している。
そうしたなか、消費者物価統計によれば、ほとんど横這いで推移していた家賃や帰属家賃も上向き始めている。5月の東京都の民営家賃は前年比1.8%上昇、帰属家賃は1.2%上昇した。だが、これらの上昇率は、消費者物価全体の上昇率(3.4%)に比べ低めであり、実態を表わしていないことは明らかだ。
アットホーム(株)、(株)三井住友トラスト基礎研究所の「マンション賃料インデックス」をみると、東京23区のマンション賃料は2024年10~12月に前年比7.2%上昇した。
「マンション賃料インデックス」はアットホーム(株)と(株)三井住友トラスト基礎研究所が共同で開発した賃料インデックスで、成約賃料をヘドニック・アプローチで品質調整したものだ。
品質劣化による調整をしたうえで、家賃や帰属家賃を計算し、消費者物価統計の数値に織り込んだ場合、消費者物価上昇率は「持ち家の帰属家賃を除く総合」の消費者物価前年比(4.1%)より高い数値になり、実質賃金減少幅は、より大幅なものになる可能性が高い。
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2025/6/16の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。
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