899条成立なら再び「米国売り」が強まるおそれ

関税の影響で景気は少しずつ悪化に向かっている
トランプ大統領の相互関税が4月5日に発動されてから1か月余り経った。
4月は関税による物価上昇を前にした駆け込み消費などにより、米国景気はむしろ意外な堅調さを示したが、5月になりトランプ関税の影響が少しずつ表面化し始めた。
5月のISM製造業景気指数は48.5と4月の48.7とほぼ同水準で、3か月連続の50割れとなった。製造業景気が3月以降、下向きで推移し、5月も緩やかな悪化が続いていることが示された。
5月になっての変化は、製造業に加えて、4月まで堅調だった非製造業の景気が下向きに転じたことだ。5月の非製造業景気指数は49.9と4月の51.6から低下した。同指数が50を割り込み、非製造業景気が下向きに転じたのは、2024年6月(49.2)以来のことだ。
製造業同様、非製造業でも、企業が輸入価格上昇によるコスト増に直面しているようだ。非製造業景気指数のなかの仕入れ価格指数は、5月に68.7と3月60.9、4月65.1から上昇を続けている。また、非製造業景気指数のなかの新規受注指数は、5月に46.4と4月の52.3から急落し、製造業同様、非製造業の需要も減少に転じたことを示した。
4月は物価上昇を前にした駆け込みの消費需要などが旺盛だったが、そうした駆け込みが一服したことを示している。
企業の景況感が悪化に転ずるなかにあって、6月6日に発表された5月の雇用統計では、非農業雇用者数が前月比13.9万人増加し、事前予想(ブルームバーグによれば12.6万人増)を上回る数値になった。
だが、詳しくみると、さほど良好な内容ではない。
3月、4月分の雇用増加数については下方修正された(3月は18.5万人増→12.0万人増、4月は17.7万人増→14.7万人増)。修正幅は2か月間の累計で9.5万人となる。過去2か月間の下方修正度合いが5月も続くとすれば、5月の雇用増加数は10万人未満になる。
また、雇用者数の動きを業種別にみると、5月の雇用増は医療、教育など景気感応度が弱い業種が中心だったが、雇用の先行指標とされる臨時雇用は2.0万人減と大幅に減少した。
さらに、雇用統計では5月月間の雇用増加が確認されたが、毎週発表される失業保険申請件数のデータをみると、5月第1週22.9万件、第2週22.8万件、第3週22.6万件と第3週までは落ち着いていたが、第4週23.9万件、第5週24.7万件と月後半の失業保険申請が尻上がりに増加しているのがわかる。5月第5週の申請件数24.7万件は昨年10月4日の25.9万件以来の水準だ。
失業保険新規申請件数は景気の先行指数の一つであり、この先、週次で発表される同指標の動きに注目しておく必要がある。最近では、マイクロソフトやウォルト・ディズニーなど大手企業が人員削減に踏み切った。チャレンジャー社が調査する人員削減数は、5月に47.0%増と、2月以降4か月連続で前年比増加した。
雇用情勢が今後、少しずつ悪化しているのは間違いなさそうだが、人員削減はそれ自体、企業にとってコストがかかることであり、また、先行きに対する不確実性が高いことから、企業はなお現在の雇用を温存したまま、今後の動向を見極めようとしているのかもしれない。
ただ、そうした雇用温存は、後述する通り、先行きの企業にとっての労働コストを増加させ、インフレ圧力を高める要因にもなる。
利下げが景気を下支えるのを邪魔する要因は?
雇用統計が良好だったことから、利下げ期待は幾分遠のいた。FF金利先物市場では雇用統計発表前は9月までに0.25%の利下げが見込まれていたが、今回の雇用統計を受けて9月までの利下げ確率は7割以下に低下した。
ただ、雇用情勢が今後、徐々に悪化していくとすれば、早かれ遅かれ、それに対応した利下げは必要になるだろう。
その際、利下げによる米国内市場金利低下が景気を回復させるのを邪魔するのは、下記の通りのインフレと「米国売り」だろう。
まず、インフレが問題になる。関税によるコスト増で、国内物価が上昇するのかについて、FRBは見極めようとしている。
6月4日に発表された地区連銀経済報告(ベージュ・ブック)によれば、物価は「緩やかな」ペースで上昇したと記された。先行きについても、コストや価格は今後さらに速いペースで上昇するとの見通しが、広く報告され、こうした物価上昇が「強くて大幅、あるいは著しい」ものになると予想した地区が複数あった。
同じ日に公表された、ニューヨーク連銀の調査(5月2日~9日実施)でも、コストを消費者に転嫁しようとする企業の姿勢が示された。同調査は、同連銀管轄地区の製造業およびサービス業企業を対象としたものだが、全体のおよそ4分の3が関税によるコスト上昇の少なくとも一部を消費者に転嫁したと答えた。
同調査の担当者は「関税の影響を受けていない財やサービスについても販売価格を引き上げたと報告した企業が相当の比率で存在した」と指摘した。また、企業は賃金や保険料の上昇分を補うために価格を引き上げており、「価格上昇が続く環境を利用して、便乗値上げを行ったというケースもあり得る」と指摘した。
関税が米国内景気を悪化させるおそれがあるなかでも、上記のように、企業が積極的に関税コストを消費者に転嫁しようとしているわけだが、背景には、単位労働コスト(賃金÷労働生産性)増加がある。
単位労働コストは基調的なインフレの指標だ。景気低迷により労働生産性が低下(25年1~3月の労働生産性は前期比年率1.5%低下)しているが、賃金は増加(同年率5.0%増加)しているため、単位労働コストは同年率6.6%増加した。
景気が良ければ、企業はコスト増分を生産性向上などによってカバーし、最終製品価格しないこともできるが、景気が悪ければコスト増分を転嫁せざるをえなくなり、物価が上昇しやすくなる。
4月時点での物価指標では、まだ、インフレの動きは表面化していなかったが、この先、関税コストを物価に転嫁する動きが物価統計にも表れる可能性が高い。
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2025/6/9の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。
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