いまの円安が示唆するもの
1.ジャパン・アズ・ナンバーワン
筆者が就職した直後の1987年から1991年のころのドル円レートがこのレベルでした。筆者と同年代の方々の中にはこの130円台の為替レートに同様な既知感をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
それは、日本経済が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われて、その絶頂期を謳歌していた時期でした。
引用:amazonより
ちなみに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とは1979年にアメリカの社会学所エズラ・ヴォ―ゲル氏によって書かれたベストセラーの題名で、戦後の日本の高い経済成長の基盤になったのは、日本人の数学力や科学分野の能力の高さ、そして読書時間の多さや新聞の発行部数の多さなどに象徴される日本人の学習意欲の高さであると、アメリカが日本に学ぶべき点を挙げていました。
当時は日本の国力が着実に強化されていったと同時に、ご存知のようにドル円は1985年のプラザ合意以降10年かけて235円から95円まで下落していきましたが、130円台はちょうどその真ん中くらいの時期で日本の経済力の強さ故にこの後95円まで円高に向かっていく時期で、現在の状況と対照的でした。
2.1990年前後の日本経済
まずは、そのころの日本の状況を振り返ってみたいと思います。
例えば日本経済が絶頂期だった1989年がどんな時代だったのでしょうか。世界企業の時価総額ランキングのTOP10のうち日本の企業が7社を占め、TOP50社中の日本企業は38社でした。
ちなみに、第一位はNTTで、NTT1社の時価総額だけで西ドイツと香港の株式市場の時価総額合計を上回っていました。また、フォーブス誌の世界長者番付TOP10のうち日本人が6人でした。
当時は株式市場だけなく不動産市場も凄かったです。皇居の地価が日本の国土よりも広いカリフォルニア州の地価の総額よりも高く、山手線内側の地価総額がアメリカ全土の地価総額よりも高いと言われていた時代です。
そして、この年の年平均ドル円レートが約138円だったのです。
3.2020年代の日本経済
今度は130円台のドル円レートが再来している、現在、すなわち2020年代の状況を先ほどと同様の指標で確認してみます。
先ほど出てきた世界企業の時価総額ランキングにおいて、2021年時点でTOP50社に入っている日本企業はただ1社のみ、トヨタが32位にいるだけです。また、フォーブスの2021年長者板付では、日本人トップのファーストリテイリングの柳井さんの54位が最高位です。
その他、今後の日本の国力の弱体化を示唆するデータは他にもあり、2020年末時点の日本の労働力人口は約6,400万人ですが今後40年間で35%も減少するそうです。
この減少幅は約2,200万人ですが、すなわちこれはG7の1つである現在のカナダの労働人口とほぼ同じ規模が日本から消失することを意味します。
また2021年時点の日本の平均賃金は約40,849ドルで世界ランクで24位。
アメリカは74,738ドルで日本の1.8倍で第2位、韓国でさえ約44,813ドルで18位です。
日本の平均賃金は1990年以降約30年間10%程度しか伸びていないのも良く知られている事実です。
4.通貨の強さはその国の国力を現す
現在のドル円為替レートは、2011年から2012年に掛けて80円を下回っていた円高の時期を経て、その後約10年をかけながら、ゆっくりと、しかしながら着実に円安が進んできている状況です。
この円安進行の原因について、テレビの経済特集やニュース番組では、日米の金利差が主要因であるとか、貿易収支のアンバランスだとか、いろいろと解説されています。
ただ、いつの時代も、弱い通貨は弱い経済、弱い国力の象徴です。つまり純粋に日本の国力が弱くなってきていて、これからも弱くなると見込まれていることによって起こっている通貨安の現象なのです。
例えば、ある国の経済や企業活動が活発で、その国の経済活動に参加することで収益が期待できるとか、あるいは不動産などの、インフラや資産に投資妙味があれば海外の投資家のお金が流れ込みますし、海外の資金だけでなくその国内の投資家の資金も海外に向かう比率が減って国内投資に向かいますので、需給の関係からその国の通貨は強くなっていきます。ただそれだけのことです。
5.日本人の危機感の欠如がもたらす国力低下
日本の給与水準が30年もの間ほとんど上がらずに他の国々から置いてきぼりにされてしまったのは何故でしょうか。
賃金というものが就業者一人ひとりが提供した付加価値の対価であると定義されるとき、この平均賃金の低さはすなわち働く人ひとり当たりの労働生産性の低さに起因していると言えます。
2020年における日本の労働生産性はOECD加盟国38か国中28位で、統計の取れている世界165か国中では41位となっています。
一般の人にとってよりなじみのある一人当たりGDPで見ても、おなじ2020年では日本がOECD加盟38か国中23位であること、G7中最下位、オーストラリア、ニュージーランド、韓国やイスラエルよりも下位であるという事実によっても裏付けされてしまいます。
はたしてこの事実をどれだけの日本人が認識しているでしょうか。しばらく前にGDP世界第2位から3位になってしまったものの、それでもまだ日本は世界の先進国の一角を占め主導的地位にいると圧倒的多数の日本人が錯覚しているという印象があります。
残念ながら手に入るどのような統計的な数字をみてもこれを裏付けるデータはありません。日本の最大の問題点は、危機感のなさにあると筆者は考えています。
ここ1~2か月の間にアメリカ、香港、シンガポールの友人と話す機会がありましたが、彼らはとてもマイルドな言い回しではあるものの、外から見た日本の印象をかなり正直かつ率直に伝えてくれました。
彼らのコメントの一つに日本人は国際的ではないというものがありました。日本では一流のビジネスパーソンであっても英語を駆使できる人はかなり限られていますし、例えば日本の企業内で進めているダイバーシティと言ってもほとんどが女性の活用どまりで、人種や民族、宗教、LGBTという視点で人材の多様化を進めている会社は聞いたことが無いと。
ちなみに、私が以前働いていたアメリカの銀行のシンガポールオフィスには、1990年代でさえイスラム教の人がメッカに向かってお祈りをする専用の部屋がありましたし、そのことが象徴する企業姿勢を当時から感じることができました。
20数年ぶりに再来した130円台というドル円レートが日本に示唆するもの、時にはそんなことも考えながら市場に向き合っていきたいと考えています。
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