公開日 2026年2月10日

ECB、ユーロ高のジレンマ

「心地よい場所」に留まるECB。しかしユーロ高というアキレス腱が、その均衡を静かに蝕み始めている。3月会合は政策スタンスを見極める重要局面となりそうだ。
ECB、ユーロ高のジレンマ

先週木曜日のECB金融政策理事会は、一見すると極めて平穏なものでした。

事前の市場予想通り、主要金利はすべて据え置かれ、ラガルド総裁が記者会見で繰り返した「我々は今、心地よい場所(Good Place)にいる」というフレーズは、現在の欧州経済がかつての高インフレの悪夢を脱し、かといって深刻な不況に陥ることもない、絶妙な均衡点にあるという自信の表れに見えました。

しかし、この均衡の裏側には、単なる自信だけではない複雑な警戒感があるのかもしれないと感じたのは、私だけではなかったはずです。

「利下げサイクル終了」を信じてよいのか?

今回の会合では、ECBは「データ次第(Data-dependent)」と「会合ごとの判断(Meeting-by-meeting approach)」というお馴染みのフレーズを使いながらも、ユーロ高についてどのような質問が来るのかを考えながら、市場との対話を慎重にコントロールしようとしているように私には見えました。

ECBだけでなく、私が住む英国中央銀行も同じですが、特定の金利水準への事前コミットメントを拒むその姿勢は、裏を返せば、先行きがそれほど透明ではないことを物語っているのかもしれません。

市場参加者の間では、昨年6月以来ずっとECBの政策金利は据え置きが続いていることから、利下げサイクルは完全に終了したとの見方が優勢を占めています。

そしてエコノミストの間では、現在の2%という政策金利水準が「利上げサイクルにおけるターミナルレート(最終到達点)」であり、次の一手は「2027年以降の利上げ」というシナリオさえ浮上しています。

経済成長がそれなりの数字を維持し、インフレ率がECBインフレ目標2%近辺で安定しているのなら、あえて現状を打破する理由は乏しいと考えるのは、最もなことだと言えるでしょう。

しかし、過去のECBの動きを考えると、利下げサイクルが停止したかに見えても、その数ヶ月後に再始動することがありました。

今回のECBの「心地よい場所」という表現は、現状への満足であると同時に、変化を嫌う現状維持バイアスの表れとも言えます。

そして、もしこの均衡が崩れるのであれば、トリガーを引くのは域内の経済指標とは限らず、「ユーロ高」のような外部要因である可能性も無視できないでしょう。

ユーロ高というアキレス腱

最近になりECBの平穏を脅かしている最大の不確実性は、ユーロ高であると言っても過言ではないでしょう。

そしてたぶんですが、さらに厄介なのは、ECB理事達の足並みが揃っていないことかもしれません。

イタリア出身のチポローネ専務理事やフィンランド中銀レーン総裁などの「ハト派」メンバーからは、ユーロ高がもたらすデフレ圧力への懸念が漏れ始めてます。

2月4日に発表された最新のユーロ圏インフレ率は1.7%と、ECBインフレ目標である2%を明確に下回りました。

https://ec.europa.eu/eurostat/web/products-euro-indicators/w/2-04022026-ap

通貨が強くなれば、輸入品価格の下落を通じてインフレ抑制に寄与しますが、インフレ目標を下回る「アンダーシュート」が常態化すれば、それは経済の活力を削ぐ新たなリスクとなるので、大変です。

どこかで読んだ記憶がありますが、中央銀行にとって最も厄介なのは、インフレ率が目標を上回る「オーバーシュート」ではなく、下回る「アンダーシュート」だそうです。

レーン総裁は、「予想以上にインフレが低くなる現実的なリスクは、無視できない水準にある。

もし3月の次回会合に向けた経済予測において、インフレ率が3年連続で目標を下回るようなシナリオが提示されれば、ECBは『保険的な利下げ』という選択肢について再び話し合わなければならないだろう。」と語っています。

「グローバル・ユーロ」という夢と現実

ユーロ高についての議論をさらに複雑にしているのが、ユーロの国際的役割の強化というテーマです。

昨年6月にラガルド総裁は講演で、「現在進行中の変化としては、『グローバル・ユーロの時代』という機会が浮上しました。これは、ヨーロッパが自らの運命をより主体的に握る絶好の機会です。しかしそれは、与えられる特権ではありません。私たち自身が勝ち取らなければならないのです。」と発言しました。

https://www.ecb.europa.eu/press/blog/date/2025/html/ecb.blog20250617~7de14a39c3.en.html

この当時は、トランプ関税が発表された直後で行き場のない不確実性によってアメリカから資金が流出する、或いはアメリカ資産にヘッジをかける動きが加速し、大きくドルが下落した時期でした。

そこでラガルド総裁は、第2の基軸通貨としてのユーロを、『グローバル・ユーロ』という名称で呼んだのでしょう。

ここで気になるのは、この発言を行なった時のユーロのレベルです。この日のユーロ/ドルは1.13台、ユーロ実効レートは127.965。単純計算ですが、このレベルから現在までに、ユーロは対ドルで4.4%高、実効レートでは2.8%高となりました。

総裁自ら『グローバル・ユーロ』などという表現を使うからには、そこからユーロ高になることは、当然考えた上での発言だったと思います。

そうなると、現在のユーロレベルをラガルド総裁は、どの程度深刻な「ユーロ高」と認識していらっしゃるのかが疑問であり、知りたい点でもあります。

リアルインテリジェンス260210101.png

出典:ECB
https://www.ecb.europa.eu/stats/balance_of_payments_and_external/eer/html/index.en.html

ただし、ここで注意すべきことは、ユーロが「ドルに代わるグローバル通貨」となるためには、通貨統合だけでは不十分で、財政統合・経済統合・予算統合・資本市場の統合・政治統合などを早急にまとめる必要があるという点です。

こうした統合が伴わなければ、グローバル・ユーロ構想は現実味を持たず、あくまでも「期待」の域を出ません。

言葉を変えれば、今のところは「将来的な可能性」であるだけで、「近い将来に実現する現実的なシナリオ」ではないとも言えるでしょう。

いずれにせよ、「グローバル・ユーロ」という野心的な夢と、ユーロ安による輸出競争力の維持という現実的な利益の板挟みの中で、ECBは明確な指針を出せずにいるのかもしれません。

・・・

続きを読みたい方は、「イーグルフライ」よりご覧ください。
2026/2/10の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。

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松崎美子

松崎美子

1986年にスイス銀行東京支店入行、ディーラーアシスタントとしてスタート。1988年結婚のために渡英。 翌年より英バークレイズ銀行本店ディーリングルーム勤務、初の日本人FXオプション・セールスとなる。

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