日本でトラスショックが起きないのはなぜか?

衆院解散報道をきっかけに円安、国債相場安となったが、株価は急騰し、トラスショックのようなトリプル安とはならなかった
高市首相が衆院を解散するとの報道から、日本の市場では、円相場が下落し、国債相場も下落(利回りが上昇)する一方、株価は急騰する、という展開となった。
このような相場展開の背景には、高市政権の支持率が高いことから、早期の解散総選挙が実施されれば、自民党が議席を伸ばし、政権基盤が安定して、高市政権の積極財政政策に拍車がかかるとの見方がある。
積極財政政策に拍車がかかれば、財政赤字やインフレへの懸念が強まることで、為替市場では円が売られ、債券市場では国債が売られる一方、すでに示されている積極財政政策や今後、示されるであろう成長戦略が日本の景気を支え、経済の成長力を高めるとの期待から株価は上昇したようだ。
ただ、高市政権の政権運営や経済政策の評価について、為替市場や債券市場の冷静な見方と株式市場の好意的な見方とは、大きな差があることがわかる。
冷静な見方をすれば、高市政権がもし物価高への対策を最重要視しているのであれば、積極財政政策はインフレを一段と高めるだけで、逆効果になるし、景気を押し上げる効果も乏しい。だとすると、高市政権の政策は、間違った政策だということになる。
現在の経済環境は、安倍元首相がアベノミクスを打ち出した2010年代前半とは大きく異なる。当時の日本経済は東日本大震災の後遺症が残るなかで需要不足の状態にあり、物価は下落基調だった。景気を押し上げるための財政金融面からの景気刺激策は正当化された。
これに対して、現在の日本経済は需要不足がほぼ解消され、GDPギャップがほぼゼロとなっている。
現在の経済環境から言えば、財政面からの景気刺激策が景気に及ぼすプラス効果は、人手不足などの供給制約により限定的になり、インフレを加速させるだけになる。
ガソリン税の旧暫定税率の廃止、電気・ガス料金の引き下げを含め、高市首相が最優先として位置付けた物価高対策は、短期的に物価高を抑える効果はあっても、最終的には需要超過をもたらし、物価を一段と押し上げる。
これに対して、株式市場では、株高の後付け理由として、「日本経済がデフレから脱却し、インフレ体質に転換したことは基本的に株式の買い材料になる」「インフレでも日銀は高市政権への忖度から利上げを控えるはずである」「年央に打ち出される危機管理投資などの成長戦略が人手不足などの成長制約要因を解消してくれる」といった声が聞かれる。
ただ、こうした見方は危ういと言わざるをえない。
トラスショック時には、英年金基金によるデリバティブ運用が災いし、国債利回りが異常に急騰したという特殊事情があった
財政赤字の拡大が金融市場を混乱させた事例として、最近、有名になったのが、いわゆる「トラスショック」だ。
イギリスで、スキャンダルで辞任したボリス・ジョンソン首相に代わり、2022年9月6日にリズ・トラス氏が首相に就任した。
トラス首相は、9月23日、党首選で公約として掲げていた「法人税率引き上げ凍結」などの減税計画を柱とした「ミニ・バジェット」を発表したが、減税の財源が国債の増発とされ、財政規律の崩壊やインフレ加速への懸念が市場に広がり、イギリスの金融市場では長期金利の急騰、ポンド急落、株価急落のトリプル安が起きた。
10月25日、経済の混乱を招いた責任を取る形で、トラス氏は首相を辞任した。首相在任期間は49日とイギリス史上最短だった。
財源を示さないまま、国債発行に依存した拡張財政政策をとっているという点で、高市首相の積極財政政策は「トラスショック」に見舞われてもおかしくない。
では、日本でトラスショックのようなトリプル安が起きていないのはなぜか。
第1に、トラスショックが大きな金融ショックになったのは、当時のイギリス市場の特殊な事情が作用していたからだ。
トラスショックの震源は国債市場だったが、国債利回りを大幅に上昇させた要因が、英国の年金運用に広く用いられていた金融派生商品の追い証だった。国債利回りの急騰が株式市場や為替市場に悪影響を及ぼしたと考えられる。
2000年代以降、低金利で十分な年金給付を確保することが難しくなったイギリスの年金基金は、国債を担保にデリバティブなどに投資する運用手法を積極的に活用していた。
トラスショックが起きた時、国債価格の下落で担保価値が目減りし、追加の証拠金の提出を求められ、保有国債の売却に迫られたことが、国債価格の一段の下落を招いた。
英10年国債利回りはトラス首相就任前の9月5日時点で2.94%だったが、9月27日には4.50%へと、短期間で1.5%ポイントと大幅に急騰した。
こうした年金の追証問題がなければ、国債利回りの上昇幅もさほど大きくなることはならなかっただろうし、ショックはさほど大きくならなかったかもしれない。
日本の場合、積極財政政策を掲げた高市氏が自民党総裁に就任することが決まったのが昨年10月4日だったが、日本の10年国債利回りは、その前日の10月3日の1.66%から直近1月16日時点では2.18%へと0.5%ポイント程度の上昇だった。
英国民の政策チェックが厳しいのは1960~70年代ポンド危機の経験もあるのではないかとみられる
第2に、イギリスと日本の国民性の違いがあるのかもしれない。
イギリスでは、財政赤字や政府の経済政策に対する国民のチェック姿勢は非常に厳しい。これに対して、日本の場合、国民は経済政策を「お上」にお任せしており、財政赤字も問題ないとの考えが強いようだ。
英国民が財政赤字に対して厳しいのは、1960~70年代のポンド危機の経験が影響している可能性がある。
第2次世界大戦後のイギリスでは、主に労働党政権の下で「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる社会保障制度が確立し、社会主義的な政策を掲げる当時の労働党政権は、1960年代にかけて、石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などの産業国有化も実施した。
国有化などの産業保護政策は製造業への設備投資を減退させ、技術開発に後れを取るようになって、イギリスは国際競争力を失い、国際収支も悪化した。
国際収支の慢性的悪化により、当時、なおドルとともに基軸通貨の地位にとどまっていたイギリス・ポンドは1960年代以降、数回にわたって危機に見舞われ、基軸通貨の地位を失った。
1964年、65年の危機の際にはIMFや先進国の支援により1ポンド=2.8ドルの相場が維持されたが、1967年11月には2.4ドル/ドルと切り下げられた。
さらに1970年代後半には、
(1)国内経済がスタグフレーション的な症状を強めたこと、
(2)輸出競争力低下と原油輸入額増加による経常赤字幅拡大、
(3)国有化と福祉国家維持のためのコスト増大による財政赤字拡大などにより、
1975年初めまでの2.4ドル/ポンドから76年末には1.6ドルへと下落した。
この時のポンド危機で、イギリスは76年末、IMFからの緊急支援を受けることになった。
IMFの緊急支援を受けることになったイギリスは厳しい緊縮政策に取り組まなけれないけなくなった。
当時のキャラハン労働党政権は財政赤字削減に取り組まざるをえなくなったが、赤字削減のための公務員給与抑制策に抵抗した公共部門労働組合のストライキが1978年から79年にかけて頻発した。
炭鉱業者のストで電力が不足し毎日数時間の停電が日常となり、医者や看護師のストで病院は機能せず、給食婦のストで学校は休校し、ゴミ収集人のストでゴミは回収されず、墓堀人のストで死者が埋葬されずトラック運転手のストで暖房用の灯油が配達されない等、国民生活への悪影響は明らかとなった。
こうしたことから、1979年5月の総選挙で小さな政府を指向するサッチャー政権が誕生することになったが、政府の野放図な財政運営を容認せず、厳しくチェックしようとする英国民の姿勢はこうした過去の苦い経験からきている可能性がある。
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2026/1/19の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。















