2026年の米国経済をみる3つのポイント

7~9月のGDPはサービス消費の好調で拡大、AI関連投資の増勢が続くが成長への寄与はさほど大きくない
11月13日、過去最長の43日間続いていた政府機関閉鎖が終了し、徐々に経済指標の発表が再開され、米国経済の現状が明らかになり始めた。
本来、10月末に発表されるはずだった7~9月のGDP統計が発表されたのは12月23日と2か月近く遅れた。
実質GDP成長率は、関税発動を前にした輸入急増でマイナス成長だった1~3月の前期比年率マイナス0.6%のあと、4~6月はその反動で同3.8%と上向いていたが、今回発表された7~9月は同4.3%と一段と加速した。
7~9月の高成長の要因を需要項目別にみると、個人消費は4~6月に増加した自動車販売などが落ち込んだが、衣料品販売のほか、ヘルスケアサービス、娯楽サービスなどのサービス消費が好調で、全体では前期比年率3.5%増と4~6月の同2.5%増から加速した。
個人消費の7~9月GDP前期比成長率に対する押し上げ寄与度は2.4%と、成長(4.3%)の半分以上が個人消費の寄与だった。
後述するように、雇用減速で雇用者所得が伸び悩み、消費者信頼感指数などからみた消費者マインドも低迷するなかで、個人消費が盛り上がっているのは、株高による資産効果が高所得層の消費を押し上げたからにほかならない。
実際、家計貯蓄率は3月の5.1%から6月4.6%、9月4.0%と低下し、消費が可処分所得以外の要因で増加していることを示している。
また、設備投資はAI関連投資の好調が続いたが、伸びは前期比年率2.8%増と1~3月の同9.5%、4~6月の同7.3%増から伸びは徐々に鈍化している。7~9月の設備投資のGDP押し上げ寄与度は0.4%と個人消費ほど大きくない。
設備投資のうち「コンピューター及び周辺設備」が、いわゆるAI関連投資に該当すると言える。この「コンピューター及び周辺設備」投資の動きをみると、関税引き上げ前の駆け込みで1~3月に前期比年率103.7%増と急増したあと、4~6月同61.7%増、7~9月同46.1%増と伸びは幾分鈍化しているが、急増が続いている。
ただ、「コンピューター及び周辺設備」投資の経済全体に対する規模はさほど大きくない。このため、「コンピューター及び周辺設備」投資のGDP押し上げ寄与度は1~3月0.5%、4~6月0.4%、7~9月0.3%とさほど大きくない。
しばしば、AI関連投資の好調が米国経済を牽引していると言われることがあるが、そのマクロ経済押し上げ効果は思ったほど大きくないことがわかる。
AIブームは確かに、株高をもたらし、その資産効果を通じて米国の消費(経済)を押し上げている。だが、AI投資自体が米国経済を牽引する効果は意外に小さい。
また、「コンピューター及び周辺設備」以外の設備投資のGDP押し上げ効果は0.1%にとどまっている。その点で、トランプ関税のもたらす不確実性は、事前に言われていた通り、企業の投資マインドに悪影響を及ぼしていると考えられる。
そのほか、7~9月のGDPを押し上げたのは純輸出だった。7~9月の純輸出は、輸出増加とGDPの控除項目である輸入の減少で、GDPを1.6%押し上げた。
輸出が前期比年率8.8%増と4~6月の同1.8%減から増加に転ずる一方、輸入は関税の影響が続き、4~6月の同29.3%減に続き、7~9月も同4.7%減と減少が続いた。
企業は新規雇用に消極的だが、大規模なレイオフが行われているわけではない
このようにトランプ関税のもとでも、7~9月のGDP(需要)は個人消費を中心に上向いたが、その反面、雇用は伸び悩んでいる。
関税の不確実性は、企業の投資マインドに悪影響を及ぼすと言われていたが、その影響は企業の雇用マインドにも悪影響を及ぼしている可能性がある。
今年1~3月の非農業雇用者数の月平均増加幅は11.1万人だったが、4~6月は同5.5万人、7~9月は5.1万人に鈍化し、10~11月は政府閉鎖の影響から政府部門の雇用が減少し、同マイナス2.1万人となった。
民間部門だけでみた月平均雇用増加幅は1~3月10.0万人、4~6月5.8万人、7~9月5.7万人、10~11月6.1万人となっており、4~6月以降、企業の雇用姿勢が消極化していることがわかる。
とはいえ、民間部門の雇用は、直近まで緩やかな増加が続いており、景気後退の引き金になるような大規模なレイオフが始まっているわけでもない。
11月26日に公表されたベージュブック(地区連銀経済報告)によれば「レイオフの発表は増えているものの、企業は従業員を直接削減するのではなく、採用凍結や自然減などの策を講じているとの報告が増えた」とされる。
しばしば言われている通り、企業は新規採用に消極的になってきているが、大規模なレイオフを行っているわけでもない。
このような状況で、FRBは雇用下振れのリスクに配慮して、保険的な利下げを行っている。
利下げ期待が株高に結びつくという点で、ここまでの緩やかな雇用減速は経済にとってむしろプラスに作用しているように思われる。
トランプ関税分のコストは対米輸出企業が多く負担している模様で、消費者への転嫁はほとんどない
他方、物価については、当初、関税分が消費者に転嫁された場合、物価上昇によって米国の消費が大きく落ち込み、米国景気全体も悪化するとの懸念があった。
ところが、実際には、関税分のコストは消費者に転嫁されなかった。
最近では、「仮に関税分が消費者に転嫁されたとしても一過性の効果にとどまる」といった議論もあるが、実際には、関税分の価格転嫁は「一過性」どころか、まったく行われていない。
政府閉鎖の影響にょり、消費者物価統計の信頼性が疑問視されているが、直近11月の食品・エネルギーを除くコア消費者物価は、2か月前の9月比で0.2%上昇にとどまり、月平均0.1%上昇という低い伸びにとどまった。前年比でみても11月は2.6%と9月の3.0%上昇に比べ、伸びは鈍化した。
関税でとくに上昇するとみられた財(食品・エネルギーを除く)の物価は、3月から9月の6か月間で0.9%上昇、9月から11月の2か月間で0.3%上昇となり、月平均では前月比0.15%程度の小幅上昇となっている。
うち、おそらくは関税の影響によって一時、急上昇していた玩具・ゲームの物価は、3月から9月の6月間で2.7%上昇したが、9月から11月の2か月間では逆に0.8%下落した。
結局、玩具・ゲームの物価は、3月~11月の8か月では1.6%上昇、月平均では前月比0.2%の上昇にとどまった。
これに対して、関税の影響がないとみられるサービス(エネルギーサービスを除く)の物価は、3月から9月の6か月間で1.4%上昇、9月から11月の2か月間で0.4%上昇となり、月平均上昇率は0.2%と、財の物価上昇率を上回る。
パウエルFRB議長は今の物価高は関税の影響によるものだと述べているが、実際には関税が物価を押し上げているわけではない。物価を押し上げているのは関税とは関係のないサービスの価格上昇だ。関税は発動されているものの、結局、消費者に転嫁されていない。
では、関税のコストを負担しているのは誰か?
政府の関税収入は着実に増加しており、直近10~11月は月平均約310億ドルと前年同期の約70億ドルを240億ドル上回っている。
つまり、トランプ関税は確かに月240億ドル、年率換算で2,880億ドルの増税効果があり、誰かがそれを負担していることは間違いない。
もし、これが消費者物価にフル転嫁されていたとすれば、消費者物価は1.4%程度上昇していたはずだ(2,880億ドル÷名目個人消費21.1兆ドル≒0.014)。
だが、実際に、消費者への価格転嫁が行われていないということは、関税コストは米国の輸入・小売などの企業あるいは対米輸出企業が負担していることになる。
仮に、2,880億ドルの半分(1,440億ドル)を米国の企業、残りの半分(1,440億ドル)を対米輸出企業が負担しているとした場合、米国企業の利益(年4.1兆ドル程度)は、関税によって年3.5%程度減少する計算になる。
ただ、米国企業の利益はさほど減少していない。
実際には関税導入前(3年間)に約7%のペースで増加していた米国企業の利益は関税導入後の4~6月、7~9月も約6%のペースで増加しており、米国企業がさほど負担しているわけではなさそうだ。
結局、関税分のコストは、どちらかと言えば、対米輸出企業が、輸出価格の引き下げという形で、多く負担しているのではないかとみられる。
米国経済が関税下でも全く影響を受けていないようにみえるのは、そのせいではないかとみられる。
K字型経済はいつまで続くのか?
このように「トランプ関税が物価上昇により米国消費を減少させ、企業の投資マインドを悪化させるため、米国経済は失速する」という今年の当初予想は外れ、米国経済は、
- AIブームによる株高の資産効果が高所得層の消費を増加させたこと、
- 関税コストの多くが対米輸出企業によって負担されていること、
などによって、極めて好調に推移している。
確かに、トランプ政権の関税政策の不確実性が、企業の投資・雇用マインドに幾分かは影響しているようだが、企業の設備投資は、関税に影響されにくいAI関連投資によって支えられており、雇用の伸び鈍化に対してはFRBが保険的な利下げを実施していることが株高要因になり、「不確実性」は米国景気にとって大きなマイナスになっていない。
では、2026年の米国経済をどうみるべきか?
以下の通り、3つの大きなポイントがあるとみられる。
第1は、株高に伴う高所得層の消費増加(上向きの力)と、雇用の伸び悩みを背景とする中低所得層の消費低迷(下向きの力)が並立する、いわゆる「K字型経済」がいつまで続くかという点だ。
株高はもとよりAIブームと利下げ期待によるものだ。FRBは、ここまで後者の「雇用の伸び悩み」に配慮して利下げを行い、それが株高をもたらした。
「株高に伴う高所得層の消費増加」という上向きの力と「雇用の伸び悩みを背景とする中低所得層の消費低迷」という下向きの力がうまくバランスして、現状は株式市場にとっては、比較的心地よい「K字型経済」につながっているが、両者のバランスはいつ崩れるか、わからない。
仮に、雇用が現在の「伸び悩み」状況から、下振れした場合、中低所得層の消費が一段と落ち込み、高所得層の消費だけでは経済全体を支えきれなくなる可能性が高まるだろう。
需要の落ち込みを懸念して、企業のなかには大規模なレイオフに踏み切る向きも増え、リセッションが現実化する可能性がある。
そうなった場合、たとえFRBが利下げを加速させても、株価はリセッションによって下落せざるをえない。株高が止まれば、高所得層の消費も減少に転ずることになる。
高所得層によって支えられていた消費は落ち込み、雇用悪化に消費減少が加わって、リセッションが深刻なものとなり、株価下落も続くだろう。
逆に、株高に伴う高所得層の消費増加という上向きの力が勝り、雇用が現在の「伸び悩み」状況から「回復」に転じた場合、どうだろう。
需要の盛り上がりに沿って雇用も回復すれば、雇用リスクに配慮して利下げを実施してきたFRBは、今度はインフレに配慮して金融引き締めに転ずる必要がでてくるだろう。
もちろん、トランプ政権からの金融緩和要請は強まるだろうが、インフレ懸念が高まっていくなかで、FRBが無理な利下げに踏み切れば、米国のインフレは歯止めがきかなくなる恐れがある。
・・・
続きを読みたい方は、「イーグルフライ」よりご覧ください。
2025/12/29の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。
関連記事
https://real-int.jp/articles/3012/
https://real-int.jp/articles/3010/















