短観、業況判断DIの予想外の上昇をどうみるか?

大企業・製造業の業況判断DIは大方の予想に反して上昇
6月調査日銀短観によれば、大企業・製造業の業況判断DI(景気が「良い」と考える企業の割合マイナス「悪い」と考える企業の割合)はプラス13となり、前回3月調査のプラス12から1ポイント上昇した。
大企業・製造業の業況判断DIは、国内景気の動きを端的に表すとされる、代表的な景気指標だ。
ブルームバーグの集計によるエコノミストの事前予想によれば、同DIはプラス10と2ポイント低下すると予想されていたが、予想に反して上昇した。多くのエコノミストがDIの低下を予想していたのは、言うまでもなく「トランプ関税」で景気が悪化するとみられていたからだ。
相互関税のうち上乗せ部分の発動は猶予されたが、日本経済にとって大きな問題は稼ぎ頭である自動車に対する関税だとみられている。
4月に、日本の対米自動車輸出には、25%の追加関税がかけられた。米国は日本からの輸入車に対し、乗用車の場合2.5%、トラックの場合、最大25%の関税を課していたが、これが乗用車で27.5%、トラックが最大50%になった。
通関貿易統計によれば、2024年の日本の対米自動車輸出金額は6.0兆円とそれだけで輸出全体(107.1兆円)の5.6%、名目GDP(609.4兆円)の1.0%に相当する。
今や日本の貿易収支は赤字に転落しており、そのなかで、対米自動車輸出は外貨の稼ぎ頭として重宝視されている。その自動車輸出が落ち込めば、日本にとって大問題になるというわけだ。
追加関税分が現地での販売価格に転嫁され、日本車の価格が大幅に上昇すれば、米国内での日本車の価格競争力が大きく低下する。
価格競争力低下で日本からの対米自動車輸出数量が減少し、それに伴って日本国内での自動車及び関連産業の生産活動が落ち込むと見込まれる。日本にとっての基幹産業である自動車産業の輸出の落ち込みは、景気を悪化させるはずだというのが、エコノミストが業況判断DIの低下を予想した理由だった。
ところが、実際には、大企業・製造業の業況判断DIはわずかながら上昇した。
なぜか?
確かに、業況判断DIの業種別内訳をみると、自動車の業況判断DIは、3月のプラス13から今回6月はプラス8へと5ポイント低下した。
しかし、それが製造業全体に波及することはなく、もちろん、非製造業への波及もなかった。大企業・非製造業の業況判断DIは、3月のプラス35から、今回6月は34へと1ポイント低下した。
だが、大企業・非製造業のDIを業種別にみると、DIが低下したのは不動産(3月プラス59→6月プラス54)、通信(同プラス42→プラス38)で、自動車関税とはほとんど関係がないとみられる業種だった。
大企業・非製造業のDIは、なおプラス30超と高水準で、1980年代バブル期並みの好況が続いている。
自動車産業はすそ野が広く、自動車輸出が落ち込めば、大手自動車メーカーだけでなく、中堅、中小の関連メーカーに悪影響を及ぼすとの懸念もあった。だが、そうした悪影響も確認できなかった。
自動車・中堅企業の業況判断DIは3月のプラス13のあと、6月もプラス13と横ばいだった。自動車・中小企業の業況判断DIは3月のプラス1から、6月はゼロとなり、1ポイントの低下にとどまった。
結局、日本経済全体では、自動車関税発動から2か月経っても、国内企業の景況感が悪化することはなく、全体的には非製造業を中心に高水準で推移していることが確認された。
全規模・全産業の業況判断DIは、今回6月のDIはプラス15で、前回3月と同じ。うち、全規模・製造業は、今回プラス7で前回3月と同じ。全規模・非製造業は今回プラス21で前回3月と同じだった。
25%自動車関税により日本の景気が大幅に悪化するとの見方は間違いだった
3月31日付の筆者レポート「25%関税でも日本経済への影響は限定的」でも指摘したように、そもそも「自動車関税により日本からの対米自動車輸出数量が減少し、それによって日本の景気が悪化する」という予想が間違っていた。
https://real-int.jp/articles/2800/
予想が間違ったのは「追加関税分が現地での販売価格に転嫁され、米国内での日本車の価格が大幅に上昇する」という、間違った前提に立った予想だったためだ。「追加関税分が現地での販売価格に転嫁される」という前提は、エコノミストが予想数値の計算を簡略化しようとしたためだ。
だが、実際に、現地での販売が大幅に減少することを承知のうえで、関税分を販売価格にフル転嫁する業者がいるだろうか?
日本の輸出企業は、2010年代以降の円安下でも、現地での価格を変えることなく、ドル建て価格を現地価格に合わせて据え置き、円安分だけ円建て価格を上昇させたままにするという戦略をとってきた。そのため、結果として、円安でも日本の経済はさほど良くならなかった。
現地の販売価格を変えない戦略をとってきたため、日本車の価格競争力は向上せず、現地での販売数量は増えず、日本の輸出数量も増えなかったためだ。
国内での生産コストなどと関係なく、ドル建て価格不変と円安によって、円建て輸出単価が上昇したため、日本車メーカーの売上や利益が水増し気味に増加しただけだった。
かつては、円安に際して、日本の輸出企業は、現地での価格を引き下げ、価格競争力の向上で輸出数量が増加した。輸出数量を増やすために国内でも増産が必要になり、それが景気を押し上げた。
結果として、円安による景気拡大の恩恵は当該輸出企業だけでなく、日本全体に波及した。しかし、2010年代以降の円安局面では、輸出主導で景気が良くなることはなかった。言い換えれば、輸出企業が日本経済を牽引する役割を担うことはなかった。
自動車産業は確かに外貨の稼ぎ頭かもしれないが、もはや、日本経済の牽引役とは言えなくなっている。通関貿易統計によれば、5月の対米乗用車輸出のドル建て輸出単価は前年比15.6%下落した。
輸出メーカーは輸入関税がかけられても現地での販売価格がさほど上がらないように値下げしたようだ。これに25%の追加関税がかけられるとしても、現地での価格は5.5%上昇とさほど大きくならない。
対米乗用車の輸出数量は4月に駆け込み需要などから前年比12.4%増と増加したあと、5月は同3.1%減と減少に転じた。駆け込みの反動もあったとみられる点をも考慮すれば、5月の輸出数量の減少幅は限定的だったと評価できる。
結局、この数値は、25%の関税が日本の対米自動車輸出数量に及ぼす影響が最小限にとどまったことを意味する。
もちろん、日本車メーカーにとっては、これまで円安分、水増し気味に得ていた、売上や利益の増分が縮小することを覚悟しなければいけない。
とはいえ、それが日本経済全体に及ぼす影響は限定的であり、結局、今回発表された日銀短観の数値は、そうした見方を裏付けるものとなった。
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2025/7/7の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。