ガザ紛争とイスラエルのネタニヤフ政権
イスラエル軍は、8月31日、ガザ地区南部ラファの地下トンネルで、ハマスに身柄拘束されていた6人(男性4人、女性2人)の遺体を収容したと発表した。イスラエル軍によると、この6人は48時間から72時間前まで生存していたと見られる。
この発表を受け、9月1日、イスラエルではエルサレムやテルアビブ等の主要都市で、ネタニヤフ政権のガザ紛争への対応に抗議する大規模な市民デモが起きた。
イスラエルで高まる人質解放のためにハマスとの停戦合意を求める市民圧力に対し、ネタニヤフ首相は、今回も、人質殺害の責任者を捉えるまで戦いを続けるとの姿勢を示した。
米国、カタール、エジプトの仲介によるイスラエルとハマスとの間接交渉は、直近では、8月25日にはエジプトのカイロで、28日からはカタールのドーハで開かれた。
交渉が難航しているのは、ネタニヤフ首相が、ガザ南部のエジプトとの境界地帯フィラデルフィ回廊におけるイスラエル軍の駐留など新たな条件を加え、ハマスがこれを拒否したためだと報じられている。
デモに参加しているイスラエル市民の中には、人質殺害の責任はハマスにあるとしながらも、ネタニヤフ政権が交渉の進展を阻止していることを問題視し、ネタニヤフ首相の辞任を求める声もある。
以下では、ガザ紛争への対応に批判が高まっているイスラエルのネタニヤフ政権の今後について、国内外の情勢分析を踏まえて考察する。
政権への不満の高まり
ネタニヤフ首相のガザ紛争に関する政策をめぐる最近の国内の動きで、注目すべきものとしては、第1に、政府内部の意見対立が挙げられる。ネタニヤフ首相は、あくまで戦闘継続を主張しており、ハマス壊滅の目標を固持している。
一方、ガラント国防相はこの主張に賛同しておらず、イスラエルの情報機関のシンベトやモサドも国防相への支持を示している。
第2は、イスラエル最大の労働組合「労働総同盟」が、9月2日から、ネタニヤフ首相にハマスとの停戦合意を迫るストライキ実施を
宣言したことである。
これにより、国内の空港、公共交通機関、病院、銀行などでストが実施されはじめている。
第3は、8月29付アラビア語紙「アルクドゥス・アル・アラビー」がイスラエル公共放送局の放送をもとに、「イスラエルの歩兵旅団に所属する兵士20人がガザ地区での戦闘に復帰することを拒否する」と表明していると報じたことが注目される。
同紙は、ガザ地区での戦闘復帰拒否は、この他にも複数の旅団で見られはじめていると報じている。イスラエル軍当局は、復帰拒否は軍事命令拒否であり法廷に出廷することになると警告している。
2023年10月7日以降のイスラエル軍の戦死者は704人で、うち同月27日のガザ地区での戦闘開始以降の戦死者は339人となっており、兵士とその家族の不安も募っている。
経済への悪影響
ガザ紛争はイスラエル経済にもマイナスの影響を与えており、観光客の大幅減少、国外からの投資の減少、パレスチナ人労働者の締め出しや予備役の徴兵による人手不足などの問題が発生している。
2024年5月の世界銀行の報告によると、2023年の第4四半期のGDPは前期比で21.0%減少しており、個人消費26.9%減、設備投資費67.9%減、輸出22.5%減と主要経済指標が落ち込んでいる。
ただし、2024年の第1四半期のGDPは、ガザ地区の戦闘やイスラエル北部でのレバノンのヒズボラとの戦闘拡大の恐れが後退したことで前期比14.1%のプラス成長となった。
また、防衛関連費の拡大により財政赤字は、2024年4月末の時点でGDPの6.9%、5月末で7.2%となっており、法律で定められている財政赤字のGDP比6.6%を上回っている。
こうしたイスラエルの経済状況を受け、米国の格付け会社ムーディーズは2月、財政リスクを踏まえてイスラエルの格付けを「A1」から「A2」に引き下げ、4月にS&Pグローバル・レーティングが、8月にはフィッチも格付けを引き下げている。
このように、格付け機関のイスラエルの経済見通しはネガティブな方向を示している。
その一方、イスラエルのGDP成長率について、経済協力開発機構(OECD)は2024年5月時点で、2024年を1.9%、2025年を4.6%、国際通貨基金(IMF)も2024年を1.6%、2025年を5.4%とみており、経済回復基調にあると予測している。
経済回復予測の理由としては、第1に、2024年第1四半期にはハイテク産業、とりわけ医療技術、セキュリティ技術分野などへの外国投資家の投資が好調であったこと、第2に財政政策として2025年に付加価値税を17%から18%に引き上げることが挙げられている。
また、イスラエル政府が、2024年4月に機関投資家による投資促進を目的とした「Yozma Fund 2.0」を発表し、ハイテク産業を後押しする政策を打ち出したことも経済回復に寄与しているといえるだろう。
安全保障上のリスクの高まり
以上のように、2023年10月にはじまったがガザ紛争は、短期的には、イスラエル国内に、政権内での戦略をめぐる対立、観光分野などへのダメージ、防衛関連費の拡大による財政負担の増加、そして、これらを含む紛争への対応への国民の不信感の高まりなど
マイナスの影響を与えている。
また、長期化するガザ紛争は、対外関係においても、(1)イランとの間の軍事衝突と緊張状態の高まり、(2)レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクのイスラム抵抗運動という非国家組織との戦闘、(3)国連、国際司法裁判所(ICJ)、国際刑事裁判所(ICC)などの国際機関で人道問題に関する評価の悪化をもたらしている。
このうち、イランとの関係では、7月31日のハマスのハニヤ政治局長のテヘランでの殺害事件で、イランはイスラエルへの報復攻撃を表明しており、この1カ月、イランが自制を働かせているものの緊張状態は続いている。
また、ヒズボラとの関係では、8月21日にイスラエルがヒズボラに先制攻撃を行い、ヒズボラも応戦するなどイスラエル北部国境地帯での軍事的緊張も継続している。
これら以外にも、軍事面で懸念されるのが、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区のジェニン、ナブルス、トゥバス、トゥルカレムなどの都市で、8月28日未明からイスラエル軍が行っているパレスチナ人に対する大規模作戦である。
こうしたイスラエル周辺地域での戦闘は、今後の動向次第では、軍事関連費が恒久的に増加するだけでなく、日常的にイスラエル国民の緊張感をさらに高める要因となり得る。
昨年10月7日のハマス等による奇襲攻撃を受け、ネタニヤフ政権は「テロとの戦い」における自衛を掲げ、再び軍事力を用いて抑止力を取り戻すことを目的として、多方面で戦闘を拡大させている。
果たして、この政策はイスラエルの安全保障、経済回復にとってプラスに働いているか否かについて、国民的議論が必要な時期にきているのではないだろうか。
カギを握る米国のイスラエル支援
米国は、そのイスラエルの安全保障にとって不可欠な存在である。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2024年9月2日に書かれたものです)
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