イスラエルによるヒズボラ、ハマスの要人殺害 ~中東地域紛争への拡大はあるか~
イスラエル国会は8月から夏季休暇に入り、最長10月後半まで休会になる。その直前の7月30日、31日の24時間のうちに、中東地域で2件の要人殺害が起きた。
実行者は、2件ともイスラエル軍によるものと見られている。1件目は、7月30日の夕刻に実施された、レバノンの首都ベイルートのダーヒヤ地区でのヒズボラの軍事部門の最高幹部ファド・シュクル氏の殺害である。そして、2件目は、7月31日未明のテヘランに滞在中のハマスの政治局長ハニヤ氏の殺害である。
殺害された2人は、ガザ紛争の停戦後も、イスラエルの安全保障上の脅威となる人物だったといえる。
この2つの出来事により、中東地域で継続しているイスラエルと反イスラエル勢力「抵抗の枢軸」との戦闘が地域紛争へと拡大する懸念が高まっていると報じられている。
2件の要人殺害に関する詳細は未だ明らかになっていないが、以下では、これらの出来事に関する現時点で分かっていることを検討し、地域紛争へとエスカレートする蓋然性について考察する。
まずは、2つの出来事の背景にあるガザ紛争をめぐるネタニヤフ政権の最近の動きについてみていく。
ガザ紛争で難局に立つネタニヤフ政権
2023年10月にはじまった、パレスチナ自治地域ガザ地区でのイスラエルとハマス等パレスチナ武装組織との戦闘は、10カ月を向かえようとしている。このガザ紛争でイスラエルは圧倒的に優位に立っており、ガザ地区のパレスチナ人の死者は4万人を超えようとしている。
その一方、イスラエルのネタニヤフ政権の国際的立場は、悪化しつつある。
最近も、7月16日にEUがパレスチナに対する「深刻かつ組織的な人権侵害」に関与したとして、イスラエルの5個人、3団体への制裁を発表した。
また、7月19日には国際司法裁判所(ICJ)が、イスラエルによる東エルサレムとヨルダン川西岸地区の占領政策は「国際法違反」との勧告的意見を出している。
さらに、7月23日には、中国の仲介で、パレスチナの14派閥が和解し、「パレスチナ民族の分裂収束と団結強化に関する北京宣言」に署名し、国連決議に基づくエルサレムを首都とする独立したパレスチナ国家の樹立と、ヨルダン川西岸地区およびガザ地区の領土の完全性を堅持するなどを再確認している。
これにより、ガザ紛争後の中東和平問題への取り組みで「2国家解決」の基盤づくりが1歩前進したことになり、パレスチナ国家樹立を断固拒否するネタニヤフ政権にとっては望ましくない状況がつくられはじめている。
ガザ紛争の停戦交渉については、7月13日に、エジプトとカタールとともに交渉を仲介している米国のバーンズ中央情報局(CIA)長官が、ハマスのガザ地区最高指導者シンワル氏への停戦案受け入れ圧力が高まっており、「脆弱ながらも見込みがある」と述べたと報じられた。
イスラエル側についても、7月16日、交渉担当の対外情報機関(モサド)のバルネア長官ほか数名の閣僚らが、早期の停戦合意の必要性を閣議で訴えた。
しかし、7月18日にイスラエル・メディアは、ネタニヤフ首相が連立政権を組む極右政党に配慮し、ガザ住民の移動を監視する体制の確立という新たな交渉条件を提示したと報じ、交渉はまたも難航しはじめた。
こうした経緯もあり、ネタニヤフ氏は、自身が党首を務めるリクード内で、交渉問題をめぐるモサドのバルネア長官との対立、ガザ地区統治問題をめぐるガラント国防相との意見の相違などを抱えるようになっている。
また、野党や国民の過半数(世論調査ではおよそ3分の2)は首相の早期退陣と総選挙実施を求めており、ネタニヤフ氏は苦しい立場に置かれている。
しかし、ネタニヤフ首相の訪米は、こうした国内圧力をかわす転機となった。
米議会演説で示されたネタニヤフ首相の決意
7月24日(現地時間)、ネタニヤフ首相は、米国上下両院合同会議で自身4回目となる演説を行った。
同首相は、冒頭、「中東ではイランのテロの枢軸と対峙しているが、
勝利するには、米国とイスラエルが団結しなければならない」と訴え、イランをテロ国家と位置づけ、その脅威を印象付けるため、真珠湾攻撃や米国同時多発テロを例にとり、イランと戦う正当性を示した。
また、ガザ地区に関しては治安監視の徹底を主張した。さらに、ガザ紛争でハマス等を支援するレバノンのヒズボラとのイスラエル北部での戦闘については、8万人の住民が避難していることに言及した上で、「彼らを故郷に帰すことに全力を尽くしている」と述べ、「必要なことはなんでもやる」と語った。
この演説からは、イスラエルの安全保障のために、イランおよび親イラン勢力と全面戦争も辞さないとの意識がうかがえる。
同日、ネタニヤフ首相は、バイデン大統領と会談し、やはり「バイデン大統領と目の前にある大きな問題について取り組めることに期待している」と冒頭で述べている。
ホワイトハウスの報道官によると、バイデン大統領は、この会談で、イランと、ハマス、ヒズボラ、フーシ派を含むイランの代理勢力によるあらゆる脅威に対するイスラエルの安全保障への米国の確固たる関与を伝えたと述べている。
その後、ネタニヤフ氏は、ハリス米副大統領と会談し、翌日、トランプ前大統領とも会談を行っている。
こうしてみると、ネタニヤフ首相の米国訪問は、イラン脅威論を語り、イランの「テロとの戦い」における自衛権を、米国をはじめとする国際社会に強く印象付けることが目的のひとつだったと考えられる。
「抵抗の枢軸」の要人2人の殺害
イスラエルは、安全保障政策において諜報活動を重視し、しばしば、「標的殺害」を含む先制攻撃という手法を用いている。
イスラエル北部方面の戦闘でも、諜報活動をもとに複数のヒズボラの幹部の「標的殺害」をすでに実施している。
ヒズボラの軍事部門最高幹部シュクル氏
最近では、7月17日にヒズボラのナスラッラー指導者がシーア派宗教行事「アシュラ」のためにベイルートに集まった数万人に対し、「イスラエルが民間人を標的にし続ければ、抵抗勢力はこれまで標的にしていなかった居住地をミサイル攻撃する」と述べた2日後、イスラエル軍はレバノン南部のヒズボラの現場司令官ハビブ・マアトゥーク氏を空爆で殺害した。
ヒズボラは、この攻撃への報復として、イスラエル北部サフェドのフィロン基地をはじめてミサイルとロケット弾で攻撃しており、軍事的緊張は高まっていた。
その後、ネタニヤフ首相の訪米中の7月27日、イスラエルが併合し、自国領だと主張するゴラン高原のマジュダル・シャムス村(ドルーズ派の居住集落)のサッカー場にロケット弾1発が着弾し、12人が死亡、およそ35人が負傷した。
イスラエル軍は、これをヒズボラの攻撃と断定し、同組織への反撃を表明した。
これを受け、ネタニヤフ首相は、帰国時間を早めるとともに、「ヒズボラは大きな代償を払うことになる」と述べた。
一方、ヒズボラは攻撃を否定しており、翌28日にはレバノンの衛星テレビが、イスラエル軍が発表した映像や同軍が言及したイラン製ロケットの能力や弾頭から、着弾したのはイスラエルのアイアン・ドーム防空システムのミサイルの誤作動ないし迎撃に失敗したロケットの可能性が高いとの検証レポートを放映した。
この情報が中東地域に拡散されていく中、7月30日夕刻、イスラエル軍はレバノンの主権を侵し、ベイルート郊外の建物にドローン攻撃を実施し、ヒズボラの軍事部門最高幹部シュクル氏を殺害した。
イスラエルのこの軍事行動に対し、シリア、イランはイスラエルの主権侵害を非難し、レバノン国民との連帯を表明し、ロシア外務省は「重大な国際法違反」だと非難した。
ハマスの政治局長ハニヤ氏
シュクル司令官殺害が行われた7月30日は、イランの国会で第9代大統領となったペゼシュキアン氏の宣誓式の日であった。
ペゼシュキアン大統領は、28日に最高指導者ハーメネイ師の正式認証を受け、30日の宣誓式には80以上の国・機関の代表者が招待されている。
ハマスの政治局長イスマイル・ハニヤ氏も、パレスチナ・イスラム聖戦、ヒズボラ、フーシ派の代表者とともに式典に参列していた。
国際的な関心が、シュクル司令官殺害によるイスラエル・レバノン情勢の悪化に集まる中、翌31日、イラン革命防衛隊が、テヘランでハマスのハニヤ氏が殺害されたと発表した。
同日、ハマスは、イスラエルの攻撃によりハニヤ氏が殺害されたと述べた。
また、イランのハーメネイ最高指導者も「イスラエルに厳罰を与える」と表明し、ペゼシュキアン新大統領も「イスラエルに後悔させる」と述べている。
一方、イスラエル側は、ネタニヤフ首相をはじめ全閣僚ともにハニヤ氏殺害については沈黙している。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2024年8月1日に書かれたものです)