ドル円3週間で10円上昇の理由
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円の実質実効為替レート
まず円の相対的な力、他の通貨と比べた立ち位置を比較します。
この時に使う実質実行為替レート(real effective exchange rate)は 1990年台以降 BIS(国際決済銀行) が毎月1回出しています。
それ以前は日銀が推計の水準を出していました。直近の水準は2月で66.54で、50年ぶり1972年以来の低水準です。これは日本の物価が上がらないということを反映しています。
ボトムで切り返して円高が始まるかというと、とてもそのようには見えません。
2015年の6月に日銀の黒田総裁が国会答弁に応じた時に、当時の実質実行為替レートに照らし合わせて「これ以上円安になる可能性は低い」と言いました。そしてドル円が124円台から急落をした時がありましたが、今はその水準を超えた円安です。
この先は円安が進むのか、それとも切り返すのか、ここが焦点になってきます。
為替の水準を決める3要素
為替の水準を決める3要素は金利、需給、投機です。この3つを見ていくことによってある程度為替の水準を予想していくことができます。
政治が変わると為替の水準が変わる、つまりレジームチェンジが発生して為替の水準が変わるというような論調をよく見ます。しかし、政治は金利と需給と投機の外側に位置していて、この3要素を加速させたり減衰させたりする1つの要因、つまり外部要因という見方をしてください。
この金利と需給と投機が重なっているところで取引すると、一番スイートスポットにあたって美味しい為替取引ということになります。まさに今、この3つの諸条件が重なったところにある状態です。
需給
需給というのは需要と供給のバランスのことで、日本であれば、日本に入ってくる資金フローのことをインフロー、日本から出ていくフローのことをアウトフローと言います。
需給は両者を相殺した金額のことで、その均衡が崩れた方に相場が変動していきます。
貿易決済、証券投資、企業買収、不動産投資がありますが、海外の企業を買収するのは対外直接投資、日本の企業が買収されることは対内直接投資と言います。
これら4つに共通するものは当面、反対売買が持ち込まれないということです。ドル円であればドル円を買い切り、ドル円を売った場合は売り切りで反対売買が出てきません。
これが非常に重要で、中長期で為替の水準を決定する要因が需給だということです。
高水準の対外直接投資(億円)
日本は少子高齢化で低成長です。すると企業というのは、日本国内に主だった投資先がないので海外に投資先を見つけていくことになります。
これは海外の企業を買うしかなく生産性が高いということになりますが、海外の企業を買ってしまうと、 先ほどお話ししましたように買ったままになります。
これは、ドル円の買い要因あるいはクロス円の買い要因で、反対売買は当分出てこないということになります。
対外直接投資額を見ると毎月平均して1.5兆円程あります。少し前に武田薬品工業がシャイアー社を買収し、買収総額は6兆円を超えていました。最終的にこういったものが全部円売りとなって出てきているので、今の市場は円売りが強いです。
日本の経常収支(億円)
日本の経常収支構造が大きく変化してきています。これは原油などのエネルギー価格が上昇してきて、特に日本の場合は、国内に資源を持っていないので全部海外からの輸入に頼っています。
そうした中で 液化天然ガス(LNG)や原油価格などのエネルギー価格が上がってくると、同じ数量を輸入した場合、絶対額での支払いが大きくなり、日本の経常収支構造は赤字になってきます。
2014年頃、震災が起こり原発が止まり、液化天然ガス(LNG)の輸入が急加速しました。こうした時に、その代金を支払うために円売りが発生しました。これが日銀の黒田緩和とアベノミクスのもとで外向きのフローと重なり、結果的にドル円が上振れました。今、同じような状況が起きています。
国内に資源を持たない国から、国外で資源を持っている国にお金が流れ込んでいます。つまり、日本の国富が海外に逃げているのです。
例えばインドネシアは慢性的な経常赤字国でしたが、資源価格の高騰から経常黒字国になってきました。日本のように資源がない国から国富が失われて、資源がある国が潤ってきているのが、最近の国際収支の構造です。
したがって、この円安は悪い円安と言えます。これが止まるかについて次で説明します。
金利差の原点
今日本では、黒田日銀が長期金利をゼロパーセントをはさんで上下0.25%枠の中におさめる政策をしていますが、その上限に接近したため「指し値オペ」を連発しています。
海外ではコロナ後の金融緩和からの正常化が見えてきて、中央銀行が金利を引き上げているので、日本と海外の金融格差は開いてきています。
金利差の原点を確認しておくと、通貨Bと通貨Aはそれぞれに2%と5%の金利があります。これで今為替が固定相場になったとすると、
通貨Bでお金を借りると支払利息は2%、
通貨Aで運用すると受取利息は5%。
為替が動かなければ、通貨Bで借りて、通貨Aで運用すれば金利差が年間で3%入ってきます。ただ固定相場ということはないので、ここは為替のリスクを取らないといけません。
通貨Bが2%、通貨Aが3%で、金利差が1%だったとします。
この先、両者の金利差が開き5%、6%になっていくことを考えると、今、その通貨を買っておけば、値上がり益の部分(キャピタルゲイン)も収益になる可能性があります。
金利が入ることをインカムゲインと言いますが、キャリートレードのおいしい所は、実はインカムゲインだけでなく、自然とキャピタルゲインが狙えてしまうような構図なのです。
今世界では金利が上昇し始めていますが、先にあらかじめ買っておき、その後に提灯を付けて買ってくる投資家が現れれば、為替が上がっていきます。するとここにキャピタルゲインまで狙えてしまう、そういう構図で買われる側面もあります。
今世界で起こっていること「円を売って他の通貨を買う」というのは、キャリートレードが復活してるという1つの証でもあります。
ドル円と日米の2年債金利差(%)の推移
ドル円と日米2年債金利差の、日々のNYクローズを 取ってきてプロットしたものです。縦軸がドル円、横軸が日米2年国債の金利差です。
金利差拡大、つまり右の方に行くことによってドル円の買い要因です。金利差縮小、つまり左の方に行くことによって、ドル円の売り要因になります。
現在の市場がどちらの方向に向かっているかというと右の方向に向かっています。日米の金融格差が拡大することは紛れもないドル買い要因です。
両者の相関を見ると、決定係数とは相関係数二乗、その値は0.937です。
1というのが順相関で言えば完全相関なので、これに近いような相関が今、両者の間にはあります。ドル円の水準は、金利差がもたらす影響の支配下にあると見ていて、この金利差を見ていくと、ある程度ドル円の水準が想像できます。
これは3月1日からの相関です。この”X”に金利差を代入することによって、その金利差と整合的なドル円の水準が導き出せます。
金利差が0.1%(10bp)変動すると、この10bpがドル円に与える影響が約86銭となります。ですから金利差が0.5%(50bp)拡大すると、単純にこれだけでドル円を4円30銭押し上げる要因になります。
なぜ日本と米国がこんなに格差が開いていくかというと、日本がイールドカーブ・コントロール(YCC)という政策を取り、金利をあげないからです。
日本はYCCで金利上昇を抑制
2016年9月に採用した時は、10年国債金利をある程度の枠(バンド)、-0.10%~+0.10%の中に入れておく政策を取っていました。
その後、2018年7月の0%を挟んで0.2%でしたが、
2021年3月には0%を挟んで上下0.25%に拡大しました。
今、世界の金利が上がっているので日本の金利も連れ高になってきましたが、プラス0.25%のところで「指し値オペ」 を連発しました。0.25%を上回らないようにキャップを付けています。ですから、日本と海外の金融格差は開くばかりです。
この0.25%のところで、連続指し値オペをやったので、日本の金利を固定してるようなものです。これは陰で間接的な為替介入をやっているのと等しいと思います。
日本10年債金利
二段階を経てバンドが広がってきていますが、それでも金利水準としては低過ぎています。今、世界がインフレを抑えるために金利を引き上げているのに比べ、日本は特異に写ります。
投機
こういうところに目を付けているのが「投機」です。
投機というのは1つ定義があり、実需の裏付けがないものです。
実需の裏付けがないとは、将来のどこかで必ず反対売買をしなければいけません。買ったものであれば必ず転売をする必要があり、売ったものであれば買い戻しをする必要があります。
投機は市場を動かしているように見えますが、超長期で見ると投機は最終的にはゼロになります。実は超長期では中立要因なのです。
つまり為替の水準を最終的に決めているのは「需給」と「金利」の2つの要因だけです。この2つが最終的な為替の着地点を決めているのです。
ただ今は投機が暗躍をしているということで、投機はどうやって加速するのか、次の金融機関のディーリングルームでのやり取りを例に見ていきましょう。
投機はどう進む?
投機筋が金融機関と取引する時のやり取りです。
A社:海外で多額の資金を運用する、投機的な売買を繰り返すヘッジファンド
Sales:営業部隊(ヘッジファンドセールス)
彼らがどんな会話を進めて、ここに投機がどう持ち込まれるかというのを見ていきましょう。
A社が営業担当に聞いてきます.。
A社:「USD/JPY level pls」
⇒「ドル円の水準いくら?」
営業がこう言います。
Sales:「53/55」
⇒「(おおよそ、大口の売買向けに)53銭がビッド、55銭がオファー」
これは大口の顧客向けには53銭がBid、55銭のOfferです。
買いたければ55銭、売りたければ53銭。
ただ大体の水準です。というように言われます。
それを提示するとA社がこういいます。
A社:「Just buy 200」
取引単位は1本=100万ドルのことを指します。 1つが100万ドルなので、200は2億ドル相当分を対円で買ってくれと言っています。
「Just buy200」というのは、何でも良いから買ってくれと言っているのです。
ディーリングルーム内ではインターバンクディーラーに向かい「200本買ってくれ」と言い、約定後に営業に渡します。
営業はA社にこう言います。
Sales:「All done at 54.9」
これは、成り行きで54.9銭で200本買えたという意味です。
するとA社が、言います。
A社:「Nice fill. How left?」
よくできた!よくやった!次はどうだ?と言います。(まだやる気満々)
すると、営業が言います。
Sales:「55/57」
買ってしまった後なので、レートは先ほどより少し上がっています。
するとA社がもう1回こう言います。
A社:「Just buy 200」
もう1回2億ドル、対円で買ってくれ。
今度はさすがに市場が警戒している為、営業がこう言います。
Sales:「Slightly slipped,all done at 58.8」
ごめんなさい、ちょっと滑っちゃったけど、58.8で買えた。
最初に提示した55/57の外側になりましたが、A社はこう言います。
A社:「Excellent」
よくできた。
この時点でA社と営業の間では、400本、つまり4億ドルの取引が成立しています。
ここで注意をしていただきたいのは、指し値をして待ってるわけではなく、成り行きでどんどん買わないといけない状況だということです。
実は、ヘッジファンドの中ではコミュニティがあり彼らの中で情報は筒抜けなので、誰かが買っている時に自分が売っているということはないので、みんなで同じ方向をやります。こういう時に出遅れると、もう買うチャンスがないのです。
何が重要かというと「半ばレートに関係なく買い進む」ということです。
今回のドル円の上げが3週間で10円。その中で毎日大台を買えた日が3日程ありました。彼らが先に上を買うので、待っていても買えないのです。買えなくなる人が続出すると、投機筋が買った水準よりも遥かに上を買うしかありません。これが今回、この3週間で起こっていたことの全容です。
実需はもちろんありますが小さく動いているうちに、投機筋に先に買われてしまって結果的に上を買わざるを得ないような構図が、この3週間の1つの縮図ということです。
投機が進むと建玉が大きくなり、投機筋も買ったものは転売しなければなりません。転売した時に水準が下がってしまうとまずいので、うまくせめぎ合いをしながら売るようなチャンスを待つのです。
こういうことを分かっていないと、ロングを持っていても途中でイグジットしてしまったり、値頃感から売ってしまって結局ショートのまま突き刺さってしまう人が多いのです。
今回、この3月は結構そういう方が多かったと思います。外国為替証拠金会社が提示をしている顧客の建玉のポジションも見ていると、120円に乗ってきてもかなりドルショートが残っていました。
こういうのが巻き戻された部分もかなりあると思いますが、投機筋は、日本の個人投資家のポジションもきちんとリサーチして把握してます。限界点まで来ると大きく買い戻される部分を狙っている側面もあると見ています。
ヘッジファンドは金融機関と相対取引
ヘッジファンドは金融機関と相対取引しています。
お客さんが買ったものは金融機関の売りになり、
お客さんが売ったものは金融機関の買いになります。
ヘッジファンドというのは、シカゴ通貨先物市場では取引はしません。グローバルで展開する金融機関と相対取引をしているので、彼らの建玉がシカゴ通貨先物市場の建玉残高に反映されたり、外に漏れることはあり得ません。
では、投機はどのように加速していって減衰するのでしょうか。
赤がドル円の動きで、青が投機の量の変化です。
上に行くほど投機の量が上昇、上に行くほどドル円が上昇するということです。
ドル円が買われて上昇して、ピークを付けた後に下がってきました。投機量の変化を見てみると、投機の量も増えていきます。この場合、投機量が増えるというのは、買い建玉が増えてきているということです。
投機が加速した後に、買い建玉が全部転売されて、元の水準に戻ったのが青の点線のところです。
投機が利確したため、ドル円もそれなりに崩れていますが、同じところで見るとドル円は最初の水準よりも高いです。この差の部分が「金利と需給からのドル円の変化量」です。今はまだこの線の動きから見ると、道半ばであると判断できます。
まとめ
ドル円は現在調整中ですが、レンジは120円から125円に1つ切り上げたように見え、ポテンシャルとしては125円を抜けてくるマグマは充分にあります。
この先、日米の金融政策の格差は拡大中で、金利差はこの先も拡大の予想ですから、需給バランスとすれば一段の円売りが示唆されているような状態です。
最終的な結論として、ドル円は昨年来高値125円10銭を更新して、もう一回高値をつける可能性は視界良好とみています。
この先、年初来高値を更新するとしたら、ロングポジションで儲かっている人は沢山いても、ショートポジションで儲かっている人は誰もいないということです。
これが新値を買わなければいけない理由のひとつで、高いから買わないというのはトレーディングではいけないことで、高いから買わなければいけないのです。
ディーリングルームでは「高いから買わないではなくて、高いところを買うのがおまえらの仕事だ」とよく言われました。
ですので、僕は高いところを買う、安いところを売ることに全く躊躇はありませんが、一般投資家からすると違和感のあるトレードをしているようにも見えるかもしれません。
投機筋はこの先に買い玉が出てくることが分かっているので、ワーッと押し上げてしまえば、上をしっぽ巻いて買ってくる実需や投資家がいるということが分かっていてあの買い方をするのです。
投機筋は、相場の大幅上昇が見込めるなら水準に関係なく買うということを覚えておくと、少し意識が変わるかと思います。
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