プーチンの解釈
私たちは今ウクライナで起きていることを日本のテレビニュース等のマスメディアを通して情報を得て、その情報をもとに考察しがちですが、実はそれだけでは分からないこと理解できないことが多すぎることに気づきます。
ロシアや中国のメディアが偏った報道をしていることは周知の事実ですが、一方で日本や欧米の報道内容も本来我々が知るべき内容がろ過されず届けられているかと言えばそうでないのかもしれません。
最近ウクライナの情勢に関して、在英国日本大使館の駐在外交官として、本件の対応に取り組んでいる防衛省幹部S氏とやり取りする機会がありました。S氏は、現在は良くも悪くも戦後の国際秩序を変える転換点にきていると言い切ります。
プーチンが、何故ここまでの行動に出ているのか。
「不可解で居心地の悪いところに真実が隠れているかも知れない。」と。
現在の状況を理解するためには西側諸国の視点のみで捉えることをせず、ウクライナの視点、そしてプーチンの視点を探ってみる必要があるとのことでした。そして、まずは過去数年間のプーチンの論文や演説を読んで見ることを勧められました。
また、S氏は英国のベン・ウォレス国防相がロシアのウクライナ侵攻直前の1月17日の英国議会で、対戦車ミサイルをウクライナに供与することを発表しましたが、これは彼がクレムリンが公表してきたプーチンによるいくつもの論文や演説等の十分な分析をして、早くからプーチンの視点を理解していたからであり、その理解を元に非常に早い時期から英国政権内のコンセンサス形成に取り組んできた結果であると言います。
そこで遅まきながら、筆者もクレムリン公表のプーチン大統領の論文や演説の記録のうち重要と思われるいくつかについて翻訳ツールDeepLを利用しながら読み込んでみました。
その中で、特に重要と思われるのは、やはり2021年7月12日にプーチンが発表した論文と、2022年2月24日にまさにロシアがウクライナに侵攻した当日の演説であると考えます。それぞれに内容についていかに少しだけ触れたいと思います。
2021年7月12日の論文は以下のように始まっていますが、そこで主張されていることは「ロシアとウクライナは歴史的に共通の文化や宗教を有してきた起源を等しくする民族であるにもかかわらず、西側諸国は何世紀にもわたりこの民族を分断し支配してこようとしてきた」という事です。
(以下、引用したクレムリン公表文の日本語訳はDeepLによります。)
【引用】
まず強調したいのは、近年、ロシアとウクライナの間に、つまり本質的に同じ歴史的・精神的空間の一部である両国の間に生まれた壁が、私たちの大きな共通の不幸であり悲劇であると私は考えているということです。
これらは、何よりもまず、異なる時代に犯した私たち自身の過ちの結果なのです。しかし、これらは、常に私たちの団結を損なおうとする勢力による意図的な努力の結果でもあるのです。
彼らが適用する方式は、太古の昔から知られています - 分裂と支配です。ここに新しいものは何もない。それゆえ、「国家問題」をもてあそび、人々の間に不和をもたらそうとするのです。その包括的な目標は、一つの民族を分裂させ、その一部を互いに対立させることです。
中略
ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人はみな、ヨーロッパ最大の国家であった古代ルスの子孫である。ラドガ、ノヴゴロド、プスコフからキエフ、チェルニゴフに至る広大な領土に住むスラブ族やその他の部族は、一つの言語(現在では古ロシア語と呼ばれている)、経済関係、ルリク王朝の王子たちの支配、そしてルスの洗礼を受けた後の正教会信仰によって結び付いていたのである。
ノヴゴロド公とキエフ大公を兼ねた聖ウラジーミルの精神的選択は、今日でも我々の親和性を大きく左右している。
そしてこの論文は以下のような文章で締めくくられています
【引用】
私たちは、ウクライナの言語と伝統を尊重しています。我々は、自国の自由、安全、繁栄を願うウクライナ人の気持ちを尊重する。
私は、ウクライナの真の主権は、ロシアとの協力関係においてのみ可能であると確信している。我々の精神的、人間的、文明的な絆は何世紀にもわたって形成され、その起源は同じ源にあり、共通の試練、業績、勝利によって固められてきた。私たちの親族関係は、世代から世代へと伝えられてきました。
それは、現代のロシアとウクライナに住む人々の心と記憶の中にあり、何百万もの私たちの家族を結びつける血のつながりの中にあるのです。私たちは、これまでも、そしてこれからも、ともに何倍も強く、成功するのです。私たちはひとつの民族なのだから。
今日、この言葉はある人々には敵意をもって受け止められるかもしれない。さまざまに解釈される可能性があるのです。しかし、多くの人々が私の言葉を聞いてくれるでしょう。ロシアはこれまでも、そしてこれからも、「反ウクライナ」であることはありません。そして、ウクライナがどうなるかは、その国民が決めることである。
また、今年の2月24日早朝ウクライナ侵攻を開始した日の早朝にプーチンが行った演説でも次のように言っていることから、彼の主張の軸が変化していないことが確認できるとともに、この軸がこの侵略行為を正当化させる論拠となっていることが分かります。
【引用】
今日のウクライナの一部である地域に住む人々は、ソビエト連邦が誕生したときにも、第二次世界大戦後にも、自分たちの生活をどのように築きたいかを問われなかったことを思い出してください。
自由は私たちの政策の指針であり、私たちの未来と子供たちの未来を独自に選択する自由である。私たちは、今日のウクライナに住むすべての人々、これを望む誰もが、この自由な選択の権利を享受できるようにならなければならないと信じています。
今回の侵攻でロシア軍は想定をはるかに超えるウクライナの抵抗に合い、1か月が経過した今もウクライナの主要都市を制圧できていない現状は間違いなくプーチンの期待を裏切るものであり、クレムリンの大きな誤算だと思っています。
そして、プーチンとっての最大の誤算は、この数年彼が温めてきた民族再統一とその結果である大ロシア国家の樹立と言う野望の基礎となる部分、すなわちウクライナの国民がロシアと一緒になることを望んでいるはず。という点が事実ではなかったことであると考えます。
果たしてプーチンは、今なおウクライナ国民がプーチンに従順ではないという事実についてどのような解釈を行うのでしょうか。
これもまた、西側諸国が画策したロシア民族の分断と支配の一環であると考えた場合、演説の終りの方にある次の部分は何を意味する事になるのでしょうか。
【引用】
このような展開に外部から干渉する誘惑に駆られるかもしれない人々に対して、私は今、非常に重要なことを述べたいと思う。誰が我々の邪魔をしようとも、ましてや我々の国と国民に脅威を与えようとも、ロシアは直ちに対応し、その結果はあなた方の全歴史上見たこともないようなものになることを知らなければならない。
どのような展開になろうとも、われわれは準備ができている。この点に関して必要なすべての決定がなされている。私の言葉が聞き届けられることを希望します。
この演説の最後の部分には筆者が非常に気になる表現が一つあります。
「その結果はあなた方の全歴史上見たこともないようなものになることを知らなければならない。」
この一文がプーチンのある種の覚悟を語っているのだとすれば、我々西側諸国は慎重の上にも慎重を重ねて物事を進める必要があるのだと思うのです。
【関連記事】
https://real-int.jp/articles/1179/
https://real-int.jp/articles/1229/