チーフディーラーNISHI:Part2
【チーフディーラーNISHI】Part1はこちら
https://real-int.jp/articles/1039/
2回目の今回も、西原チーフディーラーの日常の一面を切り取ってお伝えします。
銀行のインターバンク市場の日常
銀行のインターバンク市場は東京外為市場であればダイレクト・ディーリング(DDと言います)を行う20行程度の銀行が、お互いにプライス提示義務を負いながら市場全体、すなわちプライス提示を一方的に依頼するだけの中小銀行を含めて、その向こう側にいる顧客の全てに為替取引の流動性を提供する役目を負っています。
インターバンクの為替ディーラーが顧客やDD先からヒットされて発生したポジションをさばく先は、やはりDD先となる他のメジャープレイヤーかブローカーです。
ここで為替ブローカーについて少し説明すると、当時は今とは違ってボイス・ブローカーが東京外為市場での取引量において非常に大きなシェアを誇っていました。
ボイス・ブローカーと言うのは、短資会社系列の外国為替ブローキング業務をしている5社程度専用会社所属の取引担当者(ブローカーさん)で、銀行のディーリングルームと専用の電話回線でつながっていて四六時中、通貨ペア別にオファーとビッドを読み上げていました。
例えば、ブローカーさんが円卓を囲んで為替レートを読み上げて、取引が成立すると約定内容を書いたメモを円卓越しに投げ合っている様子は、当時の外国為替市場を伝えるニュースの画像としてよく登場していましたので記憶に残っている方もいるのではないでしょうか。
レートを読み上げているブローカーさんの反対側はどうなっているかと言うと、ブローカーごとに専用の電話回線で銀行のディーリングルームとつながっています。
ディーリングルームではスピーカーボックスとスイッチ付きのマイクスタンドに回線をつないで、必要な時に特定のブローカーのスイッチを入れて、そのプライスを「Mine!」 とか「Yours!」と言ってヒットしてdeal done (約定)する仕組みです。
ブローカーでは、読み上げているbidがヒットされると「given」、offerがヒットされると「taken」とその度ごとに発声します。
当時、ロイター通信社が提供する端末の画面が様々な通貨ペアのレートを表示して配信していましたが、いずれも参考レートに過ぎず、それ自体をヒットして約定できるものではありませんでした。
したがって、ブローカーの読み上げるレートこそが、いつでもヒットできるLIVEのレートであって、ディーラーたちは(カスタマーディーラーも)ブローカーの読み上げるレートを慎重に聞き取りながらマーケットの動きを把握していました。
マーケットの動きを把握する為には、視覚よりも聴覚が何倍も重要な役割を果たしていた時代です。
ちなみに、筆者がヨーロッパ通貨を担当していたころは、まだユーロに統一される前でしたので、筆者の目の前には12個のスピーカーボックスが並べてあってUSD/JPYやUSD/DEMの他に8人のブローカーさんが、それぞれ対ドイツマルクのフランスフラン、イタリアリラ等々の欧州通貨と一緒に、イギリスのGBP/USDと、そしてAUD/USD、NZD/USD 、USD/HKD、USD/SGDなど豪州やアジア通貨のレートも読み上げていただので、それは大変賑やかでした。
別の言い方をすれば、インターバンクデスクは騒音に包まれていました。
インターバンク・ディーラーの責務
ところで、インターバンク・ディーラーの責務は、とにもかくにも市場に為替取引の流動性を提供しながら銀行に収益をもたらすこと。
朝9時から夕方5時までの間は、顧客やDD先がプライス提示を求めてくれば、インターバンク・チームが流動性、すなわちレートを提供する責任を負っていて、これができないとその銀行の看板に傷をつけることになり中期的に銀行の損失となります。
その場合は当然、外為市場におけるディーラー個人の評判にも傷がつきます。
為替のインターバンク・チームと言うのは大げさに言えば軍隊か消防署の小隊のようなもので、いつ何時有事が起きても即応できるよう、有事の役割分担が決まっていて、普段から、ヒットされたポジションを瞬時にカバーするための訓練をしています。
有事と言うのは、
1.想定していなかった大きなニュースが出てマーケットが動き出す(危険度最大)
2.海外のヘッジファンドからプライス提示を求められる(危険度大)
3.インターバンクで大規模な打ち合いが始まる(危険度中)
4.国内顧客から大玉のプライス提示を求められる(危険度小)
この有事リストの中で、2.から4.は単独でやって来ることも多いですが、1.は多くの場合2.から4.のお友達を連れてやってくるので状況としては一番危険です。
有事は予兆もなくやってきます。
多くの場合、目の前のロイター通信社やテレレート(当時)、時事通信社の画面上でニュースが表示される直前か同時くらいに、ブローカーが普段より大きめの叫び声をあげます。
「〇〇 テイクン!」とか「〇〇ギブン!」(〇〇はレート)です。この叫び声が一回で終わらない時は、だいたいが有事発生です。
USD/JPYであれば数秒のうちに数十ポイント、レートが飛びますし、ロイター・ディーリングの画面にはプライス提示を求めるDD先銀行の名前が並び、ブローカーの声を聴いていて異変を察知したカスタマーディーラーは即座に顧客に伝えていますので顧客からのプライス提示依頼も列をなし始めます。
これらの全てに迅速に応じなければなりません。
行方不明のチーフディーラー
こういった有事に顧客やDD先にどのような優先順位でプライスを提示するか、その時点で既にデスクとして抱えているポジションをどう扱うかなどを瞬時に判断してチーム全体のアクション内容を指示するのがチーフディーラーの役目です。
いまさらヨイショする必要も無いので、これは事実なのですが、西原さんの采配は美しくて見事なものでした。
顧客には顧客の欲しがるレートを提示し取引してもらいビジネスを獲得しつつ、銀行にとってリスクの少ないポジションとなる様、カバーしながらボリュームをコントロールします。
DD先に対しては、こちらの方の弾は当たるとリスクが高いので、ポジション状況と相場感にもよりますが、基本的にはヒットされないようなレートを提示して弾幕を潜り抜ける姿を何度も見てきました。
ただ、言うまでもなくこの芸術的な采配が見られるのは西原さんが落ち着いて席にいてくれれば、という前提条件が付きます。
そうです、席にいないことがたまに、時々(実はけっこう、いや、かなり)あったのです。
先ほどのような有事が発生すると、当然のことながらディーリングルーム中の視線がチーフディーラーがいるはずの席に集まりますが、その多くの視線が西原さんを探してしまうことがあったのです。
「西原さん行方不明...」
「さっきまで居たはずなのに...」
いないときの可能性は3つ、トイレ、喫煙室、そして、デスクの下?
デスクの下で何をしているかと言えば、比較的大きめのディーリングデスクの下に受話器と一緒に隠れているのです。
結構うまく?隠れて周りの人の視界から消えてしまうので、隣席のアシスタントでないと西原さんがそこにいるとはわかりません。
もちろん、当の本人は「隠れる」という意図は全くありません。電話での通話に集中したいだけなのです。
ディーリングルームは普段から騒音に包まれているので、特にシンガポールやロンドンのディーラーと電話するときは受話器を片方の耳に当て反対側の耳を指で塞いだ格好でデスクの下に潜り込んで会話を続けます。長いときは30分以上出てきません。
西原さんも、さすがにあたりが騒然としてくると気が付いて顔を出すか、アシスタントが自分の手に負えなくなった時点で急かされて電話を中断しますが、それまでの時間はデスクの下にいることは隣席のスタッフしか把握していませんので、いわゆる行方不明となります。
西原さんが行方不明の間に代行を務めたアシスタントが、顧客の弾を受けすぎて火だるまになることもありましたが、たしか多くの場合、損失は西原さんが引き取っていた記憶があります。
・・・続く