菅首相の「肝いり政策」の行方は?
専制的な政治手法で医療行政に介入していれば評価は変わっていたはず
菅首相は総務大臣、官房長官時には地方活性化のためのふるさと納税制度を創設し、インバウンド政策を進めた。
昨年9月の首相就任時以降も、1年足らずの期間で、デジタル庁設置、2050年脱炭素目標表明、携帯料金引き下げ、GoToキャンペーン、五輪開催、1日100万回を目標としたワクチン接種加速など、矢継ぎ早な措置を実施してきた仕事師だったことは事実だ。
ただ、しばしば指摘されるのは、その政治手法であり、批判や反対意見に耳を傾けず、力ずくで政策を遂行してきた点だ。
内閣人事局を使って中央官庁の人事に関与し、官僚機構を動かした。政権の決めた政策の方向性に反対する者は「異動してもらう」と明言していた。
そのため官僚側は人事を恐れ、官邸の意向に異論をはさむことはなくなった。官邸の意向を忖度するようになり、行政手続きの透明性は失われていった。
結果として、当初、庶民派とも呼ばれていた菅首相から人心が離れ、首相は裸の王様になってしまったのではないかと思われる。
批判されているコロナ対策に関しても、ワクチン一本鎗ではなく、厚労行政に専制的な権力を発揮し、有事に対応した医療・検査体制を確立していたら、評価も変わっていたのではないかと思われる。
ふるさと減税、インバウンド政策など地方活性化策の行方は?
専門的な観点から問題が指摘されながら肝いりの政策として、実施・継続されてきた政策や強いリーダーシップによって首相就任後に実現した政策が今後どうなるかが注目される。
ふるさと納税は、自分を育ててくれた「ふるさと」に、自分の意思でいくらかでも納税できる制度があっても良いのではないかという発想から生まれた制度だ。
今や自己負担ほとんどなしに地方の特産品をもらえる、庶民にとってありがたい制度になっている。だが、同制度の問題点を指摘した総務省幹部が左遷されたことでも知られる、いわくつきの制度でもある。
多くの人々はただ同然で地方の特産品を送ってもらっている。だが「ただほど高いものはない」。本来、我々が自治体に支払う税金は警察・消防、教育、ごみ処理など公共サービスに使われる。
だが、ふるさと納税は返礼品のために使われている。このため、本来必要な公共サービスのためのお金はその分、不足する。
自治体で足りなくなった税金の多くは国からの地方交付税で補填される仕組みだが、地方交付税も国民の支払う税金が元手で、税全体が不足してしまうことは間違いない。
結局、特産品送付という余分な仕事に必要となったお金は、国の借金つまりは将来世代の負担によって賄われることになる。
国民はただで地方の特産品をもらっているつもりだが、実はただではなく、そのつけが子どもや孫に回ることになる。
ふるさと納税制度を利用する人が増えれば増えるほど財政赤字は増えるはずで、持続可能な制度とは言えない。
また、インバウンド政策については、2017年3月に「観光立国推進基本計画」が閣議決定され、観光を日本の基幹産業に成長させようという基本方針が示された。
新型コロナウイルスの感染拡大によりインバウンド需要は激減し、観光業はひどいダメージを被ったが、そもそも観光業を日本経済の成長の牽引役にしようという発想にかなり無理がある。
日本の人口は減少傾向にあり、比較優位の考え方から言えば、労働集約的な産業ではなく、資本・技術集約的な産業を伸ばしていくべきだ。
だが、観光業は典型的な労働集約型産業であり、比較劣位産業だ。実際、観光との関連が強い宿泊・飲食サービス業の就業者が全就業者に占める比率は観光立国政策によって2017年の6.0%からコロナ前の19年には6.3%に高まった(図1参照)。
一方、同産業のGDPが全GDPに占める比率は2%台ともともと低く、就業者が増加するなかでも、GDP比率は2019年時点で2.4%と低下傾向を辿っている。
結局、観光立国政策によって働き口だけは増えたが、増えたのは労働集約的な低賃金の働き口ばかりで、到底、経済の牽引役にはなれなかった。
コロナ禍で観光業を取り巻く環境が一段と悪化したことは間違いなく、見直しが必要だろう。
デジタル庁や脱炭素目標については後ろ盾を失うことに
一方、デジタル庁設置や脱炭素目標表明については、首相就任後の菅首相の強いリーダーシップによって実現したものだ。
今回、その後ろ盾を失うことになり、次期首相のリーダーシップ次第ではデジタル化やグリーン化に向けた動きが失速するおそれもある。
デジタル庁設置は、海外に比べて遅れているデジタル化を進めるためのもので、具体的には、現在、紙ベースで行われている住民の申請手続きなどを電子化し、また、複数の機関にまたがるやりとりをまとめて完結させようとするものだ。
ただ、デジタル化進展のカギとなるべきマイナンバーカードについては、8月時点の普及率が36%と低水準にとどまっている。