新興国通貨リスクは限定的
新興国通貨は、ドル安トレンドの長期化の中で相対的に安定推移している。
FRBのテーパリングも、ここに来て「来年2~3月からの実施の可能性が高く、告知も8月26日~28日のジャクソンホールでのFRB議長講演からとなりそう」との見通しで市場が落ち着きを見せ始めた。
ただ、あくまでも現状下での見通しであって米国経済の回復ペースがスピードアップした場合、再び2013年5月のテーパータントラム再来(米国金利大幅上昇による世界金融市場の動揺)という、特に新興国経済・通貨にとっては悪夢の再来に襲われる事態も想定される。
つまり、新興国からの資本の流出・通貨安圧力の強まりというリスクのことである。
テーパータントラム局面では、いわゆる「フラジャイル5」と呼ばれた経済ファンダメンタルズに脆弱性を抱える国々(インド・インドネシア・ブラジル・トルコ・南アフリカ)を中心に、通貨安圧力が強まった。
しかし、これらの通貨の現在の対ドルレートでの推移は、国によるバラツキが目立つ。
強権的な経済運営や対米関係悪化への懸念が強まるトルコ・リラは大幅下落する一方、あくまでも局面的だが、南ア・ランドは主要産品のプラチナ等の資源高の恩恵を受け、主要新興国通貨で最大の上昇(年初来+7%)となるなど、対照的な動きが見られる。
以下ではテーパータントラムと現局面の比較を通じて、資本流出・通貨安圧力に脆弱な新興国を検証し、今後のリスク程度につなげたい。
経常収支と財政収支の動向
新興国の脆弱性を評価する代表的な指標に経常収支・財政収支がある。
どちらも赤字(双子の赤字)で、その規模が大きければ国内の資金不足を賄うため、海外からの資本流入に依存せざるを得ず、資本流出に伴う通貨安・金利上昇(債券を売るため)が、債務負担の増大を招く悪循環に陥りやすい。
双子の赤字について、テーパータントラム前(2010~12年平均)と、現局面(2018年~20年平均)を比較すると、コロナ禍での財政出勤・歳入減により、多くの国で財政収支が急激に悪化する一方、経常収支は黒字が大幅縮小したサウジ・マレーシア等を除き改善している国が多い。
経常収支は、政府・民間部門の貯蓄投資バランス(貯蓄-投資)と理論上等しい(投資超過=赤字)。
財政赤字(政府部門の投資超過)が拡大する一方で、経常収支は改善している場合、民間部門の貯蓄超過(黒字)が拡大したことを意味する。
コロナ禍では、新興国の多くで主要な外貨獲得源となっている海外労働者送金(取得収支)や、観光収入(サービス収支)への攻撃を通じて経常収支が悪化することが懸念されたが、実際には輸出以上の輸入の落ち込みにより貿易収支が改善した国に多く、民間需要(個人消費・設備投資)の落ち込みの深刻さを示唆している。
2021年は、景気回復とともに財政収支は改善、経常収支は悪化の方向に向かうと予想されるが、ワクチン普及・集団免疫獲得の遅れによる先進国との成長格差や、資源高による資源輸出国の交易条件改善等を背景に、急激な経常収支の悪化は回避されると見込まれる。
ただ、フラジャイル5の国々はテーパータントラム前も現在も相対的に脆弱な経済構造を抱えている点には変わりがなく、特に南アやブラジルは経常収支の改善幅が小さい一方で財政赤字の悪化度合いが大きく、テーパータントラム時より脆弱性が増している。
新興国債務の急拡大
世界的な低金利環境の下、コロナ禍による財政悪化や企業の売上低迷を受けて、官民とも債務が急拡大した。債務規模が大きくなれば、金利上昇時に返済負担が増大しやすくなる。
2020年にはアルゼンチン、エクアドル、レバノン、ザンビアなどの国々が、相次いでソブリン債務不履行(デフォルト)に陥り、より経済規模が大きく国際金融市場へのインパクトが大きい新興国にも債務危機が広がる懸念がくすぶっている。
政府債務の持続性のみならず、民間部門のバランスシート調整による景気低迷、不良債権増大による金融システムへの負荷にも警戒が必要だ。
主要国の債務のGDP比率をみると、新興国の債務水準(2021年1-3月期、GDP比246%)は、金融資本市場の未発達等を反映して先進国(同428%)を大幅に下回っている。
しかしながらテーパータントラム前(2013年1-3月期)と比較すると、新興国は66%ポイント増と先進国(同41%ポイント増)より変化幅が大きく、経済成長を大きく上回るペースでの債務拡大が進行している。特に韓国、中国、ブラジル、南ア、トルコ、ロシア、サウジ、アルゼンチン等での拡大が目立つ。
米国の金利上昇に伴って新興国通貨安が進行する場合、債務の外貨建て比率が高いほど返済負担が増大し、返済能力への不安がさらに通貨安を招く悪循環が生じやすい。
外貨建て債務のGDP比率についてテーパータントラム時と比較すると、トルコ、アルゼンチンで急拡大し、通貨安に対する脆弱性がより増やしている。
なお、トルコとアルゼンチンは外建て債務保有主体が大きく異なる。トルコは政府保有が3割程度にとどまる一方、アルゼンチンでは8割超を占め、通貨安がソブリンデフォルトの引き金となった。
外貨建ての債務への依存度は、ブラジル、南ア、インドネシア等でも10%ポイント超、拡大している。
他方、債務のGDP比率の拡大幅が大きい韓国・中国については、外貨建て債務のGDP比率はほとんど上昇していない。インドでは債務全体がGDP比でほぼ横ばいであることに加え、外貨建て債務依存度はむしろ低下している。
以上を踏まえると、債務とりわけ外貨建て債務拡大の観点からフラジャイル5のうち、インドを除く4ヶ国は金利上昇や通貨安により、債務負担が増大しやすくなっており、引き続き警戒を要する。
特に外貨建て債務のGDP比が90%近くに達しているトルコは要注意である。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部を抜粋しています。
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(この記事は 2021年6月16日に書かれたものです)