米国の目先のインフレ率に騙されるな
★★★上級者向け記事
エコノミストはインフレオンリー
米国のインフレ懸念に対するエコノミストや市場関係者の関心が、なぜこれほどまでに強いのか。4月のFOMC(28日)後の記者会見でFRB議長は、足下でインフレ率が2%を超えているものの、声明文の表現に言及しつつ、一時的事象との見方を確認した。にも拘らず、記者たちの質問の多くはインフレ見通しに関するものだった。
「完全雇用に達する前にインフレ率とインフレ期待が上昇し続けるリスクがあるのではないか」
「インフレ率の上昇が一時的との見方は疑問だ」
「1960~70年代の高インフレとの違いはどこにあるのか」
「インフレ率を評価する上で特定の警戒点はあるか」
当リポートでは、何度にもわたって米長期金利の上昇の限界を予測するなかで、インフレ率についても言及してきた。
実際、あれほどまでに米長期金利の急上昇(2%越え、もしくは年末2.5%越え)を唱えてきたエコノミストたちも、1.7170%(3月30日)をピークに1.54~1.64%あたりの動きに落ち着くやいなや、今度はテーパリング時期やインフレ率の上昇必至論にシフトしてきた。
しかし、この辺で米国のインフレ率をどう見るべきなのかを、明白にして置かねばならないだろう。特に外為ディーリングにおいては基本的に「米インフレ率上昇トレンド=米日金利差拡大=ドル高トレンド」との見通しに繋がりやすい。しかも「過剰流動性+コロナ後の景気拡大」となれば、誰もが、そうした見方になりやすい。
そこで、わかりやすく説明するために「要因」別に分析していくことにした。
見せかけの影響の数々
サプライチェーンの混乱
現在の世界の海上輸送における問題は、2020年終盤から発生しており、これは2020年初めに小売業者が販売急落を予想して注文を削減したものの、消費者がパンデミックの影響を受けたサービスに直接代わるものとして耐久消費財に投資し、その後消費者需要が急速に回復したことによるものである。
この需要の急増が海運業界を不意打ちし、コンテナ不足、船賃の値上がり、そして納品までの所要時間の長期化につながった。特に、中国から米国西海岸への航路に大きな影響が出た。
しかしながら、コンテナ船の船賃は既に、ここ数年で最も高くなっており小売業者は追加費用を消費者に転嫁しているため、この先どれほどインフレが見込まれるのかは疑問である。
実際のところ、小売商品のインフレ率は、2020年5月に対前年比で1.5%低下した後、既にフラットな状態まで急回復している。恐らく、今のペースで向こう数カ月のうちに前年比2%までは上昇すると思われるし、これは過去10年で最も早いペースである。
しかし、この「インフレ」が長続きするとは考えられない。
2020年に、さまざまなサービスが耐久財で代替されたように、2021年にワクチン接種をした人が増え、再びサービスを利用し始めると、耐久財に対する需要は、ある程度鎮静化するものと予想される。
このように需要が落ち着けば、小売業者のコスト上昇に転嫁する力が弱まり、航空運賃や宿泊費など、その他のサービス分野のインフレ圧力を相殺することになる。
半導体不足とインフレ率
小売商品のサプライチェーン問題と同様に、既に在庫が少なくなっている米国の自動車生産現場では、世界的な半導体不足が問題になっている。自動車組み立ての総費用のうち、半導体の費用は推定で3%に過ぎない。
しかし、半導体生産の混乱が自動車の供給不足の一因となり、価格上昇につながっている。
2020年はパンデミックの中で、公共交通機関の代替として、また低金利や政府による政策支援もあり、自動車販売は急増した。
それと同時に、新型コロナウィルスの爆発的感染拡大により、工場の組み立てラインが閉鎖され、その結果、自動車販売店の在庫・売上高比率は20年来で最も低い水準に落ち込んだ。
新車・中古車のCPIバスケットでのシェアは6%を占めていることから、このような動きが物価全体に影響してきたことは事実である。ただ、小売商品のインフレ予想と同様に、このような供給摩擦が与える影響は一時的なものと考えられる。
もちろん、向こう数カ月は在庫低下が一層、価格を押し上げる可能性は高いが。
この自動車生産の混乱を踏まえ、インフレ率予想は幾分上の方にシフトするも、今年後半には問題も解消し、消費者も耐久消費財の購入をある程度控えるとみられることから、自動車のインフレ率も最終的に正常化するとみるべきであろう。
住宅価格の急上昇は影響するか
2020年の米国の住宅価格は11%上昇した。限られた供給に対し、超低金利により住宅取得能力が上昇し、大都市の中心部から離れた広い住宅に対する需要が増加したことが主因である。
しかし、これを住居費のインフレ率の見通しに読み替えるには、1980年代以降の米国インフレ指数には住宅価格が含まれていないことを念頭に置く必要がある。
米国の統計当局は住宅購入を「投資」と考え、住居費の変化の計測には、たとえ所有者が住んでいる住宅であっても賃貸料(帰属家賃)を使用している。
したがって賃貸料と帰属家賃は、労働市場の趨勢と住宅購入の賃貸に対する相対価格感により影響される。
パンデミック期における住居費のインフレ率の動きはこれに符合する。
つまり、住宅価格が急上昇していても、賃貸料のインフレ率は実際には低下してきた(失業者増加・収入減により賃貸料をディスカウントしなければ、貸し主側の経営が継続不能になるゆえ)。
今後については、遅効性のある労働市場の力強い回復と金利の上昇の影響により、第2四半期にはCPIに含まれる賃貸料のインフレ率は底打ちするとみられるが、CPIが住宅のインフレ率の力強さをそのまま反映するとの考え方自体は通用しないのである。
今後の航空運賃、宿泊費等の正常化
米国は7月にも1回目のワクチン接種が人口の7割に達し、集団免疫効果が期待されるという。過去1年、新型コロナに大きな影響を受けたセクターの物価は、経済活動の正常化への程度に合わせて回復しつつあることは間違いない。
発表頻度の高いデータによると、3月には米国の人の移動量と航空交通量が顕著に増加し始め、それらのセクターの価格水準は2022年後半には完全にコロナ禍以前の水準に戻るものと思われる。
しかし、こうしたセクターもまた、全体のCPIバスケットに占める割合は限られている。
ホテルや航空運賃はどちらもCPIの1%以下に過ぎない。
これらのセクター料金の急回復は一般市民の大衆娯楽ということで、メディアが頻繁に取り上げることから典型的な「みせかけのインフレ」を煽りやすい。
すなわち、月次データのボラティリティー要因にはなるかもしれないが、米国全体のインフレ軌道に影響を与えるほど大きな要因ではない。
繰延需要と過剰貯蓄は影響しないのか
2021年は確かに需要の回復が物価の正常化を促すと思われるが、これは何ヵ月かに及ぶ価格水準の調整と考えるべきで、インフレ率の上昇トレンドに入ると見るべきではない。
2021年は消費者は政府の景気刺激策で得られる収入からの貯蓄を控えると予想するが、2020年に積み上がった過剰貯蓄の大部分を消費するとは考えにくい。
これには、いくつかの理由がある。
一つには、歴史を振り返れば、景気後退後には消費者が再び下降局面が来た時に消費を維持できるよう、貯蓄を以前の水準に戻そうとするため、貯蓄率は景気後退以前に比べ、ある程度高止まりする傾向がある。
もう一つは、今回の過剰貯蓄が富裕層のバランスシート上に集中している点で、彼らは今後も貯蓄を維持し、追加的な部分を投資に回すと考えられるためだ。
これらをすべて勘案すると、2021年は政府による刺激策によって、需給ギャップは縮まると考えられるものの、大きな継続的な需給ギャップ縮小によるインフレ率急騰にはつながるまい。
第四次産業革命の只中なり
米国では何ヵ月かにわたる「価格水準」の調整が見られると予想され、インフレに向けて加速しているように感じるかもしれない。
3月のCPIではコアインフレ率が前月比0.3%上昇し、今後数カ月に及ぶ物価水準調整の最初の月であることが確認され、4月や5月も同様の結果が予想される。
しかしながら、米国経済が引き続き正常化に向かう2021年後半にかけて、一連の実体経済の活動と物価の上昇はスローダウンし、対前年比のインフレ率の上昇は緩やかになるものと思われる。
第四次産業革命の只中にあって、グローバル経済下でのAIの深化や、シェアリングの急拡大が爆発的に膨張しているという基本的な構造こそが、世界的なインフレを決定的に抑えていくのである。
しかも、その心臓部が米国。古い経済分析によるインフレ見通しは、もはや通用しまい。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年5月5日に書かれたものです)