ユーロ高に根拠はあるのか
★★★上級者向け記事
EUの景況はコロナ禍で理没のまま
ユーロドルが4月19日に1.20ドルを破り、1.2048ドルと3月4日以来の高値(直近の安値は3月31日の1.1711ドル)を付けた。
しかし、正直なところユーロ通貨の側からは、ほとんど説明できない。
ようするにドル安によるものであって「ワクチンが前倒しで供給される」「長期金利が上昇している」といった理屈は、こじつけにすぎない。
したがって、ドルの行くえ次第では再び大きく下落する事態もあり得るし、1.21ドル近辺まで上昇する局面も近々、十分に想定されよう。
新型コロナウィルスの感染拡大を受け、仏・独など欧州の一部で移動規制などが続く中、ユーロ圏の経済成長が鈍化する恐れが強まりつつある。
新型コロナ禍で深刻な打撃を受けた加盟国を支援するEUの「復興基金」の運用(本来は6月下旬からスタート)の遅れも指摘されており、景気回復の見通しが立たない。
フランスはパンデミック「第3波」の深刻化に対応するため、4月3日からロックダウンを全国に広げた。期間は4週間の予定で、必需品販売以外の商店営業、長距離移動が全国で規制されている。
ドイツも昨年12月、店舗閉鎖や移動規制を導入。一部では緩和されたが、感染拡大で延長が続いている。
イタリアでも今年3月15日、首都ローマがある州など大半の州でロックダウンに入った。
欧州で相次ぐ規制強化を受け、エコノミストがユーロ圏の成長率予測を修正する動きが目立ち始めている。
英FT紙(ファイナンシャル・タイムズ)によると、オランダ金融大手INGのエコノミストは2021年1-3月のユーロ圏実質GDP成長率予測を、△0.8%から△1.5%に引き下げたと明らかにした。
米GS(ゴールドマン・サックス)や英バークレイズ、独ベレンバーグなどのエコノミストも同様に成長率予測を引き下げている。
エコノミストが相次いで予測を引き下げたのは、ロックダウンなどの規制が長引く恐れがあるためだ。仏、独、伊などでは、感染力が強いとされる変異株が流行、ワクチン接種も先行する英国や米国に比べて明らかに出遅れている。
英金融専門家は「厳格な規制がいつまで延長されるかが予測できず、回復のシナリオを描きづらい」との見解を示している。
まだ、ドイツ連邦銀行のワイトマン総裁は4月6日、「ドイツで過去数か月に導入された(新型コロナの)抑制策は予想より厳しく、当面は解除されない公算が大きい」と指摘。
昨年12月に今年の成長率が3%になるとの見通しを示していたが、「達成される可能性が低くなっている」と危機感を表した。
INGのマクロ経済調査部門のトップも、FT紙に「これまで今年3月から段階的に規制が緩和されるという前提で、ユーロ圏での予測を立てていたが、そのことはもう忘れていい」と強調した。
ユーロ圏の経済の立て直しが進まない中、ECBは大規模なQE(量的緩和)の維持を当面、続けるしかなさそうだ。
ECBは政策の柱に据えるQEに関し、新型コロナ対策用の、資金購入枠1兆8500億ユーロ(約240兆円)を活用して域内各国の国債を買い入れており、少なくとも22年3月末まで続ける方針だ。
ただ、ラガルド総裁は変異株の拡大などを念頭に「(欧州経済の先行きに)不確実性が残っている」としており、QEの維持はされに続く可能性が高いとみられている。
フィンランド中央銀行レーン総裁(ECB政策委員)は、パンデミックで引き起こされた医療危機と経済危機の両方が収束するまで、ECBは超金融緩和政策を維持する必要があるとの見方を示した。
EU加盟国が「頼みの綱」にしていた欧州経済の救済措置の実現も危ぶまれている。EUが経済の立て直しを目指して設立に合意した8000億ユーロ(約100兆円)規模の復興基金の運用が予定通り進まないリスクが出ているのである。
復興基金の運用には加盟全27ヵ国の議会承認などが必要だが、ドイツ連邦憲法裁判所が3月26日、復興基金を承認する手続きを停止する判断を下した。ドイツ国内のEU懐疑派などが、承認手続きの反対を裁判所に訴えたことが背景にあるようだ。
フランスの経済・財務相は4月7日の時点で「復興基金計画は適切に進んでいない」とし、手続きが遅れれば、景気回復が脅かされる恐れがあると不安視している。
欧州では、コロナ禍に対処する成長戦略を加速させている米国に後れをとることへの不安も広がっている。
米国では今後、バイデン政権がさらに2兆ドル規模の「家族計画」法案を用意する予定で、わずか3~4か月の間に6兆超の財政支援で米経済の劇的再興を狙っている(副作用も大きいが)。
総人口でも米国をはるかに上回るEUとして、確かに現状では見劣りする規模なのである。
ワクチン効果と金利上昇がユーロ買い?
ユーロ圏各国は、昨年10月に新型コロナの感染第二波への対応として、2回目のロックダウンに入った。だが、それは初回(昨春)とは異なり、経済活動を優先とした緩い行動制限にとどまった。
その為、感染は容易には鎮静化せず、変異株が蔓延し、感染拡大が再加速。ワクチン普及といっても、その進捗度は低く、足下では各国がロックダウンの再導入ないし延長に舵を切る羽目になっている。
1-3月の経済成長率も間違いなく、10-12月期に続くマイナス成長率だし、ロックダウンの延長で4-6月期のリバウンドも怪しくなってきた。欧州の金利上昇を通貨ディール面からポジティブに判断することも、どうかと思う。
米国の長期金利は確かに一時、1.717%(3月30日の10年国債利回り)まで大幅に上昇した。
その主因は国債需給を表す「タームプレミアム」の上昇にあった。背景には、バイデン政権の大型財政出動(国債増発)の本格化と、FRBのテーパリング(国債買入れ減額)の早期化観測から来る需給軟化の予想があった。
実はユーロ圏の長期金利上昇も、この米国債との価格裁定によるものがベースとなっていて、見事に米国長期債利回りトレンドと一致している。
ECBもユーロ圏のファンダメンタルズに由来していない金利上昇であることを承知していて、脆弱な欧州景気に打撃を与えたり、ユーロ高を招きデフレ圧力を高めたりする恐れがあることは十分に察知している。
それゆえ、ラガルド総裁を始めとするECB高官らは2月中から金利上昇を牽制し、3月のECB理事会ではパンデミック緊急資産購入プログラム(PEPP)について、4月以降に買い入れペースを「顕著に加速する」ことを決めたのである。
PEPPはECBがユーロ圏各国の国債を買い入れ、名目金利の上昇を抑える策だ。
それと同時に緩和マネー(国債購入代金)がインフレ期待を刺激し、実質金利(=名目金利期待インフレ率)を押し下げる。
ユーロ圏各国の実質金利は、ラガルド総裁が「金利上昇を注視する」と述べた2月下旬を、ビークに顕著に低下し、足下では米独実質金利差が拡大するなかで、為替レートは明らかにユーロ安基調なのである。
PEPPの加速は間もなく始まるゆえ、ユーロ圏の実質金利はもう一段低下していくだろう。
米国長期金利もショートポジションの解消と海外筋の押し目買いでひとまず、ピークアウトした状況下でドル売りとなり、ユーロが上昇しただけのことだ。
欧州復興基金の行くえ
EUが2020年に合意した復興基金の創設は、EUとして初めて大規模な共同債を発行して必要資金を調達する案だ。
共同債の発行は、課題として残っている財政統合に向けた第一歩との評価もある。
ただ、共同債を発行すれば、ドイツなど信用力の高い国に依存して、イタリアやギリシャのような信用力の低い南欧諸国が自国国債より、はるかに低い金利で資金を調達できる一方、ドイツでは資金調達コストの上昇につながることや、主権が脅されることへの警戒感が根強い。
財政規律を重視するドイツのメルケル首相は2009年からの欧州債務危機下でも、他国の借金を肩代わりすることになるとして共同債に反対してきた。
しかし、コロナ禍を受け「異常時には異常な手段が必要になる」と容認姿勢に転じて後押しし、実現した経緯がある。
4月14日、欧州委員会は年間平均1500億ユーロ程度の「復興債」を発行、6月に開始する計画を発表した。だが、前述した通り、ドイツ憲法裁判所が待ったをかけ、6月からの計画開始は既に不可能にある。
ドイツ憲法裁判所は2020年5月に、ECBの金融緩和策の一部について「ドイツ政府や議会が関与しないまま政策が決定され、実行された」として、違憲とする判断を出している(結局、違憲留保のまま実施となったが市場の混迷を招いた)。
「どうせ、近いうちに折れるにちがいない」とは市場の見方も、復興債の発行が先々に延期され、しかも新型コロナ変異ウイルスの広がりが尾を引いた場合の想定は十分に有り得るのである。
4月20日、ユーロは1.2080ドル近辺へとさらに上昇した。米国長期金利の低下によるドルの下落が主因。
だからといって、ユーロの上昇トレンドが続くとは思えない。ファンダメンタルズにそぐわない動きには、限界が来る。アッと言う間に足下をすくわれるので注意したい。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年4月22日に書かれたものです)