加速しはじめた米物価動向
川上の物価上昇が川下に移行し始めている
米国の物価上昇が加速し始めた。
企業の財・サービスの販売価格の動向を表す生産者物価の前月比上昇率は、1月1.3%、2月0.5%、3月1.0%と、今年に入ってから3か月連続で高い伸びとなった。
3か月前比年率上昇率は13.0%と、09年の現統計開始以来初めての2桁上昇となった。
物価上昇は全般的であり、エネルギー価格の上昇が顕著だが、最近は、財よりもむしろサービス価格の上昇が急だ。
エネルギー・食品を除いた、コア生産者物価の前月比上昇率も1月1.2%、2月0.7%、3月0.7%と高く、3か月前比年率上昇率は8.3%と、やはり09年の現統計開始以来の高さとなった。そして、川上の物価上昇は徐々に川下に移り始めている。
消費者の購入価格の動向を表す消費者物価の前月比上昇率は、1月0.3%、2月0.4%、3月0.7%と伸びが徐々に加速している。
2月までの消費者物価上昇はガソリンなどエネルギーが中心だったが、3月は個人向け一時給付金の効果で消費全体が盛り上がったため、物価上昇の動きはエネルギーだけでなく、全体に広がった。エネルギー・食品を除いたコア消費者物価の伸びも3月は前月比0.3%と高めになった。
3か月前比年率上昇率は2.1%と、1月1.3%、2月1.4%から加速している。
いうまでもなく、3か月前比年率上昇率の加速は、パウエルFRB議長がしばしば口にする、前年同期の物価下落の反動(いわゆる「ベース効果」)によるものではない。あくまでも、今年に入ってからの物価上昇テンポが加速していることを意味する。
一方、FRBがインフレ目標の指標としているPCEデフレータが消費者物価に比べ高くなっている点も気になる。PCEデフレータの上昇率は、通常、消費者物価の上昇率を下回ることが多い。
これは、いわゆる「パーシェ効果」が原因だ。
消費ウエイトを一定として計算する消費者物価などの統計と違って、PCEデフレータ統計は消費ウエイトがその時々で変わる。通常、消費者は割安な商品を選んで購入しようとする。
例えば、リンゴの価格が上昇すると、消費者物価指数はリンゴのウエイト分上昇する。しかし、リンゴの価格が上昇しても、消費者が値上がりしたリンゴを買わなくなり、割安なミカンをリンゴの代わりに購入するようになると、PCEデフレータは上昇しないこともありうる。
結果として、ウエイトが変わらない消費者物価より、ウエイトが変わるPCEデフレータの方が低くなることが多い。
ところが、コロナショック以降、この状況が変わってきた。
おそらく、コロナショックによる何らかの障害によって、消費者の選択余地が狭まり、安いものを選んで買えなくなったか、むしろ割高なものを買わざるをえなくなっている可能性があるのではないかと推測される。
今年に入ってからのコア消費者物価の3か月前比年率上昇率をみると、1月1.3%、2月1.4%、3月2.1%だった。「2.1%」というインフレ率はほぼFRBの目標通りの数字で何ら問題もない。
だが、コアPCEデフレータの3か月前比年率上昇率は、1月2.1%、2月2.5%とコア消費者物価上昇率に比べ高い伸びになった。
月末に発表予定の3月統計で、コアPCEデフレータの前月比上昇率が0.3%とコア消費者物価の前月比上昇率並みとなった場合、3月のコアPCEデフレータの3か月前比年率上昇率は3.9%にまで高まる計算だ。
「3.9%」が一時的なものでなければ、当然ながらFRBとしても容認できるインフレ率ではない。
ベージュブックは「不足」を指摘
最近の物価上昇について、ベージュブック(地区連銀経済報告)では、「不足」という言葉を繰り返し、使っている。
ベージュブックでは、製造業や建設業で労働力が不足し、金属や木材、食料、燃料といった原材料の投入原価上昇が物価の押し上げ要因になったと指摘している。
コスト上昇はサプライチェーン混乱が一因で、冬の厳しい天候で事態が悪化したと述べている。また、こうした状況は製造や建設、小売り、輸送の分野で特に顕著だったと述べている。
昨年の前半までは、不足商品はトイレットペーパーや手指消毒剤、個人用防護具など必需品だけだった。しかし、今はそれだけにとどまらない。主として、不足はグローバルなサプライチェーンの問題に起因する。
コロナショックの影響と米中覇権争いの激化により、グローバル化の潮流が逆流し始めた。米中覇権争いのために、場合によっては米国側のサプライチェーンと中国側のサプライチェーン、それぞれ二系統のサプライチェーンが必要になる。
また、次なるパンデミックなどに備えて、製造拠点を自国やその近くに移転するなど、効率やコストを犠牲にしても、ショックに対応できるサプライチェーンの再編が必要となっている。
一時的に混乱したサプライチェーンが再整備され、物資が不足して全く届かないといった状況が改善されたとしても、少なくとも、これまでに比べコストが増加するのは避けられまい。
労働コスト増加が長期的な物価押し上げ要因に
労働コストの増加も問題だ。3月の時間当たり賃金は前年比4.2%上昇と高い伸びとなった。
賃金水準の低い宿泊・飲食・レジャーなどの業種の雇用回復が遅れ、それが平均賃金を押し上げていることが最近の高めの時間当たり賃金上昇率の一因と考えられるが、原因はそれだけではないようだ。
コロナショック前(19年12月)と21年3月の業種別賃金の前年比上昇率をみてみよう。
建設業が2.3%→2.5%、
製造業が3.1%→2.7%、
小売業が4.2%→5.5%、
宿泊飲食・娯楽が3.1%→4.6%となっている。
全産業では2.9%→4.2%だ。
経済活動がほぼコロナ前の水準に戻った建設業や製造業では、ほとんどコロナ前の賃金上昇率と同じだ。
一方、なお感染の影響が残ると考えられる小売や宿泊飲食・娯楽では、賃金上昇率がコロナ前に比べむしろ高くなっている。
過去の景気後退時との大きな違いは、どの業種でも賃金上昇率が鈍化していないという点だ。通常、景気が悪化し、失業率が上昇すると、賃金上昇率は鈍化する。
時間当たり賃金の前年比上昇率は、ITバブル崩壊後には、それ以前の4%台から1.6%(04年2月)に鈍化した。リーマンショック後にも、それ以前の4%台から1.2%(12年10月)に鈍化した。
今回は大盤振る舞いの失業手当支給が勤労意欲を低下させ、それが賃金高止まりの一因になっていると考えられる。経済が正常化に向かえば、この先の賃金上昇率は鈍化するどころか、逆に加速する可能性がある。
そして賃金上昇率の加速はインフレを加速させるだろう。2020年10~12月の労働生産性(一人当たり実質GDP)は、前年比3.9%上昇とかなり高い伸びだった。一方、同期の一人当たり雇用者報酬は前年比7.7%増加し、生産性上昇率を大きく上回った
この結果、長期的なインフレ指標となる単位当たり労働コスト(一人当たり雇用者報酬÷労働生産性)は前年比3.7%増加した。
企業は、単位当たり労働コストの増加分を最終製品価格に転嫁していくのが普通であり、このため単位当たり労働コストの増加率が長期的なインフレの指標となる。仮に、これを製品価格に転嫁しなければ収益が圧迫されることになる。
ペントアップ・ディマンドなど消費が盛り上がり、企業が労働コストを最終製品価格に転嫁できる環境であれば、インフレが加速していくのが自然だ。
2021/4/19の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。