米国1.9兆ドルの追加経済対策をどう評価するか?
昨年の財政支援金は丸ごと貯蓄に回ったが…
米国議会はようやく1.9兆ドルの追加経済対策の可決にこぎつけた。対策の概要は以下の通りだ。
① 昨年来すでに1人当たり2回、計1,800ドル給付されている個人向け一時給付金について、追加的に1,400ドル支給する(約0.4兆ドル)
② 失業給付については州政府による支給分に加えて連邦政府が週400ドルを8月末まで追加加算する(約0.2兆ドル)
③ その他コロナ対策(約0.4兆ドル)、中小企業支援(約0.05兆ドル)、地方政府への財政支援(約0.4兆ドル)
インフレ懸念の台頭による長期金利が株式市場の波乱要因になっているなかで、この大規模対策実施については反論もある。
イエレン財務長官は思い切った景気刺激策を続けるべきとするが、長期停滞論が持論でこれまで財政出動による経済成長を説いていたサマーズ元財務長官は、逆に「1.9兆ドル対策は景気を過熱させかねず、過大でインフレリスクがある」と述べている。
異論があるのは、追加対策の規模と米国のGDPギャップ(潜在GDPと実際のGDPの差)とを比較した場合、追加経済対策の規模が大きすぎるといった技術的な問題があることが一因だ。
米議会予算局(CBO)によれば、2021年の米潜在GDPは約19.6兆ドル。これに対して、20年10~12月のGDP実績は年率18.8兆ドルで、潜在GDPとの差額は0.8兆ドルにすぎない。計算上、1.9兆ドルの対策は過大と言うしかない。
ただ、本質的な問題は「1.9兆ドルがどのように使われるのか」という点だ。お金は消費や投資などの形で使われて初めて経済活動(GDP)を押し上げる。使われずにそのまま置いておかれれば、GDPを押し上げることはない。
実は、昨年来のコロナショックに見合って家計や企業に支給された財政資金は、マクロでみると消費や投資という形ではほとんど使われていない。
連邦財政赤字は2019年の1.0兆ドルから20年に3.3兆ドルと2.3兆ドル拡大し、赤字拡大のうち歳出増加による分は2.2兆ドルだった。
そして歳出増加分の2.2兆ドルのうち7割程度に相当する1.5~1.6兆ドル(財務省の財政統計と商務省の個人所得統計で若干の差がある)が、今回の対策にも盛り込まれているような個人向け一時給付金、失業保険の上乗せや中小企業支援策などに振り向けられた。
個人所得統計でみると、個人向け一時給付金の約0.5兆ドル、失業保険上乗せ分の約0.5兆ドルにより、政府から家計への移転所得は計約1.0兆ドル増加した。
また、中小企業支援策としての給与保護プログラム(Paycheck Protection Program、PPP)が雇用者報酬を増加させた。雇用者報酬は、本来であれば景気悪化によって減少していたはずだったが、このプログラムによって約0.5兆ドル押し上げられたとみられる。
この給与保護プログラムは、トランプ政権が20年3月に成立させた総額2兆ドルの大型経済対策(Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act、CARES法)のなかの対策の1つだ。
同プログラムは、政府が中小企業の人件費分を融資するものだが、融資額の75%以上を人件費に充てれば返済はしなくていいという制度で、実質的には政府から企業、労働者への補助金になっている。
同プログラムの資金、計6,700億ドルが額面通り使われたとすると、75%の約5,000億ドルが雇用者報酬となり、残り25%の1,700億ドルが企業利益の増加要因となったと試算できる。
まとめると、コロナショックに対応した20年の追加的な家計向け財政支援は1.5兆ドル、同企業向け財政支援は0.2兆ドルに上ったと考えられる。
支援金を家計や企業がどう使ったのか
では、この支援金を家計や企業がどう使ったのか。景気悪化下で家計消費が0.4兆ドル減少したため、1.5兆ドルの財政支援金は使われるどころか丸ごと貯蓄に回り、実際には貯蓄が1.7兆ドル増加し、支援金分を上回る貯蓄増加となった。
金利低下により、住宅投資がやや増加したが、その分を考慮しても財政による家計支援金はまったく使われず、貯蓄に回ったと言える。企業利益は給与保護プログラムの寄与もあって小幅減少にとどまったが、設備投資や在庫投資も減少し、企業の投資支出も減少した。
2020年に実施された経済対策の効果が無駄だったのかと言えば、そうではない。確かに財政支援は経済活動が停止し、失業不安が高まるなかで、家計や企業にとっては安心材料となり、景気の大幅な落ち込みを抑える効果があったと考えられる。だが、財政支援金は、マクロでみると、使われずに丸ごと貯蓄に回ったというのも事実だ。
では、今回の1.9兆ドル追加経済対策(うち家計支援には約0.7兆ドルが充てられる)も同じ結果になり、ほとんどが貯蓄に回るのか?
そうなる可能性もゼロではない。だが、2020年に支給された財政資金が全く使われなかったのは、新型コロナ感染によって経済活動が停止してしまうことへの不安が非常に大きかったためである。
しかし、現在はその不安はワクチン接種などにより徐々に和らぎつつある。今回は昨年とは違う結果になる可能性がある。それどころか、現在、家計には昨年中に累増した過剰な貯蓄1.7兆ドルがある。
今回の追加対策分を抜きにしても、その過剰貯蓄が消費に回るだけでもGDPギャップ(約0.8兆ドル)を埋める需要増加になる。
いわゆる「ペントアップ・ディマンド」(景気後退期に抑圧されていた需要が景気回復とともに一気に盛り上がること)が景気を一気に過熱させてしまうリスクが十分にあると言っていいわけだ。
2021/3/8の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。