財政ファイナンスがインフレにつながる可能性
従来型の量的緩和と今回の量的緩和の違い
12月15~16日のFOMCは、今後の量的金融緩和の方針について、FOMCの目標である最大限の雇用と物価安定に向けて一段と顕著な進展があるまで、これまで通り、国債を月800億ドル、住宅ローン担保証券を月400億ドル購入することを決めた。
一部で期待されていた債券購入幅の拡大、購入債券の年限長期化などについては「現時点の緩和ペースが適切」として、見送った。
春以降継続されている、強力な金融緩和姿勢は、世界的な株高の最大の要因になっているという見方が一般的だが、今回の量的金融緩和が株高や景気回復に大きな効果を及ぼしているのは、それが思い切った財政出動を伴った、事実上の財政ファイナンス(「財政赤字を賄うために政府の発行した国債等を中央銀行が直接引き受けること」)だからだという点を念頭においておく必要がある。
日銀を始め、リーマンショック以降、欧米中銀も実施してきた量的金融緩和は、単に中央銀行が銀行システムにお金を供給するものだった。
図1-1が、従来型の量的金融緩和のプロセスを図示したものだ。
中央銀行は民間銀行が保有する国債などの資産を購入し、民間銀行は国債等の売却代金を中央銀行に対する準備預金として保有する。中央銀行は民間銀行の保有資産の限界まで無制限に資産購入(量的金融緩和)を続けることができる。
それに伴い、民間銀行の準備預金は限りなく増えていく。それが従来型の量的金融緩和だった。ただ、その緩和効果はあくまでも銀行システム内に限られていた。民間銀行が、大幅に増加した、余裕資金である準備預金を貸出に回すかどうかは、企業の設備投資マインドの強さなど実際の景気動向に依存する部分が大きい。
少なくともここまでの日本の例をみると、民間銀行は準備預金を貸出に回すことはほとんどなかった。民間銀行が貸出を増やせば、企業や個人の預金も増え、量的金融緩和政策が企業や個人などにも浸透すると期待されたが、そうはならなかった。結局、お金がジャブジャブになったのは銀行システム内だけだった。
図1-2はコロナショックに対応した、財政出動を伴った量的金融緩和(事実上の財政ファイナンス)のプロセスを図示したもの。
従来の量的金融緩和との大きな違いは、政府が中心的な役割を担っている点だ。政府は国債を発行し(直接的には民間銀行がこれを引き受ける)、この代金を、支給金や助成金、公共事業などの財政支出に充てる。
財政支出として、ばらまかれたお金は個人や企業にわたり、民間銀行に対する預金になる。中央銀行が民間銀行の保有する(あるいは新たに引き受けた)国債などを購入するという点は従来型の量的金融緩和政策と同じだ。
民間銀行は政府から国債を引き受け(購入し)、代金を準備預金で支払う。また、民間銀行は、中央銀行に国債を売却し、その代金は準備預金になる。さらに、個人や企業から入ってきたお金は預金となり、準備預金になる。
結局、民間銀行が貸出を増やさなくとも、財政出動によるお金が放出されたことで、個人や企業の預金が増加し、量的金融緩和は銀行システム内だけにとどまらず、市中にまで行き渡る。前者と後者の違いは金融指標にもはっきり表れている。
従来型の量的金融緩和政策の下では、マネタリーベース(中央銀行の負債総額=中央銀行券+民間銀行の中央銀行に対する準備預金)が急増したが、マネーサプライ(民間銀行の預金)は増加しなかった(図2参照)。
米欧日のマネタリーベースとマネーサプライをそれぞれ加重平均し計算すると、リーマンショック後のマネタリーベースの増加率は約6割増だったが、マネーサプライの増加率は5%程度にとどまった。
今回はマネタリーベースの増加率は同3割増程度で、リーマンショック時を下回るが、マネーサプライの増加率は15%程度と高い。
マネーサプライ=マネタリーベース×信用乗数 であり、マネタリーベースが増加しても、銀行の貸出(信用創造)が増えなければ、通常、マネーサプライは増加しない。しかし、今回の量的金融緩和下では、マネタリーベースが増加し、マネーサプライも増加している。
今回は、思い切った財政出動のために、銀行システム内だけでなく、企業や個人などにもお金が行きわたり、それが春以降の実体経済の回復や株高につながった可能性が高い。
逆に言えば、思い切った財政出動があったからこそ量的金融緩和も効果があったと言える。量的金融緩和政策だけではこれほどの効果はなかったのではないかとも考えられる。
マネーサプライ増加によりインフレ懸念が高まる可能性
事実上の財政ファイナンスは、今のところ経済活動に良好な効果を生み出していると考えられるが、今後はどうなるのか、副作用はないのか。問題になりそうなのは、インフレ懸念の高まりだ。
貨幣数量説によれば、
M(マネーサプライ)×V(貨幣流通速度)=P(物価)×Y(実質GDP)、
とされる。
Vが一定であれば、Mの増加はPあるいはYを増加させる。Yは労働投入量などに左右され、すぐに増加しにくいため、Mの増加はPの増加につながるという見方だ。もちろん、実際には、Vは一定ではないので、この貨幣数量説を鵜呑みにすることはできない。
ただ、少なくとも、これまでのように銀行システム内のマネタリーベースだけが増加していた状況に比べると、現在のように、
① より広い概念であるマネーサプライが増加していること、
② しかもその増加ペースがかなり速いこと(11月時点で米国が前年比25.1%増、日本が9.1%増、ユーロ圏が14.6%増)、
からすると、マネーの増加がインフレにつながりやすい環境と言える。
確かに、経済全体としての需給面からみると、需給ギャップ(供給超過幅)が大きくインフレが起きる環境ではないと言われることが多い。ただ、しばしば推計されている需給ギャップは、供給(潜在GDP)がこれまで通りのトレンドで増加するという前提のもとで、それに対する需要(実際のGDP)の比率を計算するものだ。
しかし、コロナショックにより実際のGDPだけでなく、潜在GDPも大きく下振れしている可能性が高く、「潜在GDPがこれまで通りのトレンドで増加する」という前提は間違っている。
労働参入が少なくなったり、企業倒産増加により産業規模が縮小したり、グローバル化の後退で生産性が低下する、などが潜在GDPを減少させる。過去の例をみてもそうだった。
過去40年間の、23の先進国の景気後退局面後の経済動向を調べた2015年の米FRBエコノミストの実証研究によれば、景気後退によって拡大した需給ギャップは、実際のGDPが元のトレンドに向かって大きく加速して埋められるわけではなく、潜在GDPの下方修正という形で縮小する、と述べている。
今回同様、景気後退後は、実際のGDPは急速に増加せず、それまでの潜在GDPのトレンドと、実際のGDPの差でみた需給ギャップは、なかなか縮小しないことが多い。
そうした状況で、多くのエコノミストは供給過剰状態が続いていると考えてインフレ率を過少予測することが多い。しかし、実は、潜在GDPの下振れによって、下振れ後の潜在GDPと実際のGDPの差でみた、本当の需給ギャップは縮小している。
GDP成長率がさほど伸びていないのに、インフレ率が思ったより高いということが起こると、この実証研究は述べている。これまでの潜在GDPのトレンドが続いていることを前提に推計されている需給ギャップはあてにならない。
財政出動によってバラまかれ、個人や企業が保有する余裕資金(預金)は、現在のように、感染拡大を怖れて、お金が自由に使えない状態では、株式市場などに流れやすくなっていると考えられる。しかし、いったん感染が収まりお金が自由に使える状況になれば、そうした資金は一斉に、実物経済に向かうだろう。
来年後半以降、ワクチンの普及などでペントアップ・ディマンドが盛り上がるような状況になった場合、供給不足によるインフレが現実化するだろう。
高橋財政時と現在の違いは?
財政ファイナンスの例としてしばしば挙げられるのが、いわゆる1930年代の「高橋財政」だ。昭和恐慌のさなか1931年12月に犬養内閣の蔵相となった高橋是清は軍事費等で膨れる財政支出を日銀引き受けでファイナンスした。世界恐慌のなかでこれが日本経済をいち早く立ち直らせた。
昭和恐慌は、第一次世界大戦後の欧州復興に伴う輸出ブームのあとに起こった不況で、
①ブーム時に実施された過剰な設備投資の調整が必要となったこと、
②国際的な生産力余剰による海外物価の大幅下落に対し国内物価下落が小幅だった
こと
から日本の輸出競争力が低下したことなどが不況の原因だった。
2020/12/18の「イーグルフライ」掲示板より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。