各国は巨額な財政赤字にどう対応するのか?
世界各国の財政赤字は急速に増大
世界各国の財政状況は大幅に悪化した。10月のIMF「財政報告」によれば、パンデミックとそれに伴うロックダウンに対応した、過去に例を見ない財政措置とGDPの落ち込みに伴う税収の減少によって、20年の世界の財政赤字は、対GDP比で12.7%と前年の3.9%から8.8%ポイント拡大する見込みだ。
財政面で余裕のある先進国の赤字幅拡大はより急ピッチで、前年の3.3%から14.4%へと11.1ポイント拡大する見込みだ。
地域別にみると、米国が19年6.3%から20年18.7%に拡大、ユーロ圏は同0.6%から10.1%に拡大、日本は同3.3%から14.2%に拡大する。米国の赤字幅拡大が最も大きく、もともと財政赤字が、小幅だったユーロ圏の赤字幅拡大幅が、比較的小幅だ。
先進国の政府債務残高の対GDP比は、20年末124%、21年末125%と見込まれ、第二次世界大戦後1946年末の124%とほぼ同水準の過去最高となる見込みだ。
財政発動は必要で十分なものだったのか?
有事とも言える混乱のなかでの財政政策発動だったからか、ここまでの政策発動は大盤振る舞いで、本当に必要だったかどうか怪しい措置も多い。また、本当に必要なところに、救済の手が届いていたかどうかも疑問だ。
例えば、米国では雇用および生活水準の維持を目的として、3月に成立した「コロナウイルス支援、救済および経済安全保障法(CARES法)」で、州の失業保険給付額に週当たり600ドルを追加で支給する措置が導入された。
米国の全労働者の週当たり賃金の中央値は750ドル未満であり、失業の際の週当たり600ドルという追加支給は、極めて大きなものになった。それは労働者に対して、積極的に失業するインセンティブを与える制度設計だったと考えられる。この財政支援策は失業者を増加させ、失業を長期化させる政策になった可能性がある。
日本では、国民一人当たり10万円の定額給付一時金が配布されたが、これは総額13兆円にのぼる。20年4~9月の、日本の雇用者報酬の前年同期比減少幅は3兆6,500億円だった。
13兆円という一時金の配布は、20年4~9月と同程度の、雇用者報酬減少が続いた場合の2年分弱に相当する。有り余るほどの巨額な配布だったと言っていい。また、13兆円という金額は、日本の「宿泊・飲食サービス業」の年間GDP(=同産業の企業利益と雇用者報酬の合計額)に相当する。
日本の「宿泊・飲食サービス業」は労働集約型産業であり、比較劣位産業であるため、産業政策としては、本来、積極的に救済すべき産業ではなく、高付加価値化あるいは無人化などの形で業態変化を促すことが必要だ。
ただ、もし、日本の「宿泊・飲食サービス業」が、本当に日本経済にとって重要な産業であるというのなら、同産業のすべてを1年間救済できる金額であったことになる。
今回の新型コロナウイルスの影響の大きさについては、業種別のばらつきが大きく、宿泊・飲食サービス業のほか、娯楽サービス、空運など一部の業種に多大な影響を及ぼす反面、ほとんど影響がない業種もある。
また、いわゆるエッセンシャル・ワーカーなど、その多くは相対的に低賃金にもかかわらず、ヒトとの接触が不可欠で感染リスクにさらされる労働者がいる一方、大企業に勤務し在宅勤務などによって、感染のリスクにさらされることもない恵まれた労働者もおり、就業・雇用形態による格差拡大も指摘されている。
そうしたなかで、一律に一人10万円という支給は一見、公平なようにもみえるが、必要だったとは言えない。財政発動の財源はあくまでも税金であり、将来世代による負担になる。政治主導の、ばらまきであってはいけない。
GoToキャンペーンについては、7月下旬から始まり、夏休み、お盆休みの時期こそ、自粛ムードが強かったようだが、秋の観光シーズンになって一斉に人出が増え、その効果がでてきたようにみえる。
GoToキャンペーンが、感染を全国各地に拡大させた要因だったことは明らかだと思うが、加えて、注視しなければいけないのは、夏場までほとんど増えていなかった自殺者が9月以降、急増し始めたことだ。自殺率と失業率との相関関係の強さから、自殺者を増やさないために、経済を回さなければいけないという人が多い。
だが、GoToキャンペーンによって観光業が、潤い始めた9月以降、自殺者も増えていることを考えると、このGoToキャンペーンについても、本来、救済されるべき人々が、その恩恵を受けていないことがわかる。
各国は財政赤字にどのように対応するのか?
ワクチンが、世界に行きわたって世界の人々の生活が元通りになり、世界経済が正常化したとしても、財政赤字が自動的に元通りに戻るわけではない。
財政赤字については、
1)財政赤字は、負担を次世代に回すもので、赤字が膨れ上がると国民は将来の増税に備えて、消費を抑制しようとするなどの、景気にマイナスに作用する。
2)政府がインフレで債務を実質的に帳消しにするのでないかとの、不安や国債の大量発行によって金利が上昇する。3)財政赤字が累積すると、利払いがかさみ、機動的な財政運営が難しくなる、などの悪影響がある。
このため赤字削減が望ましいが、米国が今「財政の崖」の崖に直面しているとも言われているように、米国はGDP比18%超、日本は14%超、ユーロ圏は10%超とそれぞれ大幅な財政赤字を抱え、断崖絶壁の淵に立たされていると言っていい。
さて、各国はこうした状況にどう対応するのか?ここで各国には3つの選択肢がある。
赤字を帳消しにしようとして、崖から飛び降りるという選択ができるが、そんなことをしようものなら、大怪我どころか命が危うい(シナリオ1)。
赤字を少しずつ削減しようという選択もできるが、その場合、時間をかけて階段を作り、ゆっくり下っていかなければならない(シナリオ2)。
場合によっては、崖から降りるのがどうしても怖くて、あるいは、崖の上でずっと居てもよいことになって、崖の上で立ちすくんだままでいるという選択もできる(シナリオ3)。
シナリオ1では、急激な財政赤字削減により、経済はリセッションに陥るだろう。
シナリオ2では、長期にわたる財政赤字削減継続により、経済は長期にわたってデフレリスクにさらされるが、そうしたデフレリスクを金融緩和策などによって和らげていくことが求められる。
シナリオ3では、経済が財政赤字削減による景気悪化やデフレリスクにさらされることはないが、インフレリスクや国債の信用リスクが高まるだろうし、また、国債利回り上昇によるクラウディングアウトの懸念も高まるだろう。
理想的なシナリオはシナリオ2かもしれないが、実際には、
1)ここまでの政治主導のばらまき的な、財政出動が今後も容認される可能性があること。
2)格差拡大や地球温暖化などの問題に対して、政府は民間に任せて放置するのではなく、より積極的な役割を果たすべきだという見方が増えていること。
3)ゼロ金利下で、追加的な国債発行に対する政府の財政規律が失われていること。
4)MMT(Modern Monetary Theoryの略称)など(「自国通貨建てで借金ができる国の政府は、債務返済に充てる貨幣を無限に発行できるため、物価の急上昇が起こらない限り、財政赤字が大きくなっても問題ない」とする)が財政赤字を容認する経済理論がでてきていること。
などから、シナリオ3が現実化する可能性がある。