菅政権でデジタル化は進むのか?
菅政権はデジタル庁設置で行政のデジタル化を目指すが…
菅新政権は縦割り行政の弊害をなくし、行政のデジタル化を進めるため、デジタル庁を設置することを表明した。普及率が2割程度にとどまっているマイナンバーカードを普及させたい考えだ。
確かに、行政のデジタル化が実現すれば、例えば、引っ越し時の手続きのため役所や警察署、郵便局などあちこちに足を運ぶ必要もなく、スマホやパソコンで住所を入力するだけで済む。
今回の10万円定額給付金の支給の際も、郵送での申請と振り込みなどに手間と時間がかかったが、もし、デジタル庁があったら、スマホやパソコンからの申請ですぐに入金されていたかもしれない。
マイナンバーカードについても、この先、健康保険証や運転免許証との一体化が予定されており、それによって国民にとっての利便性は幾分高まるとは期待できる。だが、実際にはこうした政府主導のデジタル化は進んでいない。
マイナンバー制度については、2006年の実施から14年も経過して普及率が2割にとどまっている。コロナ禍で、政府がITの利用という面で、極めて遅れていることが明らかになった。
これまで新型コロナ感染者の発生届は、医師、看護師や保健所職員が紙の書類を手書きで記入し、都道府県知事宛てにFAXで送るという形に報告・集計されており、医療現場や保健所の負担を増加させていた。
こうした状況に対応して、厚労省は5月から情報共有のため、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム「HER-SYS(ハーシス)」を導入したが、その後も思うように普及は進んでいない。
感染予防のために6月から導入された日本型接触確認アプリ「COCOA(ココア)」についても、9月8日時点でのダウンロード数は1,663万件と、日本の人口の約13%にとどまっている。利便性を高めるはずのデジタル化やIT利用が進んでいないのはなぜか?
組織改革と並行して行わなければIT利用は進まない
そもそも、日本では政府だけでなく民間のIT利用も進んでいない。なぜか。一言で言えば、IT利用が民間企業の生産性を押し上げなかったためだ。
米国では、実際にITの普及によって生産性が高まった。というより、米国では生産性を高めるためにITが利用されたと言った方がいいかもしれない。
IT導入によって企業が生産性を高めるためには、単純にパソコンなどITシステムを導入するだけでなく、それに応じて業務や組織も変えていくことが必要だ。IT導入と並行して、そうした業務や組織の見直しが実施されたために、生産性が高まった。
米国企業の場合、企業内における労働者一人ひとりの職務分担がはっきりしているため、IT導入によって代替される仕事があれば、その仕事に従事していた労働者は別の必要な仕事に移らざるをえない。ITの導入は自然に業務や組織改革につながり、企業の生産性を高めたと考えられる。
これに対して、日本企業の場合、内部の職務内容や権限の範囲があいまいで、ITが導入されても並行して業務や組織の見直しが行われることもなかった。終身雇用制などの日本の雇用慣行が業務や組織の見直しを阻害した。
職場に一人一台のパソコンが配置され、それが電機業界の収益を押し上げることになっても、それを利用する企業側の生産性を高める効果は小さかったと考えられる。
日本型組織の特異性もIT利用による生産性向上を阻んだ。日本企業の知識共有は人事交流や頻繁に行われるミーティングなどで行われることが多い。
こうしたインフォーマルな情報流通に依存する日本型組織は、大量な情報を組織全体で共有しようとするITとの相性が良くない。結局、IT利用が生産性を上昇させなかったことで、企業のIT導入の動きも消極化し、それがさらに生産性上昇に歯止めをかけた。
図1は日米の知的財産投資(研究開発投資、ソフトウエア購入など)の対GDPを比較したもの。
米国では知的財産投資比率は2000年代初めのITバブル崩壊時に一時的に低下する局面があったが、趨勢的な上昇傾向がみられる。これに対して、日本の同比率は2008年頃までは上昇傾向を辿ったが、その後はほぼ横ばいで推移している。
前安倍政権の下では、知的財産への投資がさほど盛り上がらなかったことになる。直近19年の同比率は米国の4.7%に対して、日本は4.3%だ。
民間企業が経験している、以上のような問題を考慮すれば、新たにデジタル庁を設置するだけで、行政のデジタル化が進まないことは明らかだ。
行政のデジタル化は、行政組織の見直し、いわば行政改革と同時並行的に行われるなければ、進まないだろう。民間企業でも難しかった組織見直しが、役所において簡単にできるとは思えない。
政府への信頼感が低いことが問題
政府主導のデジタル化を阻害していることについては、国民の政府に対する信頼度が低いことが原因だ。情報流出あるいはセキュリティ面への不安があるのは、民間のクレジットカードなどもマイナンバーカードと同じと考えられる。
しかし、政府主導のマイナンバーカードの場合、例えば、政府はマイナンバーカードで得られる所得、資産などの個人情報を利用して、財政赤字の補填のための増税を行うかもしれないという不安が拭いきれない。
財政赤字が膨大に膨れ上がっている状況で、政府はどのように財政再建を行っていくかとの現実的な見通しを示していない。
世界の中で「電子政府」のトップランナーとして知られるエストニアの場合、資源もなく、いつロシアからの再侵略に会うかもしれない(領土がなくなってもインターネット上の政府が存在すれば国家は存続することができる)との危機感から、電子政府を進めざるをえなかったという面がある。
エストニア政府は電子政府化を強力に推進したが、そこで重視したのは「透明性」だ。個人のデータが政府によって一元的に把握される以上、それが政府によって不正に利用されることがないよう国民が監視できるようにしなければ、信頼性が得られないためだ。
データのマネジメントとガバナンスを法制度とされ、政府の公文書はもちろん政治家の収入や個人献金額も全て公開されているため、国民はインターネットで簡単に閲覧することができる。
公開できない場合は理由の明記が義務付けられており、行政による徹底した情報開示の姿勢をとっている。もちろん、不正が存在しないわけではないが、不正があったとしてもきちんと検知できる仕組みがある点は政府への信頼感を高めている。
日本の場合、前政権ではこうした「透明性」に疑問を投げかけるような事件が多発したわけだが、菅新政権が真剣にデジタル化を進めようとするのであれば、政府の透明性を高め、国民の政府に対する信頼性を取り戻すことができるかどうかが大きな課題になるだろう。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。