投機的な円売りがおさまらないのはなぜか?
日米長期金利差からみたドル円の計算値は145円程度
ドル円相場は連休中に一時160円を突破した。
2度にわたる当局のドル売り介入によって幾分押し戻されたが、介入の効果は一時的であるとして、介入によるドル反落後の押し目で、再びドルを買うといった動きが続いている。
IMFが計算するドル円相場の「絶対的購買力平価」は、コロナ前の2019年が102円だったが、その後の米国の急速なインフレを背景に2023年には91円となっている。
購買力平価との乖離幅は7割程度に広がっており、円は明らかに過小評価されていることがわかるが、ここまで円安が進んだ理由は何か、改めて考えてみよう。
散々、言われている通り、現在の円安・ドル高の直接的な原因が日米金利差にあることは間違いないだろう。
2021年以降のドル相場と日米10年国債利回り格差の関係を計算すると、
ドル円相場=88.15+15.95×日米10年国債利回り格差
となり、この式だけで、ドル円相場の動きの94%を説明できる。
ただ、ごく最近の急速な円安がこの式では説明しきれないというのも事実だ。
5月10日時点の日米10年国債利回り格差は3.5%であるため、この式からみたドル円相場の水準は145円にしかならない。160円まで円安ドル高が進むためには、金利差が4.5%まで開く必要がある。
ちなみに、金利差が為替相場に影響するという考え方は、「金利平価説」に基づく。
「金利平価説」というのは、内外金利差が為替相場の直先スプレッドに一致するという考え方だ。
例えば、日本の1年もの金利が1%、米国の1年もの金利が5%で、ドル円の直物相場が150円/ドルであった場合、円での資金運用とドルでの資金運用が同程度となるように裁定取引が進むため、ドル円の1年先先物相場は144.28円/ドル(≒150円×1.01÷1.05)となる。
これと同様な考え方で、仮に、購買力平価のような、将来的なアンカーになるような為替相場水準があるとして、その相場水準を、前述したドル円相場の先物相場水準として、金利差の変化によって直物相場の水準が変化することになる。
例えば、日本の10年もの金利が1%、米国の10年もの金利が5%で、アンカーとなる10年後のドル円相場の水準が100円/ドルだとすると、現在のドル円相場は147.46円(≒100×1.0510÷1.0110)となる。
そこで日本の10年もの金利が1%から2%に上昇し、米国の10年もの金利が5%のまま変わらなかったとすると、ドル円相場は133.63円(≒100×1.0510÷1.0210)と、ドル安円高となる。
このような形で、金利差の「変化」がドル円相場に影響するという考え方が一般的な見方だ。
ところが、現在の円安の説明として、金利差が存在することによって日本から米国に資金が流れ、金利差がある限り、半永久的に円安が続くという見方がある。
こうした見方は極端すぎ、現在の投機的な動きを説明するものだとしても、あまり説得的とは思えない。
年内の日米金利差の動向を展望した場合、多くのエコノミストは、日銀が緩和的な金融環境を維持するため、利上げは限定的とみているようだ。
だが、筆者は、3か月に1回程度の利上げによって、年末の10年国債利回りは1.5%程度まで上昇する可能性があると予想する。
米10年国債利回りが4.5%程度で、ほぼ横ばいだとすれば、金利差は3%になり、前述した式によるドル円相場の計算値は135円程度となる。
日本はいまだにデフレ脱却を目指す政策を続けている
日米金利差からみた計算値から離れて円安が進んでいるという意味では、為替市場の動きはかなり投機的なものになっていると言っていいだろうが、ここまで投機的な円安の動きが進んだことについては、それなりの理由があるだろう。
まず、政策面の問題があると考えられる。
円安の起点が、2013年以降の日銀の異次元(大規模)緩和だったことは間違いないだろう。
黒田総裁は、物価下落(デフレ)が日本経済低迷の根本原因であるという考え方のもとに、通貨価値を押し下げる政策を10年以上続けた。
2013年12月の講演(「デフレ脱却の目指すもの」)によれば、黒田総裁は、以下のように述べていた。
- デフレ下では、企業は製品価格を引き上げることができないため、
売上高や収益が伸びず、人件費や設備投資が抑制される - 家計は賃金低迷で消費抑制を余儀なくされ、
また、物価下落期待から消費をできるだけ先送りしようとする傾向が強まる - この結果、価格の下落、売上・収益の減少、賃金の抑制、消費の低迷、価格の下落
といった悪循環が続く
物価下落が経済の悪循環を招いているとし、物価を押し上げることで、経済を停滞状況から脱却させる必要性を強調していた。
物価が上昇すれば、企業の売上や収益が増加し、賃金や消費も増加し、景気は良くなり成長率も高まるといった「好循環」を想定した。
だが、物価上昇だけで経済が良くなるという考えが短絡的だったことは、物価高が景気の悪化要因になっている現在の状況を考えれば明らかだ。
実際に、物価が上昇しても経済が良くならなかったため、黒田総裁は「賃金と物価の好循環」という新たな理屈で、物価だけでなく賃金も上昇しなければ好循環にならないと言い始めたのではないか。
政府や多くのエコノミスト、メディアも賃金と物価が両方とも上がっていけば、日本経済は良くなると期待した。
今春闘では予想以上の賃上げになった。にもかかわらず、経済は良くなっていないし、日本の株価は逆に頭打ちとなっている。
賃上げが進めば労働分配率が上昇し、その分、企業利益は頭打ちになるため、
株価は頭打ちとなっても不思議でない。
「賃金と物価が上昇すれば経済が良くなる」という考え方も短絡的と言わざるをえない。
物価上昇率=賃上げ率-労働生産性上昇率
という式から言えば、労働生産性上昇率が変わらなければ、賃上げ率が高まっても、物価上昇率がその分、高まるだけだ。
実質賃金上昇率=労働生産性上昇率
となるため、実質賃金上昇率を押し上げるためには生産性上昇率を押し上げることが必要だ。
実質賃金(=労働生産性)を増加させるためには、通貨価値を押し下げるデフレ脱却政策ではなく、供給面での政策が不可欠だ。
さすがに、植田総裁は「デフレ脱却」などという言葉は使わなくなったが、岸田首相は3月に「デフレ脱却への道は、いまだ道半ばだ。我々は数十年に一度の正念場にある」と述べていた。
インフレが蔓延しつつある世界のなかで、ひとりデフレ脱却を目指し、インフレを志向する国の通貨は買えない、ということになるのではないか。
円安に歯止めをかかえるためには、「物価が上がれば」あるいは「賃金が上がれば」経済は良くなる、という間違った考えをそろそろ改める必要がある。
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2024/5/13の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。