中国の一部の投資は好調だが投資全体としては力強さに欠ける
感染は広がっていないが消費者の不安は和らいでいない。「倹約令」も消費の逆風に
中国経済の緩やかな回復が続いているが、部門別、需要項目別にみると回復ペースには、かなりばらつきがある。
都市封鎖解除後、「リベンジ消費」などと言われ、ペントアップ・ディマンドが盛り上がっているという見方があったが、消費は全体的に低迷したままだ。4~6月のGDP成長率は前年比プラス3.2%と1~3月のマイナス6.8%からプラスに転じた。
一方、消費の動きを示す小売売上高(名目)は、1~3月の前年比19.0%減のあと、4~6月はマイナス幅こそ縮小したものの、同3.8%減と前年割れの状況だ。
直近7月も前年比1.1%減(6月は1.8%減)と小幅ながら減少傾向は続いており、GDPはプラスだったが、少なくとも消費はGDPの押し上げ要因になっていないことは明らかだ。
7月は小売売上全体の約1割を占める自動車販売が、完成車メーカーを擁する都市が購入補助金支給を行ったことなどにより、前年比12.3%増と二桁増加となった(6月は同8.2%減)ことが、全体を押し上げた。こうした販売促進策がなければ、7月の小売売上高の減少幅は、6月の減少幅を上回っていたことになる。
中国の1日当たり新規感染者数は2月には数千人レベルに急増したが、徹底した検査により3月以降、減少し、8月に入ってからも多い日で50人程度にとどまっている。このため、行動規制は徐々に緩和されつつある。
7月下旬に映画館などの文化娯楽施設の段階的な再開が始まり、8月中旬には映画館などの入場可能人数が定員の3割以下から5割以下に緩和された。しかし、人々の実際の行動はなお抑制気味であり、7月の小売売上高のうち、飲食店売上は前年比 11.0%減と、2桁の減少が続いている。
ちなみに、日本フードサービス協会によれば、日本の7月の外食売上高は前年比15.0%減となった。日本と中国では国民性や飲食店における衛生面の配慮の違いもあるだろうが、1日当たり新規感染者が1,000人程度の日本と、それが数十人に抑えられている中国で、基本的な人々の行動抑制に大きな違いはないことがわかる。
つまり、短期的に感染が抑えられたとしても、感染への不安が払しょくできない限り、消費者の慎重な姿勢は簡単に変わらない。中国だけでなく、日本や米国、欧州などでも、経済活動のなかで、消費あるいは消費マインドの回復が相対的に遅れている。
さらに、中国では飲食サービス業に関して言えば、コロナ問題に加えて、政権からの「倹約令」も逆風になっている。
習近平国家主席は8月11日、飲食の浪費行為の抑制と節約を美徳とする旨の重要指示を出した。習主席は「飲食の浪費現象は驚くべきもので心が痛む」「食糧安全保障については終始一貫、危機意識を持たなければならない」「飲食の浪費行為を断固阻止し、社会全体で浪費は恥ずべきもの、節約は栄えあるものという雰囲気を作らなければならない」と述べた。
会食の際の料理の品目数を人数から1~2品減らすべき(例えば5人で会食する場合は、料理の数は3~4つにする)といったことが推奨されている。
飲食店における同様な「倹約令(綱紀粛正策)」は、2013年にも打ち出され、飲食サービス業界に大きなダメージを及ぼしたが、当時は公務員の汚職(公金を使って高級な食事をしていることなど)を取り締まるものだった。
しかし、今回は食料不安に対応したもの。洪水被害などもあって中国における穀物生産は減少の見込みで、豚肉などを中心に食品の価格が上昇し、大豆、小麦、とうもろこしなどの輸入が増加している。
米国からの輸入が増加していることは貿易摩擦の解消に役立つ面はあるが、米中対立が経済だけでなく、安全保障全般に広がっていることから考えると、米国からの食料品輸入増加は習主席にとって見過ごせない状況になってきたと考えられる。
米中の摩擦が間接的に、今回の倹約令につながっていると言っていい。コロナショックからの飲食サービス業の回復は遠のいている。
ハイテク投資、インフラ投資など一部投資がけん引役に
固定資産投資(民間設備投資と公共投資を合計したもの)も3月以降、徐々に持ち直しつつあるが、国有企業の投資、インフラ投資(公共投資)が好調なのに対し、民間企業の投資、製造業の投資の低迷が目立ち、二極化の様相だ。
1~2月累計の固定資産投資は前年比24.5%減少していたが、直近1~7月累計では同1.6%減とほとんど前年並みの水準に戻した。ただ、企業種類別にみると、全体の56%程度を占める民間企業の投資はやや出遅れている。
民間企業の投資は1~2月累計の前年比26.4%減から、マイナス幅は縮小しつつあるが、1~7月累計でも同5.7%減とマイナス基調から脱し切れていない。
これに対して、国有企業の投資は回復は早く、1~2月累計の前年比23.1%減から1~6月累計時点ですでにプラスに転じ、1~7月累計では同3.8%増と浮上している。
また、業種別にみると、製造業や鉱業などの投資の低迷が目立ち、製造業は1~7月累計で前年比10.2%減と2桁減の状況が続いている。
7月の鉱工業生産は前年比4.8%増と堅調に推移しており、なかでも自動車が同21.6%増、電気機器が同15.6%増、通信・コンピュータ・電子機器は同11.8%増と大幅に増加している。ただ、生産活動の好調が必ずしも設備投資の好調につながっているわけではない。
業種別の1~7月累計の固定資産投資をみると、通信・コンピュータ・電子機器が前年比10.7%増と好調なのに対し、自動車が同19.9%減、電気機器が同14.1%減と生産増加のなかで投資は低迷している。
自動車や電気機器については、おそらくは、過剰な生産能力があり、実需の裏付けがないにもかかわらず、政権のかけ声に応じて、国有企業主導で生産が増えているのではないかと思われる。
これに対し、通信・コンピュータ・電子機器は、5G関連など実需増加を背景に生産が増えているだろうし、米国とのハイテク覇権争いに勝ち残るべく政府当局からの減税措置などの後押しもあって設備投資も増えていると考えられる。
インフラ投資については、1~7月累計の投資額は、電力が前年比18.2%増、ガスが同11.2%増、上水道が同19.8%増、鉄道が同5.7%増、道路が同2.4%増、水資源保護が同2.9%増、不動産開発が同3.4%増と増加した。
ただ、こうした旧来型のインフレ投資に加えて、5月の全人代で今後の成長が期待される分野として、5G、人工知能、IoT、ブロックチェーン、データセンター、高度道路交通システムなど「新型インフラ建設」強化がうたわれた。
中央政府はインフラ投資の資金調達手段として、地方政府に対し地方政府特別債券の発行の大幅増額(昨年の2兆1,500億元から3兆7,500億元へ)を認めており、調達された資金のうち、ある程度は新型インフラ建設のための投資にも向かうとみられる。
ただ、成長分野であるという楽観的な期待と甘い収益見込みを前提に実施されるであろうこうした新型インフラ投資が実を結ぶ保証はない。結局は、地方政府の過剰債務を一段と膨張させるおそれがある。
このように、一部のハイテク投資やインフラ投資は好調だが、投資全体としてはなお力強さに欠け、感染への不安から消費マインドも低迷したままだ。
中国経済全体としては、個人消費や民間企業の設備投資などの民需が低迷するなかで、当局のかけ声により生産が増加し、これによってGDPも前年比増加に転じた。
しかし、需要低迷のなかでの生産増加により過剰在庫が増加している可能性があり、これは今後の景気の足をひっぱるおそれがある。