株式市場は安倍政権をどう評価したか?
株式市場は安倍政権の積極的な景気刺激策を評価しているが・・・
安倍首相が辞任を表明した。第二次安倍内閣は2013年1月に発足したが、当時の日本経済はリーマンショックと東日本大震災の影響などで大きく落ち込んでいた。
そこで、安倍政権は大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」により、デフレ脱却を目指した。
思い切った景気刺激策は見事に成功した。日銀は「マネタリーベースを2年で2倍にすれば、物価上昇率は2%になる」という語呂合わせのような理論を掲げて、財政出動のために政府が発行した国債を大量購入し続ける「異次元金融緩和」を実施した。
ヘリコプターマネーを思わせる異次元緩和は円相場を急落させた。円相場は2012年9月の77円台から15年6月に125円台と円安ドル高になった。停滞していた景気は大規模な財政出動と金融緩和によって押し上げられ、円安も手伝って株価は急騰した。
日経平均株価は12年8月の8,534円から15年6月に2万868円へと急騰し、その後も上向き推移を続け、18年10月に2万4,270円と1991年以来の高値をつけた。
こうした経験もあり、安倍政権は株式市場の評判が良い。ただ、この7年間で、日本が将来への希望が持てる国になったのかどうかは疑問だ。安倍政権発足時に、政府・日銀が描いていたデフレ脱却、景気の好循環シナリオは、以下のようなものだった。
「財政出動と金融緩和、円安により物価上昇期待が高まれば、家計は値下がりを待って買い控えることもなくなる」
→「消費が前倒しで増えれば、企業の売上や利益も増える」
→「利益増に伴う労働者へ利益還元で賃金も増えれば、家計の収入増で消費が増加する」。
このシナリオは、最初うまくいくようにみえたが、続かなかった。なぜか?
物価上昇期待が高まるというのは、次のようなことでもある。
例えば、Aさんは年収が500万円だとし、来年も年収は500万円で変化がないとする。Aさんは今年と来年の収入合計1,000万円をどう振り分けて使うか考える。
今年も来年も500万円位ずつ使うのが普通だが、振り分け割合を変えるための1つの要素は来年にかけて物価がどれだけ上昇するかという点だ。今年より来年の物価が高いとすれば今年使う分を多くした方が2年間での消費量は多くできる。また、もし今年の住宅ローン金利がゼロ%なら、思い切って今年住宅を購入するという選択もある。
物価上昇期待が高まったり、金利が低下したりすれば、確かに今年の消費は増える。そのために今年の景気は良くなるかもしれない。だが、その分、来年の消費は減り、来年の景気はまた悪くなる。
実際、「三本の矢」の効果は次第に息切れ気味になった。小幅下落傾向を続けていた消費者物価は、確かに円安などによって1%程度の小幅プラスに転じたが、15年以降の物価上昇率は再び鈍化していった。
日銀は予定通り2年でマネタリーベースを2倍にしたが、結局、2%の物価上昇も成し遂げられなかった。
次期政権は安倍政権に欠けていた成長戦略を描けるか?
2014年、19年と2度にわたる消費税率引き上げが景気拡大を妨げた、という見方も多いようだが、前述したAさんの例からすれば、一番の問題は、Aさんの年収が今年も来年も500万円で変化がない、という点だ。
つまり、成長がなければ、どれだけ、財政出動や金融緩和で景気を刺激しても、一過性の効果しかない。
安倍政権には、三本の矢のうち、明らかに成長戦略が欠けていた。
成長戦略として、
- 産業構造の高度化
- 労働市場改革
- 人的投資の拡充
などが求められていたはずだったが、実現できなかった。
実際に強化された産業政策は、産業高度化策ではなく「観光立国」を目指そうというもの。日本の労働人口減少傾向は明らかであるにもかかわらず、労働集約的で、労働生産性の低い観光業に力を入れることになった。
結果として、生産性が低く、低賃金の宿泊・飲食サービス業の雇用が大幅に増加し、確かに失業率は低下したが、日本全体としての生産性は高まらず、低失業率でも労働者の平均賃金は上がらなかった。そして、不幸なことに、今回のコロナショックは、宿泊・飲食サービス業を直撃することになった。
労働市場改革については、成長分野への人材シフトが速やかに進むよう、企業による労働者解雇規制を緩和し、労働市場の流動化を図ることが必要だったはず。
とくに、非正規労働者に比べ、日本的雇用慣行のもとで守られている正規労働者の雇用流動化が必要だったが、解雇規制緩和への政治的な反対が強いことは言うまでもない。労働市場改革は、なぜか働き方改革や残業規制へと、話がすりかわってしまった。
さらに、日本の将来を考えると、ヒトへの投資、教育の充実が不可欠だが、格差の拡大あるいは貧困などによる教育水準の低下が問題になりつつある。
安倍政権でも「富める者が富めば貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」、「高成長を追求すれば格差も自然と解消される」という、トリクルダウン仮説の考え方のもとで、法人税率引き下げなどの政策が実施されたが、格差拡大は続いている。
もちろん格差拡大は世界的な傾向だが、トップ富裕層への行き過ぎた所得集中が問題になっている米国などに対し、日本では中間所得層の所得減少による格差が問題で、貧困問題が表面化しやすい。
IMFは2014年のレポートで「格差が大きい国ほど経済成長率が低い(具体的にはジニ係数が0.05上昇すると1人当たり実質経済成長率は0.5%ポイント低下する)」とした。格差が不利な状況に置かれている個人の教育機会を損なうことなどが理由だ。次期政権には、安倍政権に欠けていた成長戦略が求められる。
イールドスプレッドのマイナス幅拡大傾向は日本経済の成長鈍化を示唆
アベノミクスを前向きに評価していたようにみえる株式市場も、実際には、安倍政権の成長戦略に対しては厳しい目を向けているようにみえる。
図1は、日本株の益回り(PERの逆数)と日本の10年国債利回りと両者の差であるイールドスプレッド(国債利回りマイナス益回り)をみたもの。
成長とPERとの関係では、高成長企業のPERは高く(益回りは低く)、安定企業のPERは低い(益回りは高い)のが普通だ。このため、経済の高成長が見込まれている国のPERは高く(益回りは低く)なる。
一方、金利とPERの関係を言えば、金利が低い場合のPERは高く(益回りは低く)、金利が高い場合のPERは低く(益回りは高く)なる。
2000年代以降、日本株の益回りは上向き気味で、安倍政権下の13年以降も少なくともコロナショック前については上向き気味の傾向は変わらなかった。
しかも、国債利回りは低下傾向であったため、本来であれば金利低下に沿って、PERは上昇(益回りは低下)していてもおかしくなかった。しかし、実際には、そうなっていない。
国債利回りの低下にもかかわらず、益回りが上昇し(PERが低下し)、イールドスプレッドのマイナス幅が拡大していることは、株式市場が日本経済の成長について悲観的にみていることにほかならない。