ゾルタン・ポズサー(Zoltan Pozsar)【25】脱ドル化は進むが、円安も変わらず?
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https://real-int.jp/articles/1932/
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https://real-int.jp/articles/2237/
BRICS会議でBRICSコインが議題から外れたのは良いニュースではなかった?
このゾルタン・シリーズで何度も取り上げてきた「BRICSコイン」。
5月の広島でのG7に出席したブラジルのルラ大統領が会議後に「BRICS共通通貨は脱ドル化に必要だ!」と主張後、日本語ニュースでも流れるぐらいのホット・トピックとなっていました。
そのため、8月に南アフリカで開催される「BRICS会議では主要な議題の1つになると予想」されていました。
しかし、ロイター英語版の記事にあるように、議長国の南アフリカが「BRICS共同通貨は議題から外れた」と発表しました。
前回の記事で書いたインドに続き、ロシアも共同通貨から距離を置いているというニュースも目にしていたので、やはり「ゾルタンの主張どおりに中長期的な話」になったようです。
「ロシアとインドがCBDC(中央銀行デジタル通貨)で先行している中国を警戒しており、東側諸国は一枚岩ではないのか?」と、「西側諸国にとっては久しぶりの良いニュース」だと思っていました。
ところが、WatcherGuruの記事によると「22カ国が貿易においてインド・ルピーで取引できる特別銀行口座を開設する」というのです。
参加国がBRICS諸国であれば、何も驚くことはありません。やはりインドはサウジなど湾岸諸国と繋がっている中国を警戒し、「BRIC共通通貨ではなく、ルピーでの取引を増やそうとしている」という「想定内」だからです。
問題は、この22カ国の中にBRICS諸国だけでなく、「親米であるはずの西側諸国が多数含まれている」ことです。
シンガポール、G7の一員でNATOの中心であるドイツ、中東での同盟国であるイスラエル、アングロ・サクソン諸国で構成された日本と並び米国にとって一番の盟友である「ファイブ・アイズの一員である英国とニュージーランドも参加するそうです。
「インドは、実は中国やロシアとも関係が深い」ことは、このゾルタン・シリーズで何度も紹介してきた通りです。
米国企業のアップルやアマゾンが中国からサプライ・チェーンを移設しつつある「フレンドリー・ショアの重要拠点」であり、「英国連邦加盟国」であることがドイツやイギリスの言い分なのでしょう。
いずれにしろ「G7の中で独自路線を歩んできたフランスだけでなく、イギリスやドイツも脱ドル化を推進する」ことになります。また、インドによると、「大企業だけでなく中小企業も貿易のお役所手続きのプロセスを簡略化できる」そうです。
つまり、従来のロシアから輸入した原油を精製した精油取引のようなコモディティの大取引だけでなく、農作物や工業製品などの中小取引でも米ドルではなくルピーを使えることになるわけです。
さらに、「中国が人民元を米ドルに対して安くなるように操作する」という噂もあるようです。これは、前回の記事で紹介したIMFなどへの負債の返却を米ドルではなく人民元で支払うように促すことになります。また、人民元安は中国の輸出を増加させ、デカップリングが起きたことで減少している米国への輸出の穴埋めとなる効果もあるでしょう。
一方、米国への中国の輸出はさらに減少し、輸出ランキングではメキシコ、カナダに続き、今年中はありえないですが、中期的には日本やドイツにも抜かれるかもしれません。「中国は一層米ドルを必要としなくなる」でしょう。
もはや「脱ドル化の動きは止まらなくなってきた」のではないでしょうか?
ゾルタンの予言は的中し、原油価格も上昇中!
そして、ゾルタンの「予言」の中でいまだに当たっていないのが、「L字型の暴落+スタグフレーション」と「原油高」です。
ニューヨークで取引される米国産のWTI原油先物価格は先週には5日間連騰するなど、遂に節目の80ドルを超えてきました。
Capital.comに書かれているように、5月時点のANZの予想は年末104ドルで2023年平均が89ドル、フィッチは2023年平均が80ドルです。
ゴールドマン・サックスはCNBCにあるように6月に制裁が効いていないイランとロシアの増産がOPEC+の減産を打ち消すという報道で、年末予想を89ドルから81ドルに、JPモルガンも90ドルから81ドルに引き下げましたが、これらはもう古い情報でしょう。ゾルタンの指摘のように、「需要が減ればOPEC+はさらに減産する」からです。
そして、米国産原油の生産増も期待できないようです。7月28日のロイターのニュースに書かれているように、ベーカー・ヒューズによると米国の石油採掘企業は採掘施設を8ヶ月連続で減少させたとあります。
昨年比−13%だそうです。これが今後の生産量の先行指標となります。ゾルタンの、バイデン政権のESG移行への補助金政策の中で石油採掘企業は利益を新たな採掘ではなく株主還元と自社株買いに費やしているという主張通りの結果となってきています。
米国の戦略原油備蓄(SPR)は、ウェブサイトに示されているように、6月末時点で337ミリオンバレルと、フルの状態の714ミリオンバレルの半分以下です。
ロイターによると、今年中に12ミリオンバレルを買い戻す予定だそうです。大量に購入すると価格が上がるので、少量ずつ買うということです。
一方、昨年の売却は200ミリオンバレルとあり、ガソリン価格を下げるためでしょうが、大量に売却したことが分かります。これで供給増となったために原油価格が大きく下落したわけですから、湾岸諸国が中国になびいたのは仕方がないのかもしれません。
結論としては、戦略備蓄の放出による供給操作が終了し、ゾルタンの予言どおりにようやく「供給はタイトになった」ということです。
一方、需要はどうでしょうか?6月に投資銀行が予測を引き下げた際には、米国は「地方銀行危機」に瀕していました。
しかしゾルタンによれば「寛大すぎるFED」による「制限のない資金供給」により、これは回避されるようです。リセッションはいつ起きてもおかしくありませんが、銀行危機が回避されたので、6月時点よりは米国の経済状況は好転しているといえるでしょう。
欧州経済は第1四半期よりはマシなようです。中国経済はよくないですが、今年の熱波により化石燃料の消費が増加するのは間違いありません。石油も天然ガスや石炭の1割程度ですが火力発電の燃料となっており、需要が増えるでしょう。
結論としては、6月時点と比べて「世界需要は増加しつつある」といったところでしょうか?
以前紹介したピーター・シフ氏も、ゾルタン同様に供給が抑制される中需要が増加するので、WTI原油価格の100ドル超えを予測しています。
脱ドル化の中でもゾルタンが重視する金利差で米ドル/円は上昇?
Zerohedgeによると、米国の現在の失業率は3.6%でこれは2022年3月の利上げ前と同じ水準だそうです。たった1年で5%もの利上げがあったのに同じとは、確かに考えづらいところです。以前の記事で紹介したように、ピーターと同じくZerohedgeも雇用統計に不信感があるようです。
https://real-int.jp/articles/2128/
また、このピーターの意見を紹介した記事で、彼は価格バスケットの中身が変更されたことによりCPIは1970年代と大幅に異なり、倍にしたぐらいがちょうどいいと指摘していました。
日本の2023年のインフレ率は、野村総研のレポートにあるように4月の+1.8%から上方修正され、+2.5%です。
さらに、「図表1 長期期待インフレ率の各国比較」のチャートを見ると、長期インフレ期待率は個人が+5%に対し金融市場が+0.5%程度と10倍もの差がありますが、他国は0.8倍から2倍に収まっています。
個人的にはインフレ率は2桁上昇していると感じており、日本もピーターの意見にあるように財・サービスの価格バスケットによる統計操作をしているとしか思えません。
誰も指摘しないのが不思議ですが。さらに、来年のインフレ率予測は+2.0%から+1.9%へと下方修正されました。
Forexliveによると、日銀は非常に危ない橋を渡っているそうです。YCCで10年債券の利回りを0.5%から1%まで上昇可能に変更しても、米国10年債券が4%など他国よりも低いままなので、米ドル/円が141円に戻したのは当然で、米ドル/円ロングをやめる理由はないというのです。
これはゾルタンの「短期では金利が重要」という意見と一致します。また、植田総裁が「低すぎるインフレが心配だと発言」しているそうです。
インフレ率は4月の2023年+1.8%、2024年+2.0%から今回は2023年+2.5%、2024年+1.9%へと変更されました。来年の方が今年よりもインフレ率は低いということであり、「利上げはしないというメッセージ」にも取れます。
こうなると米国の利上げが7月で終了となったとしても、日本も利上げがないのならば、今後の「金利差は変わらないまま」です。さらに原油価格の上昇などによりデータ次第の「FEDは再度金利を上げる可能性もまだ捨てきれていない」状況です。
ゾルタンの主張通りに「短期は金利差で動く」のであれば、「脱ドル化の流れの中でも米ドル/円のみはロングでいい」という解釈になります。
【関連記事】
https://real-int.jp/articles/2194/
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