植田新体制下 金融政策の行方
植田氏はハト派?
政府は4月8日に任期となる黒田日銀総裁の後任として、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事を固めた。
事前の下馬評で最有力とされていた雨宮副総裁は、日本経済新聞によれば、就任を打診されたが、辞退したようだ。
黒田総裁の異次元緩和政策の検証が次期総裁の最初の役割となるため、黒田体制下で金融政策運営を事実上取り仕切ってきた自分が総裁に就任するのはふさわしくないとの理由だったようだ。
政府は植田氏を新総裁とする人事案を2月14日に国会に提示し、衆参両院での同意を経て、内閣が任命する予定だ。
植田氏は1998年4月から2005年までの7年間、日銀審議委員を務めた。
植田氏が日銀審議委員に就任した当時の日本経済は、1997年7月に始まったアジア通貨危機が日本にも波及し、山一證券や長銀の破綻と続く金融不況に陥った時期だ。
日本経済は1990年代初めのバブル崩壊の後遺症が続くなか、グローバル経済化による供給力の拡大もあって、デフレあるいはディスインフレが懸念される状況で、金融不況による不良債権問題が経済を停滞させる要因になっていた(図参照)。
景気を刺激するためには、名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利を低くしなければならない。だが、名目金利をマイナスにすることは難しい。
物価が下落する状況では、政策金利をゼロまで引き下げても実質政策金利はプラスになってしまう。
物価が下落するなかでも金利はマイナスにできないという制約のなかで、植田日銀審議委員は、将来の短期金利に対する市場の予想に働きかける時間軸政策(フォワード・ガイダンス)によって、最大限、景気を刺激しようとした。
日銀が2000年8月にゼロ金利政策解除を決めた際には、反対票を投じたことも知られている。このため、植田氏は当時の政策委員のなかでは、ハト派だったとされている。
先週、2月10日、植田氏は記者団の取材に応じて、以下のように述べた。
「金融政策は景気と物価の現状、それから将来の見通しを元に決めていかなくてはいけない。現状の金融政策は適切だと考えている。当面、現状は金融緩和を続ける必要がある」
「政策に関連した発信力ということでは、まず政策の判断を論理的にするということ、判断の結果を分かりやすく説明すること、その二つが大事かなと思う」
「(求められる新総裁の人物像、政策としては)非常に難しい経済情勢なので、予断を持たずに柔軟に、物価、景気の現状と見通しに応じて、適切な政策をするということだと思う」
「当面、現状は金融緩和を続ける必要がある」との発言から、植田氏のハト派姿勢が窺われ、市場も安心したようだ。
リフレ派の黒田総裁と植田氏の考え方に大きな違いがある
だが、現在の日本経済の状況は植田氏が審議委員を務めていた1998~2005年の状況とは違うし、植田氏の考え方はリフレ派の黒田総裁の考え方とも違う。
前述した通り、物価が下落するデフレ下で金融政策で景気を刺激しようとすると、ゼロ金利の制約に直面する。
そうしたなかで、金融緩和の方法として試みられた方法としては、以下のような方法がある。
マイナス金利政策
物価下落に合わせて預金金利などの名目金利を大幅なマイナスにすれば、民間の資金が預金から現金へシフトすることになり、金融システムに問題が生ずるおそれがあるが、銀行間市場などに限定して小幅なマイナス金利であれば実施することは可能。
フォワード・ガイダンス(時間軸政策)
将来の短期金利に対する市場の予想に働きかける時間軸政策(フォワード・ガイダンス)によって、長期金利をできるだけ低下させる政策。植田氏が審議委員当時に主張した政策。
リフレ政策
ゼロ金利制約の根本原因になっているデフレを解消するために、物価を押し上げようとする政策。2013年以降の異次元緩和で実施された政策。
2013年から始まった黒田総裁の異次元緩和は金利のゼロ制約下で、実質金利を押し上げるため、インフレ率を押し上げようとする「リフレ政策」だった。当時の日銀には、経済低迷によって物価下落が起こるというよりも、むしろ、物価下落が経済低迷の原因であるという考え方が強くあったように思われる。
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2023/02/13の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。
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