ゾルタンポズサー【5】世界は新冷戦時代 2023年も60/40には戻らない?
前回の記事はこちら
【1】ブレトンウッズ体制3は起きるのか?
https://real-int.jp/articles/1932/
【2】米ドル時代の終焉と人民元時代の到来
https://real-int.jp/articles/1933/
【3】2023年 FXでの勝者と敗者
https://real-int.jp/articles/1934/
【4】2023年 何に投資をすべきか
https://real-int.jp/articles/1936/
冷戦後30年、パクス・アメリカーナは終わり
2019年から世界は戦争状態にある
ゾルタン・ポズサー(Zoltan Pozsar)氏が「戦争と平和」というタイトルの論文を寄稿しました。「戦争と平和」というと、高校時代に読んだトルストイの小説を思い出しました。舞台はナポレオン戦争時代のロシア。フランス軍が攻め込んでくる中での群像劇です。ロシアがウクライナに侵攻したことで平和な時代が終わり、戦争の時代が始まったとゾルタンは言いたいのか?というのが第一印象でした。
そのとおりであり、ゾルタンによると、実は世界は2019年から戦争状態にあるそうです。米中貿易戦争、Covid-19によるロックダウンとの戦い、米国大統領選挙などに干渉するサイバー戦争、宇宙での衛星戦争、ウクライナ紛争とその後のインフレとの戦いなどが既に起きているそうです。
個人的にいろいろ調べていたのですが、2014年のロシアによるクリミア半島併合が簡単に成功したのは、ロシアによるサイバー攻撃があったからです。前年にウクライナ政府のシステムは「スネーク」というコンピュータウイルスに侵されていました。
ロシア軍が侵攻した際にはクリミア半島の通信センターは改ざん、ウクライナ本土とクリミア半島との間のファイバー網が切断され、連絡が途絶えていたそうです。さらに政府のウェブサイト、ニュースやSNSも見られず、携帯通信も妨害されていました(Russian–Ukrainian cyberwarfare)。こうした混乱の中でロシア特殊部隊と思われる親ロシア派武装集団が議会や政府事務所を占拠、1週間後にはウクライナ軍は投降、併合されてしまいました。
2022年の侵攻においても、ロシアはウクライナにサイバー攻撃をしかけました(2022 Ukraine cyberattacks)。しかし、今回は米国や英国が守ってくれたのです。ウクライナの通信網が遮断されていても、欧米の通信網や衛星は作動していました。そして反対に、米国が衛星からロシア軍の位置を掴んでいたので、ウクライナ軍は的確な攻撃ができたそうです。
ロシアはクリミア併合時と同様に、宇宙やサイバー空間での戦いにより、マスコミの報道にあったように1週間でキーウを占領できる「軍事演習」になると確信していたのでしょう。戦車やミサイルを使用する実弾での戦いが1年間も続くとは全くの想定外だったということのようです。
こうした環境下で、ゾルタンによると、2022年には新たに6つの地政学リスクが発生しました。
- ロシアへのG7による経済封鎖
- EUへのロシアによるエネルギー供給遮断
- 中国への米国による先進半導体と製造装置の輸出制限
- 台湾への中国による海上封鎖
- EUへの米国によるEV分野の輸出制限
- OPEC+への中国の接近と人民元決済の提案
の6つです。今までの原稿には登場していないので、5.については補足説明します。
8月に米国で制定されたインフレ削減法案のことで、10年で約5,000億ドルの米企業への優遇措置です。EUからの電気自動車の輸出には不利となり、米国への工場回帰を促すものです。12月にマクロン大統領が強く反発するコメントを発表(Bloomberg記事)、1月22日にはドイツのショルツ首相も同調しています。
こうした状況は、2023年になっても変わらないそうです。ウクライナから他の地域への戦争の拡大の可能性もあります。前回の記事に書いたようにBRICSが拡大し、トルコとサウジもメンバーとなりますが、これは米ドル依存からの脱却が進むということです。
紛争がない地域で暮らしている西側諸国は冷戦終了後20年以上続いた超大国米国がもたらす平和なグローバリズム時代である「パクス・アメリカーナ」に慣れてしまい、地政学リスクをあまり重視していません。しかし、既に第2次冷戦状態に入っているとゾルタンは言いたいようです。日本のマスコミでも、中国がゼロコロナ対策を放棄したので、春節での爆発的な感染が収まるとコロナ前の状態に戻るという論調が多いようです。
私は個人的には、全くそうは思っていません。ゾルタンに影響されているのも理由でしょうが、1月20日のWTOによると2023年の世界貿易が1%しか成長しないという記事を見つけたからです。
添付の日本語記事
https://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL4N34809A
では、何を言いたいのかが全くわかりません。英語記事をみないと駄目なのです。英語記事によると、WTOは3ヶ月毎に予測を発表しています。昨年10月時点では2022年の成長率は3.5%と7月の3%から上方修正されました。反対に2023年については、3.4%から1%へと下方修正されています。
当時は中国でゼロコロナ政策によるロックダウンが実施されており、習近平主席の再選も確実視されていました。プライドにより政策変更をできず、2023年の貿易に悪影響を与えると思われていたので、1%成長予測は当然でした。
しかし1月時点では、ゼロコロナ政策は撤廃されていました。当然上方修正、7月時点の3.4%以上、昨年の3.5%以上にはなると考えていたわけですが、1%に保留されました。理由は友好国にサプライチェーン網を作るという”friend shoring”です。これはイエレン財務長官などが、中国ではなくインドなどにサプライチェーンを移すべきだと主張する際に使用されている用語です。ブロック化にも警告を発しています。
米国が日本とオランダに最先端半導体を作るための製造装置輸出制限に協力するように求めました。日本は即座に受けいれました。また、韓国の新政権は米軍のミサイル迎撃システムTHHADの配備は自衛手段だと8月に表明していました。中国がビザの停止を韓国と日本にだけ適応したのは、これが原因だと思われます。オランダはEUの一部であり、中国もEUとは争うつもりはないのでしょう。
中国と米日韓との間の貿易も、ロシアとEU間の貿易もコロナ前の水準には戻らないとWTOは見ているのではないでしょうか?さらに、ロシアの石油化学製品への制裁追加と、日本とオランダが米国の最先端半導体輸出制限に追随したことでの中国との貿易戦争の激化により、中国が開国するにも関わらず、前年の3.5%にも満たない1%の増加しか期待できないのかもしれません。
WTOもゾルタンと同じ意見で、既にグローバル化時代は終焉を向かえ、世界はブロック経済時代に入ったと考えているのだと思われます。
CBDCが広がり、米ドル依存脱却が進む
CBDCとは、ビットコインなどの仮想通貨とは異なり、各国の中央銀行が推進する中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency)と呼ばれるものです。アトランティックカウンシルの調査 では、ひと目で進行度が分かります。
バハマやナイジェリアなど導入国は小国ばかりですが、導入直前のパイロットプログラムにまで到達しているのはブラジル以外のBRICS(ロシア、インド、中国、南アフリカ)諸国、中東ではイラン、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連盟)、アジアでは韓国、シンガポール、カザフスタン、マレーシア、タイ、オーストラリア、欧州ではスウェーデン、ウクライナ、アフリカではガーナです。
ブラジルがまだなのは意外でしたが、ロシアや中国と親密な国家が多いようです。韓国は前政権が中国よりでしたし、オーストラリアはやはり中国との貿易が欠かせないからなのでしょうか?
さらに、BIS(国際決済銀行)によるProject mBridgeという越境支払いを瞬時に、安く、どこからでも可能にするというプロジェクトが進行中だそうです。香港、タイ、中国、UAEが参加しています。
タイは国民は親日ですが、クーデター後の政府は軍事政権であり、どうも親中に変わったようです。2022年6月の記事によると、米国は親米であったはずのタイの親中化を憂慮しています 。
ゾルタンの指摘するように、ロシアへの経済制裁がCBDCの普及を後押しし、BRICSプラス中東諸国などが米ドル依存の脱却へと着実に進んでいるようです。
経済の根幹をなす4つの価格が崩れている
ゾルタンによると、経済において重要な4つの価格が崩れてしまっているので、もはや制御が非常に困難な状況になりつつあるそうです。
4つの価格とはpar(基準)、金利、FX、価格レベルです。
まずはブレトンウッズ2において標準であった米ドルへの信頼が落ちており、脱却が進んでいるのは、上記のとおりです。
次に金利ですが、2022年から予期せぬペースで世界的に利上げが進み、最終地点であるターミナルレートも予測不可能となっています。
そしてFXですが、元々変動の激しい仮想通貨や新興国通貨だけでなく、安定しているはずの先進国通貨もボラティリティが非常に大きくなっています。米ドル円相場が昨年、年初の115円から150円まで約30%も高騰したのは記憶に新しいです。2023年に入っても1日の変動が100ピップスを超えるのは普通になっています。
自身のトレードスタイルも昨年まではスイングトレードだったのですが、今年から1日または2日で売り買いするデイトレーダーに近くなっており、結果としては非常にうまくいっています。まさに異常事態なのですが、ゾルタンによるとこの状況が普通になってしまうようです。
最後に価格レベルですが、以前の記事から繰り返されているように、高インフレ時代が続いていくそうです。
パクス・アメリカーナ時代のようにインフレ目標が2%であればQEで簡単に統御できました。利上げも0.25%で始めて、0.5%、0.75%と徐々に上げていけばよいわけです。新時代はこの4つの価格が全て不安定なので統御が困難なのだと、ゾルタンは訴えています。
FEDは年末までにはQEを開始せざるをえない?
ゾルタンによると、今年の8月末ぐらいからFEDがQTではなくQEを始めざるを得ない可能性が高いそうです。理由は、民間が吸収せざるをえない米国の国家負債が第二次世界大戦以来のレベルに膨れ上がるからだそうです。
米国国債の最大の保有者だった中国、やはり大きな買い手だったサウジやロシアは前の記事で説明したように米国国債から金へと外貨準備の構成をシフトしています。日本は自分の事で手一杯になるそうで、民間銀行も購入意欲は低いようです。
こうした中、イエレン財務長官がデフォルトによるリセッションを警告しています。デフォルトにより米国国債が格下げとなり、米ドルの信任が落ち、準備高が金へと流れ、リセッションになるというものです。ゾルタンの予言と一致しています。
ウクライナ侵攻への制裁で、米国はBRICSプラスサウジとトルコに米ドルを使用させない方向へと舵を切ってしまいました。米国株が下落すれば従来の投資家は債券を購入してくれます。株が下落せず、債券が売られれば、誰も米国債券を買わなくなり、その後株も下落します。チェックメイト状態だそうです。
2023年末までには米国債券の買い手がいなくなり、FEDが買わざるをえなくなり、QEになるわけです。但し、インフレ下、高金利下でのQEであり、国債に金利目標を持たせるYCCを装ったQEとなるそうです。米国債金利(おそらく10年)のOIS(オーバーナイトイントレストレイト、LIBORと異なり翌日金利を参照し固定金利と変動金利を交換)のようです。
ポートフォリオへの影響
ゾルタンによると、第2次冷戦時代のポートフォリオはパクス・アメリカーナ時代に王道だった株式60/債券40ではなく、現金20/株式40/債券20/コモディティ20が基本になるそうです。
投資の神様のバフェット氏が昨年にキャシュが王様であり、債券には興味がないと言った言葉は正しく、株式と債券の両方が下げました。戦争が続く2023年も同じだということです。
コモディティには3つのゴールドがあるそうです。黄色の金、黒色の石油、白のリチウムです。これに銅やコバルトが加わります。長年投資が行われておらず、供給がタイトになっているそうです。特に石油においては、米国がシェール革命で世界一になったわけですが、民主党政権となりESG投資に注力しているため、化石燃料の開発意欲は低いのではないでしょうか?
米ドルは前回の記事に書いた私の意見と同じで、すぐに下落するわけではないとゾルタンは語っています。外貨準備における金への転換とCBDCの発展で徐々にその地位を失うからです。
米ドルの価値は上記の4つの価格で決定されます。標準ではなくなりますが、それには時間がかかります。金利は他国と比較して高いですが、2023年の利上げ率は見劣りするはずです。インフレが続き、コモディティが強くなるので、資源国通貨は高くなるそうです。
コモディティ国なのはプラスだが、金利のプラス面は減り、標準ではなくなるので中長期的には下ということでしょうか?
オーストラリアの新政権はクアッドメンバーでありながら、インドのように中立を装っているのでしょうか?12月末に両国の外相が会談、6分野での対話の始動・再開に合意したそうです。
そして、1月4日に中国が石炭の輸入規制見直しのニュースが流れると、豪ドルが急伸しました。8日に再開、12日に規制撤廃のニュースでさらに上昇しました。オーストラリアは資源国である上に、中国との貿易も再開されるようなので、西原宏一さんおすすめの豪ドルは期待できそうですよね?
ところで、ゾルタンによると、インフレが続き、利上げも続くので債券は売り、株も売り、金や石油などのコモディティが買いということのようです。株にも債券にも楽観的になりつつある、他のストラテジストとは意見が異なるようです。
そして、その理由がようやく理解できました。トルストイの言葉を引用しているからです。日本や米国では法律や医学、経済などの実学が幅を効かせ、文学や哲学、歴史などのお金につながらない職業についている方は肩身の狭い思いをされています。
しかし、欧州や英国では異なります。上流階級の教育にはフランス語どころかラテン語、ホメーロスやシェイクスピアからの引用も使われるのは映画などでご存知の方も多いでしょう。ゾルタンはハンガリー人ですから、やはり歴史を重視しているようで、ナポレオン戦争とウクライナ侵攻を重ねているのでしょう。
そして引用している言葉は、「最も難しい主題であっても、先入観を持っていないのならば、最も頭の悪い人にも説明できる。しかし、最も簡単な主題は、眼の前に横たわっていてさえいても、何の疑いも持たず、もう答えを知っていると固く信じている最も頭の良い人に対しては、明らかにはならない」というものです。
簡単に言うとゾルタンは、「最も頭が良い範疇に入るストラテジスト達は、もう平時ではなく戦時に入っているという事実に気がついていないので、今年は60/40が復活すると考えている」と言いたいのではないでしょうか?
【関連記事】
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