米国経済はソフトランディングできるか
過去のデータは通用しない可能性
11日、イエレン財務長官(前FRB議長)が次のようにCNNインタビューで語った。
景気後退リスクが絶えず付きまとう中で、インフレを抑えるにはFRBは判断力を働かせなければならない。もちろん、リセッション(景気後退)は懸念材料だ。
FRBがソフトランディングと呼ぶこともあるものを達成するためには、素晴らしい技量と幾らかの幸運も必要だろう。
ソフトランディングでは、雇用市場の強さを維持しながらインフレを抑えられる。ソフトランディング達成への道はまだある。
雇用市場は好調で力強い。これを維持することは可能だと思う。ただ、長期的にはインフレを抑制しなければ雇用市場が堅調を維持することはできない。
サマーズ元米財務長官をはじめとする著名なエコノミストらは、リセッションが近いと予想しており、WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)の調査によると、米国民の半数は既に景気後退入りしていると考えている。
FRBパウエル議長は景気がインフレ鈍化をもたらす程度に減速するものの、失業率はそれほど上昇しない「ソフトランディング」について言及するのをやめ、痛みを覚悟するよう警告し始めた。こうした悲観的な見解は正当化されるように思えた。
しかし、ここに来て、その可能性がゼロではなく、2日に発表された雇用統計で、就労者数の伸びが続く一方、賃金の伸びは鈍化し、労働力人口は増加したことが示されたのを受けて、その可能性は高まった可能性がある。
ソフトランディングの主な障害は過去の記録だ。第2次大戦後、ソフトランディングは1965年と1984年、1994年の3度達成されているが、いずれの場合でもFRBはインフレ率の引き下げを図ったのではなく、上昇を抑えようとしただけだった。
現在のようにインフレ率が高過ぎてFRBが、その引き下げに乗り出した際には常に景気後退が起きてきた。
しかし、当時は市中の期待インフレ率(先々のインフレ率予想)がずっと高かったため、賃金や価格設定に関する行動を変えるためには高い失業率が必要だった。現在の期待インフレ率はずっと低い。
例えば、通常の債券と物価連動債の利回り差はインフレ率が向こう5年間で2.4%になるとの見込みを示しているほか、ミシガン大学とNY連銀の調査も同様の推測をしている。
つまり、実際のインフレ率を2%に戻すのに、厳しい金融引き締めは必要ないという見方ができる。
また、今日の経済は新型コロナウィルス感染症のパンデミックや、全く予想外に勃発したウクライナ戦争(しかも長期化必至でエネルギーをはじめ国際商品市況に多大な影響)、グローバリゼーションの大混乱―によって歴史的に異様な体制に突入しているため、これまでに成長率や失業率およびインフレ率の間に成立していた関係を当てはめられない。
労働需要(求人)は失業率の継続的な低下ではなく、求人の多さや賃金の急速な伸びに表れる。反対に、労働需要の冷え込みは求人の減少や賃金の伸びの鈍化として表れ、必ずしも失業率が上昇するわけではない。
1年後の失業率も4%程度(現在3.7%)とそれほど高くはならないのではないか。
しかも、多くのモノの市場では需給バランスの比較的小さな変化なのに、インフレ率だけが突出して大きく変化している。
家賃が大きく上昇し且つピークアウトしても下がりにくい特性があることは確かだが、例えば中古車の市場では既に大きな値下がりが続いている。
ソフトランディングが実現するためには、経済成長率が長期的なトレンド(潜在成長率に近いレベル)である1.75%を下回る水準まで低下しなければならないが、今年上半期の成長率はわずかにマイナスだが、下半期は2%程度の底堅い成長が予想され、12ヵ月平均では1.25%前後の成長率が見込まれる。
また、労働市場の需給関係も緩和を始めているのではないか。賃金の伸び(全雇用者ベース)は8月、前年同月比5.2%と3月の同5.6%をピークに低下基調にある。
2~2.5%のインフレ率との整合性を実現するには賃金の伸びが4%に低下する必要があるも、ここから1年以内にそのレベルに戻る可能性は十分にあると思われる。
7月に8.5%となったCPI(消費者物価)上昇率が、FRBのインフレ目標である2%に低下するまでには長い道のりが必要である。
だが、この指標に注目してしまうとFRBのなすべき仕事が水増しされてしまう。FRBの目標はPCEデフレーター(個人消費支出物価指数)に基づいており、こちらの7月分は6.3%の上昇。
しかも、この上昇は食料とエネルギーによって押し上げられたもので、すでに低下し始めている。7月のコアPCEデフレーターは4.6%の上昇と2月の5.3%をピークに急速に鈍化しつつある。
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(この記事は 2022年9月11日に書かれたものです)
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