欧州エネルギー危機の窮状
8月26日のFRBパウエル議長講演は、ほぼ完璧なインフレ・ファイター論だったことで市場は明らかに動揺し、「ジャクソンホール・ショック」と名付け始めた。
しかし、こうした傾向になることはエコノミストには少なくなかった。筆者も8月9日号・16日号でその方向性を記しておいた。ゆえに、そんなにインパクトが大きい内容でもなかろう。
https://real-int.jp/articles/1719/
https://real-int.jp/articles/1727/
市場が「大変だ。リセッション下でも利上げが続く」と懸念するのは勝手だが、FRBが市場の“楽観解釈”に釘を刺しただけのことであり、結局は景況・インフレ動向のデータ次第で臨機応変するしかないのがFRBなのである。
コロナ禍が依然として世界経済に深く影響を与え続けており、貿易・所得(企業・家計)、債務(国・企業・家計)、果ては労働への価値観まで大きな、しかもまだ流動的な変化を重ねている。
そこへウクライナ戦争が勃発したのだから、経済やインフレの先行きを予測できる地合いなんぞ無きに等しい。
例えば突如、ウクライナ戦争が無期停戦となったり、原油価格が急落、もしくは再び強烈なウイルス感染が世界に拡大、中国経済が大きく後退…といったサプライズが、さまざまな組み合わせで起きた場合、「ジャクソン・ショック」の価値は吹き飛んでしまうものだ。
つまり、コロナ禍とウクライナ戦争下という極めて希有な世界情勢の中での一局面にすぎないわけで、「FRBはターミナルレート(政策金利の頂点)を今年年末に4~4.5%に想定している」といった類いの予測も、賞味期限が極端に限られてしまう。
一喜一憂しないことが重要であり、「ジャクソンホール・ショック」も、結局、「そんなこともあったなあ」ぐらいに忘れ去られよう。
そんなことより、今一番の注目は「欧州のエネルギー危機」であり、中でも深刻なガス危機に突入したドイツの窮状であり、英国の危機である。
青息吐息のドイツ経済へ
ロシアは6月半ばに欧州向けガスパイプライン「ノルドストローム1」を通じた天然ガス供給を通常水準の4割に削減。
7月11日から10日間の保守点検作業による閉鎖を経て、7月末にはさらに通常の2割の水準まで落としている。
ロシアは既に4月後半にポーランド・ブルガリアへのガス供給を停止、その後フィンランド・オランダへの供給も停止している。
さらに8月31日から9月2日にかけて保守点検を理由にパイプラインの全面封鎖も発表している。明らかにロシアのエネルギー戦略であり、最もエネルギーを必要とする冬に向かって、ロシアの戦略が一段と厳しくなることは目に見えている。
ウクライナ戦争開始以来、EUはロシアからのエネルギー輸入の削減を急ぎ、代替の供給先探しに奔走している。
しかし、輸送にパイプラインなどのインフラが必要となる天然ガスの調達先確保は難しい。
EUは6月末に域内のガス施設に貯蔵義務を課すことで合意し、加盟国に11月1日までに少なくとも容量の80%を満たすよう求めている(2023年以降は90%)。
現在、EU全体ではほぼ80%を達成しているものの、加盟国によって貯蔵能力にばらつきがあるため、能力の低い国は高い国の設備に貯蔵することになる。
EUはロシアからのガス供給停止に備え、7月末にはガスの使用量削減でも合意している。8月から2023年3月末まで、自主的にガス使用量を15%削減する。
供給が危機的水準にまで減った場合には、削減は義務化される。問題はロシアからのガス輸入に大きく依存してきたドイツ(EUのGDPの3分の1近くを占める)である。
今のところ10月中に貯蔵率85%の目標を9月初めにはクリアーできるというが、暖房使用時期と重なる「11月中に95%貯蔵率」は事実上、不可能。
ドイツは緊急度に応じて3つのレベルを設定した「ガスに関する緊急計画」を策定している。
すでに6月からはレベル2(警戒)に引き上げられ、このままガスの供給が不足し、企業や市民に対するガス消費の抑制措置が機能しなければ、冬にレベル3(緊急)となり、ドイツ政府が介入してガスの配給性が導入される。
すでに公共施設での温水供給停止、公園の噴水、歴史的建造物のライトアップ停止という状況下にあっての配給制となると経済・社会への大打撃は必至。政府は休業リストも策定している。
本格的なガス不足が回避できたとしても、さらなる価格高騰は避けられない。
8月26日の欧州天然ガス価格(オランダTTF9月物)は340ユーロ/メガワットと、2021年の前半(30ユーロ)の10倍以上を記録した。
こうした動きを受けてドイツ8月の消費者物価(CPI、EU基準)は、前年同月比+8.8%(7月は+7.5%)と大きく上昇。ドイツ連銀は10-12月には10%の大台に至るとの予測を示している。
EU欧州委員会フォンデアライエン委員長(EUの首相)は8月29日、以下のように伝えた。
「エネルギー市場への介入の準備を進めている。短期的には高騰する電力コストの押し下げを目指し、いずれは電力の価格のつながりを断ち切ることを目標とする。向こう数日から数週間以内に手段を取りまとめる。ひとまず9月9日に臨時EUエネルギー担当相会議を開く」
事態は深刻そのものといえる。ドイツでは8月末、9ユーロで公共交通機関を乗り放題とする家計支援策が終了する。
10月からは、経営難に陥ったガス輸入業者への救済の一環としてガス調達コスト上昇分を消費者に転嫁することを許可する。
2024年3月末までは2.419セント/キロワット分の上乗せ、年間の家計負担増は単身世帯で、平均97ユーロ(約1万3千円)、4人世帯では290ユーロ(約3万9千円)になる。
しかも、その後は3ヵ月毎に見直しされるという。
さらにドイツのライン川(産業活動や石炭輸送に不可欠)が異常気象で、歴史的な水位低下に見舞われており、例年秋に向けて水量は一段と少なくなるゆえ、産業界にとっては死活問題になってきている。
英国の物価は青天井へ?
英国はロシア産ガスの依存度が低く、必要とされるガスの半分は領海である北海から得ている。
ただし、英国は再生可能エネルギーへの移行を急ぎ、化石燃料であるガスの貯蔵施設は必要ないとばかりに、大規模な貯蔵施設を閉鎖してしまっており、それがここにきて致命傷となっている。
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(この記事は 2022年8月30日に書かれたものです)
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