ロシア・ウクライナ戦争とトルコ
ロシアは5月9日の戦勝記念日を前に、ウクライナ東部と南部で軍事行動を激化させている。
国際社会では、このロシア・ウクライナ戦争の影響により食糧・飼料価格、エネルギー価格などが上昇したことで、レバノン、スリランカをはじめいくつかの国では経済状況が悪化し、政治不安や人道危機が生じはじめている。
世界経済に暗い影が落ちる中、4月27日、ロシアのガスプロムが、ポーランドとブルガリアへの天然ガス供給を完全に停止すると発表した。
また、翌28日付けロイター通信は、関係者の話として、「OPECプラス」の5月5日の会合では、6月も現行の緩やかな増産維持が継続されると報じている。
ルーブルでの天然ガス代金の支払いを求めているロシアに対し、EU諸国はユーロ建てで支払いを行う姿勢を示している。
しかし、ドイツの「ウニバー」や、オーストリアの「OMY」といった大手エネルギー会社は、「支払時の新たな通貨交換の仕組みを検討している」と、苦しい対応状況について語っている。
欧州は、ガス需要の3分の1以上をロシアに依存しており、国際エネルギー機関(IEA)とEU委員会が4月23日に発表したロシア産エネルギー依存脱却対策を見ても、急速なエネルギー・シフトは難しい。
さらに、リビア情勢の悪化により石油輸出が停止する事態が起き、期待されていたアルジェリア産天然ガス・石油の増産能力は限られていることも判明した。
こうした状況から見て、当面、ロシアはエネルギー資源により財政を支え続けることが可能であるため、戦争が長期化する蓋然性は高い。
以上のような国際情勢を背景に、ロシアとウクライナとの仲介役を務めるトルコの外交が、再び注目されている。
トルコは、3月29日には両者の対面での停戦交渉の場を提供した後も、両者との接触を続けており、4月24日には、エルドアン大統領が、プーチン大統領、ゼレンスキー大統領と電話会談を行った。
また、4月27日のロシアと米国間の捕虜交換の仲介役も果たし、翌28日のエルドアン・プーチン両大統領の電話会談では、プーチン大統領がトルコの仲介に謝意を示したと報道されている。
このように、トルコは、孤立化するロシアの窓口の役割を果たしているといえる。そこで、以下では、ロシア・ウクライナ戦争をめぐるトルコの関与に注目し、その動向を検討する。
トルコ・ロシア関係
まず、トルコとロシアとの関係の現状を整理しておく。
(1)トルコは、天然ガスを全面的に輸入に依存しており、その多くをパイプラインでロシアから調達している。
(2)トルコが国際介入をしているシリア内戦では、その終結に向けてロシアと協調政策をとっている。
(3)トルコは、ロシアの防空システムS-400を、米国の強い反対を押し切って導入している。
(4)トルコは、多くのロシア人観光客を受け入れている。
(5)トルコにとって、ロシアは農産品の輸出先になっている。
(6)2014年のロシアのクリミア半島併合に際し、トルコはこれに反発し、同半島からクリミア・タタール人(トルコ系)の避難民を受け入れている。
(7)トルコは、地中海から黒海へのルートとなるボスポラス海峡とダータネルス海峡における航行管理をしており、両海峡を航行する船舶の40%がロシア船舶である。
ロシアがウクライナに侵攻した際、注目されたのは、上記(7)の地中海から黒海への航路管理である。
地中海-黒海ルートの重要性
トルコのヒュリエット紙(2月10日付)は、ロシア軍が黒海海域で演習を行う目的で、地中海から6隻の上陸用舟艇を移動させていると報じた。
その記事は、ベラルーシ領土内でのロシア軍との演習と合わせてみると、ウクライナが包囲されている状況だと指摘していた。このように、トルコは艦船の海峡通過情報を通し、ロシアへの監視の目を持っている。
NATOの安全保障システムとしてトルコを排除できないのは、NATOで最大の陸軍を有することだけでなく、こうした地政学的要因もある。
さらに、トルコにとっての強みは、海峡管理において艦船の航行を制限する権限を有していることである。
本来、海峡では自由航行が認められている。トルコの場合、ローザンヌ条約の通航に関する規定が1936年のモントルー条約で改正され、商船は自由航行、艦船はトルコ政府が制限することになった。
今回のロシア・ウクライナ戦争では、3月1日に、チャヴシオール外相が、黒海の入り口となるボスポラスおよびダータネルス海峡の艦船の通航を、全ての国を対象に認めないと表明している。
この措置は、米国をはじめとするNATOの要請によるものだとアル・ジャジーラなどが報じている。
トルコは、NATOの一員であるだけでなく、EU加盟申請国でもある。
このため、NATOへの戦争の拡大を阻止する対応をとる必要がある。
その一方、国内では、通貨リラ安、物不足による物価の高騰や、シリアなどからの多くの難民の流入という問題を抱えている。こうした社会・経済状況下にあるため、ロシアに対し、経済制裁などの強い姿勢をとることができない。
そこで、全ての国に対する艦船の海峡通航制限をとる一方、経済制裁へは参加せず、ロシアとウクライナとの停戦交渉の仲介に努めるという政策を選択したと考えられる。
そのトルコにとって、もう1つ、地中海と黒海を結ぶ海上ルートにとって重要な要素がある。それはE40水路計画がもたらす海運である。
ロシアのウクライナ侵攻とE40水路計画
3月27日付のトルコ紙ミリエットで、トルコのイスタンブール・トプカプ大学の教員で、トルコ海運・グローバル戦略センター長のジハット・ヤイジュ退役少将は、E40水路計画は、ロシアのウクライナ侵攻の重要な理由の1つといえると述べている。
それから1カ月以上が経過した現在、ヤイジュ氏が同記事で、今後注目すべき都市と指摘したウクライナ南部のへルソンで、ロシアは「ロシア化」を進めつつある。
E40水路計画は、2013年にポーランド、ベラルーシ、ウクライナにより発案されたもので、欧州復興開発銀行が計画への実施調査支援を行っており、ゼレンスキー大統領もこれを積極的に推進していた。
E40は、ポーランドのグダニスク市から、バルト海に流れるブク川、ベラルーシ領を流れるプリピチャ川とドニエプル川とをつなげ、黒海へと合流するへルソン市とを結ぶ長さ2000kmの内陸水路計画である。
この計画に対しては、自然環境破壊、放射能汚染水問題、水資源問題などから「StopE40」と称する反対運動も起きている。
また、2014年にロシアのクリミア侵攻があったことからも、その動向が注目されてきた。
2020年、E40水路計画に前進が見られた。ウクライナのゼレンスキー政権が、ベラルーシのルカシェンコ政権とプリピチャ川の浚渫に関する協定を締結し、8カ所で浚渫を実施したのである。
また、同年11月、ゼレンスキー政権は閣議で、中国とのインフラ建設分野での協力協定の草案および、インフラ担当大臣の同協定への署名権限を承認し、中国から融資を受ける準備を整えた。
E40水路計画は年間最大400万トンの貨物を輸送することが想定され、バルト海と黒海をつなぐことで、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナの水路開設国に大きな利益をもたらすものである。
さらに、東欧・北欧諸国との交易拡大をはかる中国などの国にとっては、海上運搬日数が短縮されるという利点がある。このため、同計画は、国際的物流ルートに大きな変化を生む構想とみられている。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方はイーグルフライをご覧ください。
(この記事は 2022年5月2日に書かれたものです)