天然ガス価格の高騰と米国の中東政策
9月20日、ロイヤル・ダッチ・シェル社は、来年初めにかけて同社の石油・天然ガス生産量がハリケーン「アイダ」の被害で大幅に減少すると発表した。
また、同日、ノルウェーノエクイノール社が、アジアの液化天然ガス需要拡大により供給減少になっている欧州市場に対し、10月1日より、1年間20億立方メートルの増加輸出を行うと発表した。
このようなエネルギー各社の発表と時期を合わせて、フィナンシャル・タイムズ紙(9月29日付)は、「原油価格80ドル突破、欧米の冬場のエネルギー危機も」のタイトルでエネルギー市場の動向を報じている。
同記事では、天然ガス価格の上昇が原油価格を引き上げていることも指摘している。エネルギー市場では、新型コロナウイルス感染症による景気後退からの回復をはかる世界経済や、地球温暖化対策で脱炭素化に向けて国際協調を目指す環境政策にとって逆風が吹きはじめている。
こうしたエネルギー市場の動向のなか、米国のバイデン政権は、前トランプ政権下で成立したイスラエルとアラブ4か国(アラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコ)との国交正常化(アブラハム合意)を支援する動きを見せている。
以下では、このようなバイデン政権の対中東政策を分析することで、今後、同政権がエネルギー市場でロシアや中国とどのように対峙するかを考えてみたい。
そのことは、バイデン政権による、アフガニスタンからの米軍撤収作戦で著しく低下した米国と同盟国との信頼関係や、傷ついた米国民の誇りなどのダメージ・コントロールの行方を考える上でも重要だろう。
本稿の結論を先に述べるならば、米国は、エネルギー市場の調整機能を維持することで国際社会のエネルギーシフトに貢献しようとしている。
そのために、米国は、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールの3カ国を重要なパートナーととらえ、中東和平問題やペルシャ湾の安全保障問題に関し、この3カ国との政策協調を重視するだろう。
また、米国は、この政策協調を通し中東地域での自らの存在意義を示すことで、ロシアと中国の同地域への進出を妨げようとしていると考えられる。
エネルギー価格上昇の背景
まず、現在のエネルギー価格上昇の背景についてみておこう。
天然ガス価格上昇の要因として、長期的に見れば、石炭、石油からCO2の排出量が少ない天然ガスへのシフトが世界的に進んでいることによる需要増が挙げられる。
また、短期的にみれば、世界的な景気回復の動きや、再生可能エネルギーの発電を妨げる天候不順などの要因がある。
パンデミックのなかで起きた今回のエネルギー価格急上昇により、イギリスでは小規模エネルギー供給企業の一部が倒産した。
一方、スペインとイタリアではエネルギー料金の値上げを抑える政府介入が行われ、フランスでは料金の値上げにともない低所得世帯の負担軽減をはかる給付金支給が実施されている。
中国については、政府がCO2の排出量の削減目標を示したことで火力発電源が石炭から石油や液化天然ガスに変わりつつある。
また、同国は、来年2月に行われる冬季オリンピックに向けて、大気汚染をなくすためにクリーンエネルギーへの転換を急いでいる。
そのため、電力供給に問題が生じ、東部地域を中心に中国各地で停電が起き、工業生産活動に影響も出ている。
こうした中国のエネルギーの転換が主要因となり、天然ガスの供給がアジア地域で拡大しており、それが原油価格の上昇にもつながった。
間もなく暖房需要期を迎えるEUでは、天然ガスの貯蔵施設の在庫が過去の水準以下になっており、今後、輸入が増加すると予想されるが、EUへの主要供給国であるロシアが過去に比べて供給量を絞り込んでいるとの報道が流れている。
そこには、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」に関し、ドイツやEUに稼働承認を早めさせようとするロシア側の思惑があるとみられている。
このため、国際エネルギー機関(IEA)は9月、ロシアに対し、EU向け天然ガスの供給量を増加するよう要請している。
以上でみたように、EUのみならず世界中の天然ガスの需給ギャップを埋めるためには、中国の天然ガスへのシフト、ロシアの供給制限が重要な課題といえる。
こうした状況のなか、米国や湾岸アラブ産油諸国は、天然ガスの輸出拡大や新規開発プロジェクトへの投資を進めるかが注目される。
(この記事は 2021年10月4日に書かれたものです)
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