揺れ動く東アジア情勢と日本の立ち位置
東アジアの地合い=東京五輪外交
菅首相は7月23日の東京五輪開会式と前後して、訪日した各国要人らと相次いで会談した。
短時間の会談を次々にこなす「マラソン会談」だが、「首脳級」は次回開催国フランスのマクロン大統領や、米国のバイデン大統領夫人のような代理、国際機関の首脳を含め12ヵ国・機関にとどまった。
日本政府内には当初、開会式に100以上の国・地域の首脳級が訪れると期待する声もあっただけに、目算が狂った格好だ。
新型コロナの緊急事態宣言下で当然の帰結と言えるが、東アジアに関しては外交関係の「地合い」が影響した面もある。
東京五輪は近隣諸国にとっても意味の大きいイベントで、韓国のように朝鮮半島をめぐる首脳外交の舞台にする構想を描く国もあった。しかし、北朝鮮は4月に1988年のソウル五輪以来となる夏の五輪不参加を表明。
中韓両国は大型の選手団を派遣しながら、首脳級の訪日を見送った。国によって事情は異なるが、中国は国家体育総局局長を派遣した。
最高指導部の政治局常務委員が、天皇陛下の即位の礼に参列した王岐山国家副主席の出席を期待する声があったものの、日中関係が悪化に向かう情勢などを踏まえ、中国側が閣僚級の派遣にとどめたとの見方が報じられた。
韓国の文在寅政権は、日韓首脳会談の成果が見込めないことを訪日見送りの理由に挙げた。東アジアの国際関係の現実を反映した格好だ。
結局、米中関係が色濃く影を形成
最近の東アジアの国際関係の地合を決定づけたのは、米中バトルのエスカレートだ。
バイデン米大統領は2月4日に行った新政権発足後初の外交演説で中国を「最も重大な競争相手」と位置付け、「中国の経済的虐待に立ち向かい、攻撃的かつ威圧的な行動に対抗し、人権や知的財産、グローバル・ガバナンスへの中国の攻撃を押し返す」と強調した。
対中国を外交課題のトップに据え、2月24日には、
(1)半導体
(2)電気自動車(EV)などに使う高容量電池
(3)医薬品
(4)レアアース(希土類)
などの重要品目のサプライチェーンを見直す大統領令に署名した。
対中競争戦線を安全保障から科学技術、経済などに広げ、NATO(北大西洋条約機構)や日韓豪などの同盟国も巻き込み、「対中包囲網」の構築に動き出したのである。
因みに、中国の国家安全副部長で中国諜報部門の実質ナンバーワン=董経緯氏が米国に亡命したのはこの時期。
彼が持ち出した情報には、武漢のコロナウィルスに関する極秘情報、米国に潜入した中国人スパイリスト、中国人が米国に持ち出した秘密資金、米国で学ぶ政府高官の子弟リストが含まれるという。
対中包囲網の最前線に位置付けられたのが東アジアだ。
3月の日米豪印クアッド首脳会議に続き、日米、米韓の外務・防衛閣僚会議(2プラス2)を相次ぎ開催。対面での首脳会談も世界に先駆けて日米、米韓の順に開き、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する共同声明を発表した。
中国対策を念頭に、サプライチェーンやハイテク分野の研究開発、輸出管理など経済安全保障の協力も打ち出した。
対する中国習近平国家主席は、7月1日の中国共産党創立100年の記念式典で「台湾の完全統一は党の歴史的任務だ」と表明。「外部勢力が私たちをいじめ、圧迫することも決して許さない」と述べ、香港や台湾、新疆ウイグル自治区をめぐって対立を深める米国に対抗する姿勢を鮮明にした。
「偉そうな能書き、説教を絶対に受け入れない」という訴えは、中国人民のナショナリズムを刺激し、西側で想像する以上の支持を集めているようだ。
習近平政権は経済面では「双循環(2つの循環)」と呼ぶ内需に軸足を置いた新たな成長モデルの構築に着手し、米国の政策に影響されない独自のサプライチェーンづくりに拍車をかける。
安保を理由に戦略物資などの輸出制限を強化する輸出管理法を施行するなど、米国に対抗するための態勢固めを急ピッチで進め、反外国制裁法も制定した。
米中双方と密接な経済関係を築いている日本や韓国などの企業は、米中のエンティティリスト(貿易制限リスト)指定や制裁の回避に神経を使わざるを得なくなった。
米中の戦略的な競争は地政学的な競争と、人工知能(AI)などの技術覇権競争が同時進行しているのが特徴だ。
かくして、ここ数十年、産業ハイテク化の波に乗って世界経済の成長センターとなってきた東アジアは安保、経済の両面で米中バトル・エスカレートのリスクを背負い込むことになったのである。
米中バトルの特徴と東西冷戦の違い
米中の戦略的な競争が東西冷戦下の「米国VS旧ソ連」のような対立関係であれば、同盟国の対応はある意味で簡単だ。軍事でも経済でも事実上、陣営のシステムや掟に従う以外に方法がないからだ。
しかし、米中関係は、当初、米国が中国を組み入れた世界覇権を目指していたことがネックとなり、極めて複雑で、最近よく使われる経済の「デカップリング(分断)」という言葉も独り歩きしているところがある。
かつての冷戦時代と違って、いまの米中は経済面で相互依存が進んでおり、切り離そうにも簡単に断ち切れない関係が二重、三重にでき上がっている。
新型コロナ禍で中国の「マスク外交」や高圧的な「戦狼外交」への批判が高まり、医薬品や戦略物資の中国依存への警鐘が鳴らされた2020年ですら、中国の対米輸出は前年比7.9%の増加となり、直近の2021年4-6月も前年同期比23%増を記録したのが現実だ。
対抗色が強い安保の面でも、米中関係は簡単に割り切れない。
最大の焦点である台湾をめぐって、米国では中国による武力侵攻の可能性が高まっているとの見方が強まり、米中は激しく牽制し合っている。
台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する日米首脳の共同声明を受け、日本も共同計画や作戦面を含め、日米同盟をどう深化させるかという問題に正面から向き合わざるを得なくなった。
ただ、実態的には米国はもちろん、中国側も台湾への軍事的緊張を高める環境にないことは分析済み。
それでも日本は米国の「6年以内の軍事侵攻予測」論に沿っての具体的な軍事的準備を急ぐしかないというのが安倍・菅政権の結論となっている。
実際、米政府高官は状況に応じて「(台湾の)独立は支持しない」(米国家安全保障会議キャンベル・インド太平洋調整官=現実外交派)とあっさり表明する。
戦略的バトルといっても、気候対策をはじめ地球規模の視点で米中の協力が、期待されている分野もある。
米中の戦略的バトルは長期化するとの見方は支配的だが、起伏に富んだ動き(もっとハッキリ言えば水面下では存在を容認し合っている)をしてきたのが、これまでの米中関係の歴史であり、両国関係は常に流動的な要素をはらんでいる。
米国と同盟を結び、中国とも安定的な関係を求められる日本としては思い込みを排し、したたかな姿勢の強化で渡り合っていくしないのである。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年8月1日に書かれたものです)