FRBは雇用の実態を見誤っている
高失業下の人手不足の要因
経済活動の再開が急ピッチで進む米国では、高失業下の人手不足という異常事態が生じている。
6月の失業率は5.9%と昨年4月の14.8%という水準(コロナ禍)に比べれば大きく低下したが、いまだに900万人を超える失業者が存在する。
フルタイム職に就きたくても求人が見当たらず、仕方なくパートタイム職に就いている労働者(不完全失業者と呼ばれる)も463万人いる。
16歳以上人口に占める就業者の割合を示す就業率は5月58.0%であり、昨年2月(コロナ禍直前)の既往ピークと比べて3.1%ポイント低い水準にとどまっている。
雇用情勢の厳しさを示す指標が並ぶ一方で4月の米企業求人数は929万人に達し、5月には失業者数を上回った可能性が高い。
全米商工会議所が行った主要業界団体に対する調査によれば、採用の難易度について、53%が「人材を見つけるのが困難」、24%が「極めて困難」と回答している。
失業に苦しんでいるはずの労働者の目にも、求人は極めて豊富に映っている。
カンファレンスボードの消費者アンケート調査によれば、「求人は豊富」と回答した割合から「職を見つけるのが難しい」と回答した割合を引いた雇用判断DIは5月=34.6%ポイントと、ここ数カ月で急上昇している。
高失業下の人手不足はなぜ起きているのか
寛大な失業給付による就労回避効果
第1に考えられるのが、寛大な失業給付による就労回避効果である。失業給付の水準が高いために失業者が求人に応えないという問題だ。
新たに職に就いた際に期待できる賃金水準が低い失業者(スキル不足などで)ほど、就労回避効果が高く働く。
推計では5月時点で140万人分の雇用が抑制されており、9月6日(失保上乗せ支給期限)以降には、その抑制分が戻ってくると期待されている。
バイデン政権は3月に成立した米国政府プランにより、失業給付の特別加算制度を継承させた。
トランプ政権下で昨年実施された週600ドルと比べれば半分の金額に縮小されたが、通常の失業給付(2020年実績は平均週319ドル)と合わせれば週600ドルを超え、1ヵ月では相応(2400ドル=約26万4千円)の金額になる。
全米商工会議所によれば追加給付受給者の4人に1人、また米シンクタンクによれば労働者の37%が、実際に働く場合よりも多くの収入を失業保険給付の特別加算によって得ていると指摘している。
米連邦政府による特別加算制度は一応、9月6日のレイバーデイまでの期限だが、州政府には参加・不参加の裁量が認められている。
共和党知事を抱える25州は、当該制度が人手不足の原因であるとして、9月6日を待たずに参加を取り止めることを決めた(6月下旬時点までで)。
5月末時点で特別加算制度に基づき給付を受けている失業者(継続受給者)は、全米で516万人も居り、このうち参加を取り止めた州の継続受給者は126万人で24%を占める。
果たして、特別加算制度の終了によって、どれぐらいの失業者が求人に応じるようになるのか。
推計によると、特別加算制度の失保給付者約500万人のうち、9月6日以降に140万人程度が就労し雇用押し上げ効果につながるとされてはいるが、実際にどうなるのかは定かでない。
特別加算支給分合計(2020年3月~21年8月分)は1人当たり、多い人で8000ドルになる。
これを全て、消費や負債の返済に使用してしまった労働者は、そんなに多くはないし、新型コロナ感染への恐怖感や低い賃金実態から就労を見合わせるパーセンテージが、予想以上に多い可能性がある。
子供の世話が就労の障害に
高失業下の人手不足の第2の要因は、子供の世話をしてくれる人や施設の手配ができないために、自ら在宅の必要があり、そのため、条件に見合う求人がないという、いわゆる子守りがネックになっている実態がある。
乳幼児がいるケースのみならず、子供の通う学校が在宅授業(コロナ対策)を行っているケースでも、自分以外の子供の世話をしてくれる家族や知人がいなければ就労の障害となり得る。
米シンクタンクの研究者によれば、2021年4月から5月にかけて、およそ650万の家庭が子供の世話に関する問題に直面したという。これらの親が見出した解決策の多くは「働きながら子供を見守る」というものだが、職場から離れることができない親にとっては選択肢とはなり得ない。
その結果、およそ4分の1の家庭が、有給休暇の取得、無給休暇の取得、時短労働のいずれかを選択したという。
このうち、高所得層ほど有給休暇の取得や時短労働の選択をする傾向があり、有給制度のない雇用条件であったり、一時的な収入減に対する家計の余裕度が少なかったりする低所得層では、子供の世話の問題が家計の困窮に直結する問題となっている。
もっとも、こうした子供の世話をしてくれる人や施設が見つからないという問題は、2020年以前から長く続いてきたものである。
ワクチン接種の拡大による今後の雇用の押し上げ効果を見極める上では、「子供の世話の問題を抱える失業者がコロナ禍前の平均と比べてどれだけ増えたのか」という変化の大きさが意味を持つ。
全米で「13歳以下の子供を持つ失業者」は5月時点で143万人。コロナ禍前の2019年平均と2021年1-5月平均を比較すると、こうした失業者は59万人も増えている。
自分以外に子供の世話をしてくれる家族や知人がいるのかどうか、統計上で確認することは不可能だ。したがって59万人という数字は、今後、子供を預けたり、子供の通学が始まったりすることで、求人に応募できるようになる失業者数の上限に相当する。
スキル・ミスマッチ
次に第3の要因として、企業求人と求職者の間にスキル・ミスマッチが生じていることがある。
ピュ―リサーチ・センターが今年1月中旬に行った世論調査によると、当時失業していた労働者の66%が、「失業して以来、職種や仕事分野の変更を真剣に考えたことがある」と回答した。
職種転換等となれば、当然、企業が必要としているスキルと失業者が保有しているスキルが、マッチングしない。実際、就業構造は労働者に職種転換を迫る変化を遂げている。
コロナ禍で雇用が減ったのはウェイターやパーソナルケアなどのサービス職と、教育を中心とする専門職に集中した一方、雇用が増えているのは経営・財務職や事務職などのオフィスワーカー職である。
「求人条件に見合う応募者がほとんど、もしくは全くいない」と調査で回答した企業の割合は57%で、1993年の調査開始以来、最も高い水準という。
また、企業経営上、最も重要な経営課題として「労働者の質」を挙げる企業の割合も26%とコロナ禍前の2019年終盤の水準に並ぶ高さとなっている。
スキル・ミスマッチの解消には、労働者の再教育・再訓練と、それに伴う時間が必要である。
企業が人手確保を最優先し、求人条件を満たさない労働者を採用して再教育・再訓練の機会を提供するという動きが広がるのであれば、スキル・ミスマッチによる雇用抑制という状況は、その普及度に応じて解消していく。
一方、労働者の再教育・再訓練には相応の労働コストがかかり、労働者が適切なスキルを身に付けられるのかどうか、企業にとって不確実性は高い。
企業には労働力を代替する自動化投資等の選択肢もあり、何よりも現在、「第四次産業革命」の只中にあることは、間違いなくスキル・ミスマッチの範中を超えてきているのである。
そのことは、急速なピッチで様変わりしていく産業界に非労働化した退職者が、現職復帰する機会を完全にシャットアウトすることを意味する。
今秋に雇用が上向くとは信じ難い
FRBパウエル議長は、6月22日、下院公聴会の証言で
「ワクチン接種が増え、雇用の伸びを抑えているパンデミック関連要因が和らげば、今後数カ月で雇用は上向く。秋には力強い雇用を確認できる」と述べた。
だが、ここまでに記した雇用回復への4つの重大な関門が全て乗り越えられる可能性は、極めて低い。しかも、危惧されるのは、ワクチン接種を受けた人のうち、380万人もの方々が、この先の感染不安を理由に就労を頑強に拒否しているという現実がある。
つまり、秋になっても雇用者の伸びは鈍く失業率の改善も低いままになっている可能性が高い。
バイデン政権が、どの様な雇用促進計画を期限付きで実施するのかは定かでないが、このままではFRBがテーパリングを始める環境が整うとは思えない。市場の見方も楽観すぎる。
(この記事は 2021年7月6日に書かれたものです)
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。