イラン大統領選挙後の中東情勢
6月18日、イランの大統領選挙は午前7より開始され、5回の終了延長を経て19日午前2時に終了した。19日、ラハマニファズ内相は、テレビで投票結果を発表した。
投票総数は、2893万3004票(有権者数5931万307人)、投票率は48.8%で、1993年の50.7%を下回り、過去最低となった。
獲得投票数のトップは、イブラヒム・ライシ師(司法府長官)で、得票率62.0%(1792万6345票)となった。
ライシ次期大統領の人物像
次期大統領となるライシ師(60歳)は、イラン北東部のマシャドで生まれ育ち、その後、ゴムのイスラム法学校でも学んでおり、このマシャドとゴムでの学びを通し、法学者として有利になる人脈を形成した。
同師は、イラン革命後の首都テヘランで、20代から検事として働き、1994年に司法府の監査部門のトップに就任、2014年には検事総長に上りつめ2016年まで同職を務めた。翌2017年には大統領選挙に出馬するも、ロウハニ現大統領に敗れる。
その後、最高指導者のハーメネイ師がマシャド出身のイスラム法学者という縁もあり、2018年にマシャドの聖廟管理人という、イランの宗教界の重職に就き、2019年には同最高指導者により、司法府長官に指名され、現在に至っている。国際社会では、同師が人権問題に関わる経歴を有しているとの批判も聞かれる。
同師は、テヘランの副検事長であった1988年、イラン市民から「死の委員会」と呼ばれる4人のメンバーの1人として、反体制派の収監者を大量に処刑したとされる(アムネスティ・インターナショナルは5000人と報告)。
また、「緑の運動」と呼ばれた反体制派の大規模運動が起きた2009年にも、多くの収監者を処刑した人物といわれている。6月20日、イスラエルのベネット新首相は、ライシ師の当選を受け、「残忍な処刑人たちによる政権」は核兵器を欲しているとして、国際社会に、イランの脅威に「目を覚ます」よう呼び掛けた。
以下では、大統領選挙後のイラン情勢について検討し、それがイラン核合意の協議や、湾岸諸国との関係回復の動きにどのような影響を与えるかについて考察する。
ライシ大統領の登場は、すでに保守強硬派が優勢な国会と合わせて、イランが新たな政治局面に入ったことを意味する。中長期的に見れば、この勢力バランスの偏りがイラン国内に大きな変化をもたらす可能性がある。
一方、中東地域について見れば、米国が陸軍の再編成の一環として進めている同地域からの米軍の撤収が与える影響の方が大きく、イラン大統領選挙の影響は限定的と考えられる。
イラン内政への影響
今回の大統領選挙については、以下のような注目すべき点がある。
- 護憲評議会が大統領候補者の資格審査をする際の基準の不透明性が際立っていた。
- アハマディネジャド元大統領により選挙ボイコットの呼びかけが行われた。
- 終了時間を5回延長したにもかかわらず、過去13回の大統領選挙の中で最低の投票率であった。
- 無効票は370万票であった。
- 元革命防衛隊司令官のレザイ公益判別会議書記が、ライシ師に大差をつけられたものの得票率で第2位(11.8%)となった。
上記の(1)の点からは、ハーメネイ最高指導者のもとでライシ師勝利の筋書きに沿った選挙が行われたといえる。
一方、(2)(3)(4)の点からは、その筋書きに対し、保守穏健派や改革派をはじめとするイラン国民の声なき抵抗のエネルギーの大きさがうかがえる。(5)については、保守強硬派の不安定要素を示していると考えられる。
1979年に誕生したイラン革命体制は、ホメイニ師の死後から32年を経る中で、革命に関連してつくられた諸機関が政府組織内に取り込まれ再編されるなど、変化が見られている。
革命防衛隊もその例外ではなく、現在は、軍事・治安活動のみならず、企業経営や救済団体の運営にも関わっている。
また、革命防衛隊出身者が、そのネットワークを活用して地方レベル、国レベルで政治家に転身し、勢力を増してもいる。ライシ師の圧倒的勝利には、こうした革命防衛隊の傾向を抑え、
ハーメネイ最高指導者の後継者としての足場を固め、イスラム法学者の統治というイスラム体制の再強化をはかろうとする筋書があると考えられる。
ただし、今後の閣僚人事や、米国の対イラン経済制裁の解除範囲いかんによっては、革命防衛隊を巻き込んだ保守強硬派内の対立が深まることも考えられる。
一方、選挙で示されたように、市民の反発のエネルギーは蓄積されており、2009年や2019年と同様に、自由を求める市民運動が活発化する蓋然性は高まっている。
また、元大統領のアハマディネジャド氏の貧困層に訴える言動は国際的にも注目されており、
新たな政治勢力になる可能性がある。
以上、見てきたように、今回の大統領選挙は、ハーメネイ最高指導者とそれを支えるイスラム法学者グループが自らの体制維持をはかる選択をしたことで、市民の不満の高まりと、革命防衛隊関係者の政治的発言力の強化という2つの問題の解決をかえって難しくしたといえる。
これらの要素によって、中期的にイランの政治は不安定化すると考えられる。イランの内政にこのような影響を与えた大統領選挙は、核問題や近隣の外交にどのような影響を与えるだろうか。
イラン核合意復活への影響
大統領選挙では3回のテレビ討論が行われた。注目されるのは、第2回(6月8日)の討論で、ライシ師が外交、経済の方針を示したことである。その主要点を以下に挙げる。
- 経済政策は手続きの議論にとどまっており、改善が必要である。
- 近隣諸国との政治、経済、文化交流を推進する。
- 核合意をめぐる協議に反対ではない。
- 制裁がイラン経済に悪影響を及ぼしていることを否定しない。
- 経済外交は政府の重要な政策課題であり、経済交流はイランの成功の基盤となる。
- 制裁による経済ダメージのコントロールには国内産業の育成が必要である。
このように、ライシ師は制裁解除につながる可能性のあるイラン核合意の協議に反対しないとの姿勢を示している。問題は、イランと米国が提示している条件に違いがあることである。
米国のトランプ前政権は、ハーメネイ師やライシ師をはじめ、イラン政府要人、企業に対し、幅広い経済制裁をかけた。イランは、これらを含め全ての制裁の解除を求めている。
(この記事は 2021年6月23日に書かれたものです)
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。