米軍のアフガン撤退が米中関係にもたらす影響
バイデン政権の対外政策
バイデン大統領の就任から4カ月余りが過ぎた。これまでの同政権の対外政策を振り返ると、
第1に多国間メカニズムの再構築に努めていることがわかる。
世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定への復帰は、その例といえる。
その一方、自国と同盟国の国益を守る姿勢も明確に示している。中東地域に関する事例としては次の3つが挙げられる。
- イラクにおける米軍関連施設への攻撃に対して自衛権を行使し、2月25日、シリア領内にある親イランのイラク民兵組織「カタイブ・ヒズボラ」、「カタイブ・サイード・アル・シュハダ」などの拠点を空爆。
- 4月29日よりアフガニスタンからの米軍撤退。
- 5月のイスラエルとパレスチナの衝突での米国の同盟国イスラエルへの配慮。
このうち2.の政策については、イラクからの撤退を進めていることとも合わせて、米中対立が深まる中、米軍の再編が進み、中東地域からアジア地域への軸足の移動を進めていることがうかがえる。
続いて、アフガニスタンからの米軍撤退を取り上げ、それが米中関係に及ぼす影響について検討する。
アフガニスタンからの米軍の撤退
バイデン大統領は4月14日、米国同時多発テロ事件から20年目を迎える9月11日までに、アフガニスタンから米軍を完全撤退させると表明した。
トランプ前政権は2020年2月にアフガニスタン反政府武装組織のタリバンとドーハで和平に合意し、2021年5月1日までに撤退するとの文書に署名していた。
このため、タリバンは、トランプ前政権との合意を守るよう求め、守られなければ問題が増すことは間違いないと反発を示した。アフガニスタンからの撤退に関する前政権との違いは日程の他にもある。
第1は、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官が、有志連合に派兵している北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対し、ブリュッセルでの外相・国防相会合において撤退の決定について説明し、政策協調をはかった。
第2は、アフガニスタン政府への撤退後の支援継続を明示していることである。バイデン大統領は、4月14日の演説で、アフガニスタンへの軍事介入により、同国が再び米国への攻撃拠点になることはない状況をつくることができたと述べ、撤退の妥当性を強調した。
しかし、駐留米軍の撤退については、4月22日、米軍のマッケンジー中央軍司令官が記者会見で、アフガン政府の圧力が続かなければ、国際テロ組織が数年後に力を盛り返すとの認識を示すなど米軍や情報関係者の一部からも懸念が表明されている。
現に、テロ事件やアフガン政府軍へのタリバンの攻撃が増えている。こうした懸念がある中で、バイデン政権はなぜ撤退を急いでいるのだろうか。
そこには、2001年10月のアフガニスタン開戦からこれまでに米国が払ってきたコストの大きさがあるといえる。
アフガニスタン戦争で、米軍は死者2442人、負傷者2万666人を出しており、戦争遂行の総額は8157億ドルに達している。
また、退役軍人の医療費やケアの費用は2960億ドルに上っている。さらに、アフガニスタンには復興関係事業費1430億ドルを投じてもいる。
こうした多大な犠牲や負担に終止符を打ち、国内の経済対策に重点を置くバイデン政権は4月29日から段階的に撤退を開始したと考えられる。
バイデン大統領のアフガニスタンからの撤退は、国際協調をはかりつつテロとの戦いを終わらせることで国内的にも安堵感を与えるものであり、国際協調と国益を両立させようとする政策といえる。
しかし、米軍撤退による懸念は、先に挙げたアフガニスタンの治安の悪化にとどまらない。注目されるのは、国際テロとの戦いで米国と協力関係にあるパキスタンの情勢である。
パキスタン・中国関係への影響
パキスタンにはイスラム過激派のハッカーニ・ネットワークが存在しており、タリバンをはじめアフガニスタンのイスラム過激派勢力との連帯が見られている。
米軍のアフガニスタン撤退がパキスタンに与える影響について、ブルッキングス研究所のブルース・リーデル氏が「バイデンのアフガン・ギャンブル」(4月27日)と題するレポートで次の2点を挙げ、パキスタン情勢の悪化を懸念している。
(1)ハッカーニ・ネットワークと結びつく陸軍情報部の台頭
(2)同国内のタリバンの勢力の強まり
そうなれば、カーン首相の政治手腕が問われることになる。そのパキスタンは、近年、中国との関係を強化している。
パキスタンは1951年5月、イスラム圏では最初に中国と外交関係を樹立し、中国の新疆ウイグル自治区、チベット、香港、台湾に関する立場を一貫して支持してきた。
一方の中国は、パキスタンとインドとの間のカシミール問題でパキスタンを支持する立場をとっている。また、軍事面では、2016年から2020年までの5年間にパキスタンが調達した武器の74%は中国が供与したものである。
パキスタンは、中国の軍事技術協力により戦車「アル・ハリド」、戦闘機JF-17も製造している。
そして、経済面で注目されるのは、2015年4月、習近平主席がパキスタンを訪問した際、「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)が合意されたことである。
この経済回廊は、中国の「一帯一路」構想のもとで進められており、パキスタン国内で債務拡大を懸念する声もあるものの、経済特区建設などで産業振興に成果が見られている。
中国はすでにグワダル港(イランとの国境付近)を拠点としたインフラ事業に、254億ドルを投じており、パキスタン国内にはおよそ6万人の中国人が暮らしている。
また、2020年の新型コロナ感染下にアビル大統領が1回、カーン首相が3回、中国を訪問しており、2021年2月には50万回分、3月にも50万回分のワクチンの無償供与を受けている。
このような関係にある両国が、アフガニスタンからの米軍撤退により生じる「力の空白」やパキスタンの政情不安というリスクに対応するため、政策協調をはかり、より結びつきを深めることは十分あり得る。
(この記事は 2021年5月30日に書かれたものです)
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。