FRBと市場のミスマッチは続く
★★★上級者向け記事
FRBは秋まで腰を上げない
米国の金融市場を巡る「インフレ論争」は百家争鳴の状況となり、金融高官発言やインフレ関連データの発表のたびに、閉口するほどの主張・見通しがベンダー情報として流れてくる。
その結果、ドルの行方は米株市場の上下の振れにも大きく左右され、ドルの円相場もダッチロールの如きに108円~110円台前半での「定まらない狭いレンジ」に終始しているのが現状である。
それでも市場では、2022年早々のテーパリング開始を念頭に、早ければ7月中旬のFRB議長議会証言や8月下旬のカンザスシティ連銀主催の、経済シンポジウム(ジャクソンホール)でテーパリングの必要性に言及、議論開始の号砲を鳴らして市場への周知を図るとの見方が高まりつつある。
ただ5月17日にはクラリダFRB副議長が、「テーパリング(量的緩和縮小)議論を開始するのは時期尚早」と発言している。
4月のCPI発表(前月比+0.9%と高い上昇率)後も、パウエル議長や理事などFOMCの中心メンバーは、インフレが一時的であるとの見方を大きく変えていない。
また、テーパーリングを開始するに充分と言える労働市場の質的改善を確認するまで、まだ慎重な見極め期間を設ける可能性が高い。
一方、米国では7月末に法定債務上限の適用凍結期間が終わる。
それまでに債務上限の引き上げか適用凍結期間の再延期を講じない限り、8月以降、米国債の償還を含めて米財務省の資金繰りに窮するおそれがある。
また、バイデン大統領が表明した米国雇用計画や米国家庭計画など追加の景気対策法案が成立しなければ、失業保険への手厚い給付の上乗せも9月で打ち止めとなり、米経済は財政の崖に直面する。
バイデン政権が事実上、共和党を排除した上で米国救済計画法を成立させた財政調整措置は同一会計年度内(20年10月~21年9月)では、原則として一度しか使うことができないとされている。
この為、9月までに景気対策法案を成立させるには、共和党の協力が不可欠であり、そうでなければ成立時期は早くて10月以降に持ち越される。
こうした一連の不確定要素の帰趨が判明する前に、FOMCが正常化に向けた地ならし(テーパリング)を始めるとは考えられない。
少なくともテーパリングに向けた議論を開始する時期は、夏場より秋口以降なのではあるまいか。それまでは、何がどうあってもFRBは動意を示すことはないだろう。
インフレ圧力は来年から緩和か
インフレリストを考える上で、持続性と伸び幅が重要なテーマとなる。インフレ加速に関しては、FRBは一時的なものと認識している。
クラリダFRB副議長は4月CPIがサプライズとなったことを認めた上で、一時的要因によるものという従来のスタンスを維持した。
他方で、需要と供給の不均等が持続し、予想以上に持続的なインフレ圧力がかかる可能性があるとも指摘した。
おそらく、需要拡大によってGDPギャップ(需要と供給のアンバランス)が2021年下半期を中心に、GDPギャップのプラス(需要が供給を上回る)幅が、
拡大すると見込まれる。
ただ、来年以降はポストコロナへの移行が概ね完了することや、経済対策の効果が暫減(ザンゲン)することで、GDPギャップのプラス幅はコロナ禍前のトレンドに回帰していくものと思われる。
GDPギャップとコアPCE(個人消費支出)の伸び(前年比)は概ね連動してきたことから、GDPギャップのプラス幅が拡大する今年は、インフレ圧力が継続するだろうが、22年以降は徐々に緩和していくと見込まれる。
加えて、リーマン・ショック以降GDPギャップに対するコアPCEの伸びの弾力性は低下し、コアPCEは伸び悩んできたことから、GDPギャップのプラス幅ほど加速しないことも示唆される。
一方、ポストコロナの移行に伴う需要の回復に加えて、足下の供給制約が懸念視されている。
後述するように、労働供給が雇用環境の回復を抑制し、企業活動を見ても部材不足による生産遅延が発生しているほか、建材コストの高まりが新築住宅着工の足かせとなった。
特に半導体不足は深刻で、自動車工場の生産が停止されるなど悪影響が出ている。
もっとも、こうした労働供給や機材不足は次第に解消していく。労働供給については、高齢層のリタイアや長期失業によるスキルの陳腐化を背景に、FRBが4月時点で期待したような今後数カ月、毎月100万人前後の雇用増は見込みにくい。
しかし、足下では就職活動に関するインターネット上での検索が増え始めている。
企業の採用意欲が強い中で失保給付増額の期限が切れや子育て世代の職場復帰によって、労働供給は緩やかに拡大していくものと思われる。
また、材料等の不足についても企業のアナウンスメントを踏まえれば、半導体不足は長期化する可能性があるも、それ以外は今年4月-6月期をピークに年内はタイトな状況が続くものの、22年以降は解消していく公算が大きい。
米国内の製造業の出荷・在庫循環を見ると、生産能力の拡大による在庫積み増し(意図せざる在庫増)から積み上がりへと移行し、材料不足に伴う価格上昇が徐々に落ち着いていくことが読み取れる。
原材料価格についても、原油や天然ガス、銅、鉄鉱石などの先物カーブは期近物が期先物よりも高い「バックワーデーション」となっており、供給逼迫が先行き緩和されていくことを市場は織り込んでいる。
消費・投資の抑制リスク
25日に発表された「コンファレンスボード5月の米消費者マインド指数」が気にかかる。指数は4月から低下し、且つ期待指数が三カ月ぶりに低水準となったからだ。
コンファレンスボードの担当者は、
「経済成長が引き続き堅調となることは現況指数の上昇で示唆しているが、一方で消費者の短期的な楽観は後退した。
向こう数カ月に景気が減速し、労働市場は軟化するとの予想が背景にある。今後1年のインフレ見通しはわずかに上昇。向こう半年間に車や住宅、大型家電を購入する予定の回答比率はいずれも低下した。
今後は物価上昇と失業の高止まりが消費者心理の一段の改善を抑える可能性がある。」
とコメントしている。
また、企業のコスト圧力の高まりも懸念される。
PPI(消費者物価)と見ると、川上である粗原材料が急上昇している一方、加工品や最終財の上昇幅は相対的に抑制されている。
川上の上昇分が川下に転嫁されなければ仕入れ価格と販売価格のマージンが縮小し、企業の収益力が低下することになる。
実際、企業マインドにおいてもコスト増への懸念が強まっており、設備投資や雇用拡大のための資金余力の低下が懸念される。
こうした個人消費や企業活動の下振れによって、需要低下による縮小均衝の可能性もある。
したがって市場が早々とテーパリングを織り込むのは、やはり時期尚早であろう。供給サイドが次々に正常化するとしても、FRBがテーパリングを実施する時系列にはなっていくまい。
FRBのスタンス=テールリスク?
市場は、ようやくFRBの「振れないスタンス」を認識し、落ち着きを取り戻しつつあるが、この先、テールリスクとしての「CPIショック」の可能性があるので要注意である。
需要の回復ペースと供給拡大のペースが一時的にずれることで、インフレの伸びが短期的に一層加速する事態のことだ。
とりわけ、ベース効果(1年前との比較で高い伸びとなる)が継続する5月・6月のCPI(6月10日・7月13日発表)には注意を要する。
5月12日の”4月CPIショック”による米金利上昇は相対的に抑制されたものであったが、FRBの黙認が市場の共通認識となった上で、5月、6月のCPIがサプライズ的上昇率となった場合、米金利が急上昇し株価が大きく下落することになりかねない(ドルは下落となろう)。
FRBが5月に公表した金融安定報告書において、資産価格のバリュエーションが全般的に高いと警鐘を鳴らしたことも踏まえれば、”CPIショック2.0”となることも覚悟しておかねばなるまい。
もちろん、FRBは、その段階でテーパリングの議論を始めてはいまいが、再び催促相場を形成するかもしれない。
ただ、冒頭で記したとおり、バイデン政権の政策スケジュールや財政面での流動性が定まっていないがゆえ、FRBが5月、6月のCPIだけでテーパリングに動くことはないだろう。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年5月26日に書かれたものです)