中東地域の2つの大統領選挙とエネルギー価格
エネルギー価格の見通し
4月は、原油価格はブレントで8%高、WTIで10%近く上昇し、4月29日の先物市場では6月のWTIは1バレル64.73ドルをつけた。
米国やEUでコロナ対策が緩和され、経済回復に期待が高まっていること、また需要拡大が予想される夏場を迎えつつあることが要因である。
一方、4月26日に予定していたOPECプラスが、1日前倒しで共同閣僚監視委員会(JMMC)会合を開催し、インド、ブラジル、日本などでの新型コロナウイルス感染拡大を踏まえて、世界の石油需要の見通しについて検討した。
その結果、今後、需要は拡大するが、その伸びはあまり大きくないとの見方で一致した。
なお、6月1日にOPECプラスの閣僚級会合が開催され、生産水準を検討する予定となっている。
世界銀行が4月20日に公表した2021年の原油の平均価格の予想は、1バレル当り56ドルであるが、現在の価格は、これよりも高値である。
エネルギーアナリストの多くは、平均価格が60ドルに達するのは2022年と予想している。これらの価格予想は、これからの国際経済の回復を見込んだ需要見通しを踏まえてのものである。
では、原油の供給サイドについては、今後どのような状況変化があると考えられるだろうか。以下では、中東地域で5月と6月に予定されている、シリアとイランの2つの選挙に注目し、検討する。
両選挙の結果は、今後の中東地域での秩序形成に大きな影響を与えると考えられる。
これらの選挙をめぐりイランを取り巻く政治情勢が変化することで、同国の原油輸出量が拡大し、減少している米国のシェールオイルの産出などが補われることになると考えられる。
したがって、イラクやGCC諸国での大きな政治変化や原油供給国での自然災害などがない限り、供給量は現状の水準を下回ることはないと予想される。
シリア大統領選挙の見通し
内戦が続いているシリアで、5月26日に大統領選挙が実施される予定である。
シリアの大統領選挙に立候補するには、同国の支配政党であるバアス党が大多数を占める、人民議会の議員35人の承認を得なければならないという制約がある。
議員は複数の候補者を承認することができないため、定数250の人民議会議員の承認を得る候補者数は最大7人となる。4月17日時点の立候補申請者は、女性3人を含む17人である。
今後、バアス党は、アサド氏の大統領再選の合法性、正統性を国際社会に認めさせるために、すでに立候補者となっているアサド現大統領以外の候補者をどのように選ぶかに力を尽くすとみられる。
シリアの大統領選挙は内戦終結に向けた政治プロセスの第1ステップではあるが、アサド大統領の勝利はほぼ確実であることから、シリアの現状の継続が確定されることになる。
したがって、同国の原油・天然ガスの輸出の本格化をはじめとする経済復興の道のりはまだ遠いといえる。
イラン大統領選挙をめぐる国内の動き
イランでの大統領選挙は6月18日に予定されている。同選挙への立候補は、5月中旬まで受け付けられ、その後、資格審査を経て正式に立候補者が決定される。本格的な選挙戦となるのはその後である。
しかし、すでに革命防衛隊の准将で、同防衛隊の厚生財団や傘下の建設会社の運営経験があるサイード・モハマド氏、前国会副議長で民官での人気が高いアリー・モタッハリ師(父親はホメイニ師を支えたイスラム法学者のモルテザ・モタッハリ師)、前国会議長でハーメネイ最高指導者の外交顧問を務めるアリー・ラリジャニ氏、さらに元国防相のホセイン・デフカーン氏ら有力候補が立候補への意思を表明している。
この大統領選挙の焦点は、イラン革命体制を強硬に維持しようとする革命防衛隊を中心とする勢力が、大統領選に勝利するか否かである。
国際社会が最も望んでいないのは、アハマディネジャド元大統領のような革命防衛隊出身者による統治といえる。
イランをめぐる外交の活発化
現在、イランのロウハニ政権は大統領選挙をにらみつつ、米国の経済制裁解除をはじめ、国際社会との経済関係の回復に努めている。
国際社会もウィーンを舞台に核合意合同委員会で粘り強くロウハニ政権と協議を重ねており、イラン国内の保守強硬派の台頭の抑制に向けた外交を続けている。
仮に、イランの経済制裁が解除されれば、同国からの原油・天然ガスが国際市場に出てくることに加え、新規開発事業も進むと考えられる。
核合意の復活以外にも、イランとの関係改善の動きが見られている。米国とイギリスは、イランによる身柄拘束者の解放について、同国と交渉を進めている(5月2日、ロイター)。
また、米国や国連はオマーンをパートナーに、イエメン内戦の和平交渉を進めている。イエメン内戦で、イランは一方の当事者であるフーシ派を支援し、もう一方のスンニー派の暫定政権をサウジアラビアが支援している。
4月28日、そのサウジのムハンマド皇太子が「イラン政府と良い関係を持てることを希望している」と発言し、イランとの関係修復への動きとみられている。
イラン・サウジの関係修復には、地域のカタールやイラクなどの仲介努力も見られており、
バイデン米政権がペルシャ湾地域の安全保障に関し、アラブ諸国との協議・連携を深めていることがうかがえる。
このようにイランをめぐる国際環境は変化しつつある。
イラン大統領選挙前までの注目点は、次のとおりである。
(1)イラン・米国間の身柄拘束交渉や核合意合同委員会の協議で大きな進展が見られるか。
(2)イラン・サウジ間の関係改善が見られるか。
(3)これらの変化に対し、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)がどのような動きを示すか。
このうち、(1)と(2)は原油の供給量の増加に影響を与えるポイントである。
原油価格に影響するその他の要素
4月22日、23日にバイデン政権が、約40カ国の首脳を招待し、テレビ会議形式でエネルギー協議を行った。
この会議で、多くの首脳が温室効果ガスの削減に向けて2030年までの削減目標を表明し、クリーンエネルギーへのトランスフォーメーションが着実に進んでいることが明らかになった。
それは、イランやサウジをはじめとする湾岸アラブ産油国にとって、原油・天然ガスという資源の価値が高いうちに、早期に資金化する必要に迫られていることを意味する。
一方、バイデン政権やEU、中国、もちろん日本などにとっても、コロナ禍から脱し経済回復を進める上では、エネルギー価格の上昇は望ましくない。
つまり、コロナ後の国際社会では、エネルギー生産国と消費国との利害対立は調整可能な範囲と考えられる。
「中間層外交」を掲げるバイデン政権は、こうした観点で、EUや国連と足並みをそろえてペルシャ湾岸地域の安全保障体制の再構築をはかり、エネルギーの安定供給と安定価格化に結びつく中東政策をとると考えられる。
このような米国の動きに、イラン保守強硬派や彼らが支援する外国勢力(ヒズボラなど)、イスラム過激主義者などの反米勢力が、どのようなチャレンジをするかが懸念材料である。
その舞台となるのは、イラク、レバノン、そして5月に大統領選挙が実施されるシリアとなる蓋然性が高い。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。