アルケゴスが今後市場に動揺を与える?
サブプライムローンの二の舞か
米国金融業界で3月末、突然「ファミリーオフィス」問題が浮上してきた。
筆者は即座にリーマンショックに発展していった、2007年12月の「サブプライムローン」問題を頭に浮かべた。
つまり、当社は1兆数十億ドルの市場の中で発生した、金融機関の損失にすぎないと思われていたのだが、把握できない程のレバレッジが網の目のようにはりめぐらされていて、遂に「世界金融危機」に陥ってしまった。あの大変なショックの発端のことである。
今回、火の手が上がった「ファミリーオフィス」問題も、実態とレバレッジの規模が全く把握されていない。
金融危機後に米国で新設された財務省の「金融調査局」は、トランプ政権によって骨抜きにされ、何の権限も調査機能も持っていない1月に就任したイエレン財務長官は、現在、FRBと伴に実態把握に入っているも、出遅れていることは明らかだ。
だから突然、投資会社アルケゴス(ファミリーオフィス)発の、金融機関の巨額損失が浮上するに至ったのである。
現段階では、市場も「金融システムの動揺につながるリスク」とは判断していないが、サブプライムローン問題の浮上のときも、「たかだか、格下級の住宅ローン市場のこと」と捉えていただけに気にかかる。
しかも、米国はFRBのバランスシートが7兆8千億ドルまで膨らんで、過剰流動性そのものの状態にある。
ここで、少しだけ2007年12月に浮上した「サブプライムローン地獄」について記しておこう。あれから14年も経過しているが基本構図が重なるだけに、「一過性の損失事例」では済まされないのではあるまいか。
2006年夏、米住宅価格が金利の上昇と伴に下げに転じ、サブプライムローンの焦げ付きが急増していき且つ、住宅の担保価値も減少していった。
すでに06年末の段階で同ローンの延滞率は10%の大台を突破し、金融危機が起きた08年7-9月には18%まで上昇した。
ローン支払いに行き詰った世帯が住宅を手放し、中古住宅として市場に放出され、さらに需給が悪化するという悪循環から米住宅市場は抜け出せなくなった。
悪循環は金融業界を直撃。サブプライムローン事業の縮小や停止を余儀なくされた金融機関は、07年12月時点で約2百社にのぼった事態はここからどんどん、暗闇の世界を暴き始めた。
サブプライムローンがRMBS(住宅ローン担保証券)や、RMBSをさらに複数束ねたCDO(債務担保証券)などの証券化商品に組み込まれて、世界中の金融機関やヘッジファンドに販売されていたことが次々に表面化した。中でもCDOの損失率が高かった。
比較的高い格付けを得ていて、元利払いの優先度が高い部分は、トリプルA格を上回る信用度があるとされた。
利回りも比較的高く、低金利による運用難に陥っていた金融機関の多くが飛びついた。だが、最先端の金融技術で支えられていたはずの「リスク分散」は砂上の楼閣だった。
住宅バブルの崩壊が全米に広がるなか、そもそも信用力の低いサブプライムローンを裏付けとしている以上、資産内容の老化は免れなかった。
サブプライムローン関連から始まった証券化商品の下落は、08年に入ると信用力の高いプライムローンや商業用不動産の分野にも拡大。買収ファンド向けローン債権や低格付け社債の値下がりも加速した。
3月には米大手証券ベアスタンズが資金繰りに行き詰り、FRBの仲介でJPモルガン・チェースに救済合併された。
7月には住宅公社の経営危機が表面化し、9月には米政府が公社を公的管理下に置くと発表。
そして、その数日後にはリーマン・ブラザーズが破綻。
金融危機が世界中を覆い、主要国は金融機関への公的資金注入など実例の対応をするしかなかったのである。
アルケゴスなるモンスター
米投資会社アルケゴス・キャピタルマネジメントが運用失敗で保有株の強制売却を迫られ、取引先の金融機関に巨額の損失が降りかかった。
アルケゴスは創業者の個人資産を管理するための「ファミリーオフィス」。欧米を中心に1万社以上が存在し、総運用資産(レバレッジ前の元本ベース)は6兆ドルにのぼるとされている。
因みにアルケゴスは元ファンドマネージャ―(ビル・ホワン氏)が、100億ドルの資産運用を目的に設立された。
発端は3月下旬、米メディア大手バイアコムCBS株が、数週間で約3倍に値上がりしたことにあった。アルケゴスが、この株を大量に購入し、吊り上げていたのである。
それまでのアルケゴスが巨額の運用実績を続けてきたことから、世界中の金融機関が、さらに多くの株式の買い増しに、必要なレバレッジをホワン氏に提供し続けた。高額な融資手数料が稼げることは魅力だった。
ところが、株価急騰でバイアコムCBS側は突如、30億ドル規模の新株発行を決定し、株価は一気に下げに転じた。エクスポージャー(投資残高)が大きかったアルケゴスは、資産に大きな損失が生じたのである。
アルケゴスに融資した金融機関は、応分の担保としてバイアコム株などの株券を保有したが、株価急落で巨額のマージンコール(追証の請求)という事態に陥った。
一部の米系大手金融機関は即刻、担保保有株の売却で損失カバーに走ったが、クレディスイスや野村HDなどは様子見の期間を作ったため、ニッチもサッチも行かなくなってしまった。
非公開企業のため、大部分の投資家に義務付けられる情報開示を免れたアルケゴスは、デリバティブを活用し、桁外れの投資が可能で、ホワン氏のポートフォリオは100億ドル相当に達していたと推定されている。
このアルケゴスに巨額の資金を提供したクレディスイス、野村HD(旧リーマン・ブラザーズ)、GSグループ、モルスタの担当部門がアルケゴスの動きをつかんでいたことは明白であり、自分たちが資金を手当てしたトレードはもちろん承知し、ホワン氏に借入総額もある程度分かっていた。
だが関係者によれば、複数の金融機関に同時並行でポジションを持ち、同じ少数の銘柄にさらに多くのレバレッジを積み上げていた事実は把握しきれていなかった。多くの顧客が、そうした不透明さを要求するとしても、それは貸し手のリスク管理能力を問われるだけだ。
アルケゴスが窮地に追い込まれたとき、プライムブローカー各社(融資をした大手金融機関)は、一時休戦の方向で3月25日に協議したが、連帯の試みは長く続かなかった。
一部はこの日のうちにポジションの処分を可能にするデフォルト(債務不履行)通知を、アルケゴスに送った。
現段階でのプライムブローカー各社の損失は、クレディスイス5千億円、野村HD2,200億円としか伝えられていないが、恐らく、アルケゴス関連の投資先銘柄・商品の売却損を含めると、数兆円の損失に膨らんだものと思われる。
規制強化が早まるかも
「このような状況を再び目にする可能性は非常に高い。アルケゴス関連で生じたような多額の損失は、市場がリスクを是正し、システムから洗い流すまでネズミ算的に増え続けることになりそうだ。我々は誰も全く予期しない不意を突く出来事に極めて脆弱だと感じられる。
ファミリーオフィスへの監視が強化される可能性があり、SPAC(特別買収目的会社=空箱会社と蔑称されている)も、予想通りの業績が達成できない場合(恐らく、上場SPAC300社のほとんどが、そうなるだろう)、規制・監視当局の調査対象分野になり得る」(大手投資運用会社グッケンハイムの会長・4月5日)とブルンバーグTVのインタビューで伝えた。
また、2008年の世界金融危機のさなかで、FDIC(米連邦預金保険会社)の総裁だったシーラ・ベアー氏も「今回の問題が規制金融機関のプライムブローカーカレッジ部門(そして規制・監督機関)にとって、高度にレバレッジを利用するヘッジファンドとの関係を見直すきっかけになってほしい」とツイートしている。
金融規制・監督当局が今回の影響(1万社もあるファミリーオフィスの実態・エクスポージャーの全体像は、まだ不明)を、検証する過程で儲かる顧客にあれこれ尋ねることなく、資金を提供してきたウォール街の慣行が、思わぬ注目を集めつつある。
SECはホワン氏の取引に関する予備的調査に着手し、スワップの利用とプライムブローカーからのレバレッジへのアクセスについて調査するため、他の大口投資家とも接触している。
当レポート4月1日号「米国のインフレ懸念がすべてか!」の中でも記したが、現在、FRBも米国の金融システムの構造的脆弱性について真剣に議論し、FDICや財務省との連携で登録・報告義務化や規制強化を検討している。
パンデミックの収束が定まらないなかでFRBが3月末をもって予定通り、大手金融機関の限定的自己資本規制の緩和を終了させたのも、こうした動きの一環であろう。
当分、米国は利上げもテーパリングもない金融の「超緩和措置」の中で、過剰流動性に伴う予期せぬ事態(金融システムの動揺)を最大のリスクとして、捉えていかねばなるまい。
その意味で、4月~5月中にも何らかの資本規制強化が決定されることは十分に考えられよう。もちろん、まだ第一弾にすぎないが。これで市場が一時的に動揺しても止むを得まい。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年4月11日に書かれたものです)