イスラエルの安全保障と中東地域への影響力
3月下旬の中東情勢は、スエズ運河での大型コンテナ船エバーギブンの座礁事故へのエジプトのシシ政権の対応、イスラエルの総選挙結果の発表(3月25日)、中国の王毅外相の中東歴訪(3月24日から30日、訪問先はサウジ、トルコ、イラン、UAE、バーレーン、オマーン)など国際的に注目される話題が集中した。
一方、こうした情勢変化の中で、米国のバイデン政権は、イラン政策、イエメン政策で足踏み状態にあり、わずかに、オースティン国防長官が3月21日にアフガニスタンを訪問し、米軍撤退問題を協議したことが話題に上るにとどまった。
さらに、人権問題を重視している同政権は、前トランプ政権が関係を深めたサウジアラビア、エジプト、イスラエルなどとの親密度を低下させている。
以下では、米国の存在感が薄れる中東地域で、現在、最大の影響力を与えているとみられるイスラエルの内外の動向について検討する。
イスラエルの感染症対策、連立政権樹立の動き、アラブ湾岸産油国との関係からすると、仮に同国で首相交代が起きたとしても、その影響力が弱まることはないと考えられる。
イスラエルの安全保障の変化
イスラエルの安全保障は、1950年代初頭にベン・グリオンが提唱した
(1)抑止力
(2)早期警戒力
(3)攻撃力
を柱とし、それらを具現化することで維持されてきた。
2018年、ネタニヤフ首相は、これらに第4の柱として防衛力を加えた。同首相は、軍事力の他に貿易・通商の障害除去に努め、世界経済との結びつきを強化した。
さらに、ロボット工学をはじめハイテク産業などの技術分野で世界のトップレベルになることを目指し、投資、人材育成を行ってきた。
最近、このネタニヤフ首相の政策の有効性が世界的に注目されたのは、新型コロナワクチン接種である。イスラエルでは3月25日時点で、1度目のワクチン接種を520万人が終えており、2度目の接種終了者も人口の過半数の465万人に上っている。
この実績は世界中のニュースで流れているものの、同国がファイザー社をはじめ製薬メーカーに接種データの提供を約束した特殊契約を結び、2020年12月から優先的にワクチンを提供されている事実の紹介にとどまる内容が多い。
これは、ネタニヤフ首相の選挙戦略と関係した話題づくりでもある。しかし、より注目すべきは、ワクチン接種に際してのハイテク技術の活用である。
イスラエルでは、
(1)ワクチンの配送チェーンの効率化
(2)接種の中心的役割をクリニックが担い、1週間で体制を整備
(3)20年前から整備を開始した電子カルテを使用し、誰がいる接種したかを確認し、次の接種の日時案内を決定
(4)スマートフォンを活用し、接種証明マークの受信システムの整備
などが行われている。
こうしたハイテクの活用により、いまでは人口920万人のうち16歳以上であれば、誰でも接種が受けられるという成果を生んでいる。
総選挙への影響
3月23日の総選挙は、こうした成果を出しているネタニヤフ首相の信任投票の性格を帯びた。イスラエルの総選挙はこの2年間で4回目となる。
同国では、労働党とリクードという伝統的な2大政党がともに勢力を衰退させ、少数集団が政党を立ち上げたことで、多党化が進んでいる。
このため、どの政党も議会定数120議席の過半数を単独で獲得することができずにいる。今回も過去3回と同様、第1党は30議席を獲得したネタニヤフ首相のリクード(右派)で、第2党のイェシュ・アティド(中道、反ネタニヤフ勢力)の17議席を引き離している。
しかし、リクードとの連立を予定しているシャス(9議席)、トーラー・ユダヤ連合(7議席)、宗教シオニズム(6議席)を合わせても52議席にとどまった。
今後、リクードを中心に連立交渉が進むことになるが、その際、反ネタニヤフを主張する右派勢力が首相ポストを交渉カードにすることも考えられる。
長期にわたりイスラエルの政界の中心人物であったネタニヤフ氏の首相続投は、同氏が汚職問題で起訴されていること、バイデン政権が同首相の入植地政策やパレスチナ自治政府への対応に批判的なこともあり、イスラエル国民がすんなりと受け入れることが難しくなっている。
こうしたイスラエルの今後の政局については、大きく3つのシナリオが考えられる。
(1)大統領が第1党のリクード党首(現在はネタニヤフ氏)に組閣を要請し、4週間以内に組閣が成立する。
(2)リクードが組閣に失敗し、第2党イェシュ・アティド(党首はラピッド氏)に組閣を要請し、組閣が成立する。
(3)再び総選挙を行う。
現在のところ、いずれのシナリオも同様にあり得るといえる。イスラエルがこうした政治状況にある中、同国とアブラハム合意により国交正常化を果たしたアラブ4か国との外交関係は、今後どのように変化するだろうか。