米国長期金利の現状と行方 適正水準は3%?
★★★上級者向け記事
適正水準は3%?
2月25日、米長期金利(10年国債利回り)は一時1.608%台(1月当初は0.915%)まで上昇した。確かに急上昇を描いている。特に、バイデン政権が大型の追加経済対策案を唱えて以降は顕著である。
米長期金利は「金融政策見通し(期待政策金利)」と「国債需給(タームプレミアム)」で成り立っており、バイデン政権発足後の金利上昇のほぼ全てはタームプレミアムの上昇(国債需給軟化)の寄与である。
また、ワクチンの普及による経済正常化への期待が高まるなか、FRB高官からも早期の政策調整に言及する声が上がったことも、国債需給軟化(国債発行増大による価格低下=利回り上昇)への警戒を高め、タームプレミアムの上昇を促している。
その一方で、「期待政策金利」は当面はほぼ横這いでの推移が予想される。FRBによる政策金利の引き上げが2025年頃と見られるためだ。しかし、タームプレミアムの方は今後が定かでない。パンデミックの動向や議会上院議席の拮抗、民主党内の結果動向などの不透明要因があり予断し難い。
そこで、切り口を変えてみた。長期金利とは名目経済成長率とインフレ率で形成されるというベーシックな組立てから論じてみよう。少し専門的に言うと、長期金利の適正水準は、平時であれば名目潜在成長率(名目での理論的成長率)が目安となる。
米国の実質潜在成長率(FRB予測は1.8%)、期待インフレ率(FRB目標は2%)とすれば、その和である4%弱が長期的にみた金利の適正水準といえる。しかし、現在は景気回復の途上にあるため、長期金利はこれよりも低くて当然。ただし、企業景況感を表すPMI指数との相関も踏まえる必要から3%程度が適当に見える。
ところが、コロナ禍以降は景気と金利の因果関係が逆転している。現在は景気が良いから金利が上がるという関係ではなく、金利上昇を抑えることが景気回復を促すとく因果関係になっている。
コロナ禍以降の景気回復は、果断な財政出動(コロナ禍対策として合計4兆ドル)と、金融緩和(金利押し下げ)の賜物であるため、逆にいま金利が3%に向けて上昇してしまえば、財政効果は打ち消され(クラウディング・アウトとなりマネーが滞る)、景気回復は頓挫するしかあるまい。
FRBは実質金利に注目
ではFRBは、どの程度の長期金利水準が適当と考えているのか。そもそも金融緩和の狙いは「実質金利を自然利子率よりも低く抑えること」にある。
自然利子率とは景気への影響が緩和的でも引き締め的でもない、景気に中立的な実質利子率のことを指す。実質金利を自然利子率より低く抑えれば、投資や消費が刺激され、経済や物価を押し上げることになる(金融緩和効果が発揮される)。
自然利子率と実質金利(米10年債利回り-ブレークイーブンインフレ率10年)は、長期にわたり、付かず離れずの関係にある。
景気後退に陥り金融緩和が行われると、実質金利は自然利子率を大きく下回る水準へ押し下げられ、その期間は2~3年にも及ぶ。景気や金融市場への配慮から、景気後退期を脱しても、金融緩和策はすぐには正常化できないためだ。
また、2000年以降を見ると米国では景気後退局面を経る度に、自然利子率が段階的に低下するという特徴がある。経済政策によって景気が回復しても、ゾンビ企業の延命などで非効率性が温存され、全要素生産性(自然利子率の構成要素)が低下してしまうからかもしれない。
今後、ワクチンの普及などで経済が正常化に向かえば、金融緩和は出口政策へ移行し、実質金利には上昇圧力がかかるだろう。だが、過去と同様に今後、自然利子率の水準が切り下がるとすれば、FRBが許容できる実質金利の上昇余地は大きくないと思われる。
なお、コロナ禍を受けたDX(デジタル・トランスフォーメーション)の進化が、全要素生産性や自然利子率を押し上げるとの期待がある。
それは実質金利の上昇余地を広げることになるが、過去5年間、GAFAM等のハイテク企業が急成長するなかでも、自然利子率には大きなトレンド変化は起こらなかった。この点は筆者を含め、意外でありGDPそのものの構成要素に、欠陥が出てきたのかもしれない。この期待は、ひとまず 一時保留だ。
さて、現在はFRBの側から政府に財政支出を促しているところ。財政出動の効果を最大限に引き出し、景気回復を後押しする観点からも(あるいは様子を外さないためにも)、FRBはクラウディング・アウトを惹起するような、実質金利の上昇を抑制していく公算が大きい。
当面の実質金利は△1%近辺(3月2日時点では△0.86%)推移するのではないか。実質金利の上昇は、経済だけでなく株式市場にも大きな影響を与える。
米国のS&P500株価指数のPER(株価収益率)は実質金利と強い逆相関の関係にある。理論上、PER=1÷(実質金利-期待成長率)であるからだ。
実質金利が上昇していけばPERとともに株価が下落しやすくなる。無論、景気回復に伴う実質金利の上昇であれば、同時にEPS(企業業績。1株当たり利益)が回復するため、株式市場では「金融相場」から「業績相場」の株高へのシフトを展望できる。
ただし、過度な実質金利の上昇はPERの低下のみならず、景気や企業業績の悪化にもつながり、業績相場も画餅に終わる。また、株価の下落は金融環境をタイト化し、企業経営や雇用を悪化させる恐れもある。この面からもFRBが実質金利の大幅な上昇を看過する可能性は低い。
期待インフレ率はどうなる
実質金利とは対照的に、期待インフレ率(将来のインフレ率予測値)は、上昇の一途をたどってきた。コロナ禍を受けて0.6%を割り込んだ期待インフレ率(ブレークイーブンインフレ率)は、既に2%の大台に乗せている。コロナ禍以降の拡張財政と金融緩和が景気を刺激していることが背景だ。
米国の企業景況感を表し、GDP成長率と連動性も高いISM製造業指数は、期待インフレ率の行くえを予測する上で有用である。
となるとISM指数が60近辺にあっての現在の期待インフレ率(2.2%)は、景気の裏付けのある妥当なものといえる。ただ、ISM指数が60を本格的に超えることは稀であり、期待インフレ率もこの辺が限界かと判断される。
「それでは済まない、バイデン政権は、さらにインフラ投資で追加財政支出を実施する可能性が高いゆえ、期待インフレ率はさらに上昇する」との見方もあるが、その場合はFRBが実質金利の上昇を抑えるため、ツイスト・オペ(短期債を売却すると同時に長期債を購入する操作)を実施して、実質金利の上昇を抑制すると思われる。
期待インフレ率の上昇自体はFRBも歓迎する。2.5%の期待インフレ率となったときに実質金利を△1%の抑え込むには、長期金利を1.5%近辺に管理する、というわけである。実際のところ、この想定こそが現実的と判断する。
イールドカーブからの長期金利見通し
長期金利の行方は、金融政策とイールドカーブの傾き(長短金利差)からも推測しうる。現状はFRBのゼロ金利政策の長期化が見込まれるなかで、短期金利(2年債利回り)は底這いが続く。
一方、財政支出の拡大や景気回復期待を背景に、長期金利(10年債利回り)は上昇している。結果として長短金利差(10年-2年)が拡大し、イーグルカーブはスティーブ化している。今後、イーグルカーブの傾きがどう変化するかは景気と金融政策の行方次第だ。
現在の米国経済・金融市場は、「利下げによるブル・スティープ局面」から「利上げ・テーパリング(FRBによる債券購入額縮小)思惑によるベア・スティープ局面(長期金利上昇が急角度化する)への移行期にあり、長短金利差は拡大しているという構図だ。
イールドカーブの傾き(長短金利差)は、景気回復の強さに依存する。つまり、GDPギャップ(潜在GDPと実際のGDPの乖離率)と連動している。
市場参加者の経済予測に従えば、GDPギャップのマイナス幅は、景気回復とともに今後急速に縮小し、2022年半ばにはプラスに転じる公算が大きい。
この分析から、長短金利差は現在の1.3%(130ベーシス・ポイント)近辺から、年末には110bp程度へと縮小すると見込まれる。
FRBがゼロ金利政策を解除するのは2025年頃とみられているが、量的緩和(資産買入れ)の縮小(テーパリング)に入るのは22年になる公算が大きい。
ようするに、市場は短期金利(2年債。現在の利回りは0.1%台)が年末に向け0.2%台程度まで上昇すると予想するはずだ。となると長短金利差予想(1.1%)から長期金利は年末までに1.3%に向けて上昇するというのが、あるべき推理なのである。
したがって現在の長期金利が一時的にせよ、1.61%まで上昇すること自体、異常なのである。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年3月4日に書かれたものです)