イスラエルとCOVID-19 ネタニヤフ首相の対応の成果は?
COVID-19感染症下のイスラエル
米国は合衆国憲法の前文で、「合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し」、そのもとで「正義の樹立」「福祉の増進」「子孫のために自由の恵沢を確保」などの連邦形成の目的をうたっている。この憲法は、1787年9月に作成され、現在も機能している世界最古の成文憲法である。
2021年1月6日、この憲法の第1条によって立法権を付与された連邦議会に暴徒たちが乱入した。世界各国の政治指導者は、2021年の幕開けに起きたこの事件を民主主義への脅威ととらえ、暴徒たちへの厳しい批判を表明した。
このような、連帯し行動する人びとと政府の間の「言葉」より「力」の激しいせめぎあいは、近年、各国で頻発しており、2021年もおよそ1カ月の内に、米国以外でも、ロシアでの市民デモへの暴力的な弾圧、ミャンマーでの軍事クーデターなどが起きている。
人びとの意識の連帯は、SNSにより情報共有が容易になったことと関連しており、2011年の「アラブの春」と呼ばれる中東での政変は、その先駆けといえる。
意識連帯した人びとに対する統治権力者の行動は、大きく、
- 意識連帯した人びとを操る、もしくは共闘する
- 意識連帯した人びとを暴力的に抑圧する
に分けられる。
1については、米国のトランプ大統領が典型的な例である。また、2については、香港やタイ、ベラルーシ、ロシアなどで見られている。
以上のような観点を踏まえ、以下では、COVID-19のワクチンの迅速な接種政策を通しイスラエルのネタニヤフ首相の行動について検討する。ネタニヤフ首相をとりあげる理由は、COVID-19政策以外にも、以下のような点で注目される人物だからである。
第1に、同首相が2009年3月に2度目の首相に就任し(第1次は1996~99年)、約12年にわたる長期政権を敷いている。
第2に、本年3月23日に、2019年4月および9月、2020年3月に次いで、2年間で4度目となる総選挙を実施する。
第3に、現職の首相として初の刑事裁判(収賄罪など3件)に起訴されている。
こうした事情を抱えつつも長期にわたり政権の座に就いているネタニヤフ首相は、トランプ前米大統領ほどSNSを使って情報発信し、人びとの意識を操る行動に長けているわけではないが、選挙での情報戦略に長けているといえる。
イスラエルとCOVID-19
人口約880万(2017年)のイスラエルでのCOVID-19の感染状況は、2021年1月末時点で約64万人、死者4700人以上となっている。
イスラエルのCOVID-19対策では、以下の点が注目されている。
- 人口に対するワクチン接種率が世界トップにある点
- ユダヤ教超正統派の人びとに対する感染対策が難航している点
ワクチンについては、ネタニヤフ政権が、米国のファイザー社と接種データ、医療データの提供を条件に特別なワクチン供給契約を結び、同社から500万回分の入荷を手配した。
第1回目の接種は2020年12月19日から開始され、1月末のイスラエルの報道によれば、1回目の接種を300万人以上が終え、2回目の接種もすでに、およそ170万人が完了している。イスラエルのワイズマン科学研究所とイスラエル工科大学の調査では、このワクチン接種政策により、同国の感染状況はロックダウンとは異なる減少効果が認められている。
また、イスラエルの健康維持機構のクラリットの調査結果でも、同様の効果が示された(1月22日付『ネイチャー』誌に掲載)。保健省を含む権威ある国内機関からのワクチン接種の効果が国内外に発信されたことは、ネタニヤフ首相が危機に強い人物像であると国民にアピールすることにつながっている。
危機に強いという同首相のイメージは、アラブ諸国(UAE、バーレーン、モロッコ、スーダン)との国交正常化によっても強化されている。
2月9日、短時間ではあるが、同首相のアブダビ訪問が予定されており、2020年9月のUAE、バーレーンとの国交正常化協定締結以来、イスラエル首相の初の湾岸アラブ諸国への公式訪問として、国内外で話題となっている。
ロックダウン対応の温度差
1月31日夜、イスラエル閣議は、意見対立から5時間に及ぶ協議となった。協議内容は、2月1日までとされていたロックダウンの拡大・延長をめぐるものであった。保健相は、2月7日まで延長すると主張したが、結果として、4日間の延長にとどまった。
この協議において、ガンツ副首相兼国防相は、ロックダウンの効果よりワクチン接種の方がより有効であると主張した。ガンツ氏は、ロックダウンによる精神的、経済的、社会的な面での副作用を懸念していた。
同氏の懸念に大きく関係しているのが、ユダヤ教の超正統派コミュニティの存在である。長時間の閣議の1月31日の昼には、超正統派の上級ラビでトーラ評議会のメンバーであったラビ・シャイナ氏(99歳)の葬儀が実施された。
同氏は生前、保健省の指示を完全に順守し、結婚式や葬儀などの多数の集まりや行事を行わないよう訴えていた。しかし、その意思は尊重されることなく、同氏の葬儀に参加するため、エルサレム通りには1万人以上が参列した。
また、その数時間後、ラビ・イッツチャック氏(98歳)の葬儀にも参列者が集まり、イスラエル国内では感染拡大への懸念が高まった。この宗教コミュニティ(人口の約11%)は、公然と感染症対策の安全ガイドラインに違反し、神学校の開校、シナゴーク(祈りの場)の開放、大規模な結婚式や葬儀を行い続けている。
保健省によると、超正統派コミュニティの感染率は、一般地域の2倍以上となっている。こうした人びとに対する一般市民の批判は厳しく、彼らへの行動規制を強く打ち出せないネタニヤフ首相への批判ともなっている。