米国長期金利の上昇は本物か
ドル高・米国株下落の予兆?
まず、大まかに今回の長期金利上昇の背景をまとめてみた。
① 米国景気は足下ではバラツキが多く決して力強い回復基調ではないが、ISM製造業景気指数(12月)は60.7と連続して分岐点50を超えており、非製造業も57.2と市場予想を大幅に上回っている。
耐久財受注(航空機除く非国防資本財)もコロナ感染拡大前のレベルよりも高いし、株価も最高値を更新している。
GDP成長率では第3四半期=前期比年率33.4%と第2四半期の大幅後退を埋め、且つ第4四半期も同8.7%の伸びが見込まれている。市場が「経済は改善ベースに乗った」との見方を強めてきた。
② 期待インフレ率の上昇(2%台乗せ)。バイデン政権下で大型経済対策が期待され、期待インフレ率と相関が高い原油価格の上昇との連動が見られる。
③ 1月5日のジョージア州上院議員決選投票で2議席とも民主党勝利。バイデン政権はトリプルブルー下で財政出動を大型化し、国債発行を増やし、債券需給が緩むとの読みが台頭。
④ ワクチン接種が1千万回となり、感染拡大抑制による経済の上向きを期待し始めた。
⑤ 経済の回復、ワクチンの開発・接種スタートなどで経済政策不確実性指数が低下。安全資産である債券からの資金シフトをもたらしている。
では、FRB議長とFRBメンバーの中で最も分析力を持つブレイナード理事はどう認識しているのか?1月14日の両氏の主張を記しておこう。
FRB議長=インフレに関する厄介な兆候が出てこない限り、利上げはしない。
この点に関しては視野を広くして見ている。新たな枠組みの信認のためには2%を一定期間、上回る必要がある。一時的に2%を超えても、すぐに利上げにつながらない。一時的な物価上昇は基調としての物価上昇を意味しない。
雇用の最大化については、今年後半の景気が強かったとしても最大雇用からはかけ離れている。資産購入変更の条件が近づいた際は、実際に変更を検討するよりも前にわかりやすく知らせる。利上げの時期は全然近くない。
FRBブレイナード理事=経済は雇用、インフレの両面で目標から程遠く、楽観的な見通しの下でも一段と顕著な進展を実現するには時間がかかるだろう。
私の基本的な見通しを踏まえると、足元の資産購入ペースはかなり長い期間にわたって、適切であり続けるだろうと予想する。
当然ながら、われわれは妥当だと判断すれば増額する用意があることを、コミュニケーションの中で示唆している。コロナ禍での資産購入は雇用とインフレの目標について一段と顕著な進展があるまで少なくとも現行ペースで継続されるだろう。
確かにFOMCメンバー17人中、4人がテーパリング(資産購入の縮小)について、年末までに議論を開始する可能性に言及している(1月13日まで)。
しかし、この2人のFRBボード(幹部)の見解こそが現段階でのスタンスであり、「米国長期金利の上昇」を市場の大きなリスクと捉える局面ではあるまい。
雇用とインフレ率の現状
まず、雇用面から言及しよう。12月の米国雇用統計(1月8日)の前の6日にADP社の「12月民間雇用者数」が発表された。前月比▲12.3万人(11月は+30.4万人)と減少に転じた。
その上での雇用統計だったが失業率こそ6.7%と前月と同じも、雇用者数が前月比▲14万人とコロナウィルス感染が拡大していた2020年4月以来の前月比マイナスで、事前予想(同+5万人)も下回った。
2020年11月以降、新規感染者数が急増しており、飲食等のサーブス業を中心とした一時的解雇等による雇用者数の減少が影響したと考えられる。この段階で新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年通年の雇用者数は前年比▲937.4万人となった。リーマンショック後の2009年(同▲505万人)以来のマイナスである。
失業期間が27週間以上になる長期失業者も12月に2.7万増えて395.6万人と約7年ぶりの高水準となっている。失業者全体に占める長期失業者の割合は約4割となっており困難な職探しの状況がうかがえる。しかし、エコノミストは総じて楽観的。
宿泊・飲食を除いたべースでは約35万人の雇用増加だ。ワクチン接種の拡大により、コロナ感染状況が春以降に好転し、宿泊・飲食分野での再雇用で労働市場は劇的に改善する。FRBの想定以上に失業率も低下すれば、テーパリングを含む出口戦略の議論が一気に加速する可能性がある」との読みだ。
ところが肝心のパンデミックに全然、収束の兆しがない。それどころかウイルス感染力の強い変異種が急速に広がり、且つワクチン接種のスピードが目標の2~3割でしかない。SNS(ソーシャルメディア)によってワクチンに関する否定的な情報(多くは偽情報)が伝播し、なかなか接種に動じない状況にある。
いくらバイデン政権が雇用助成金、個人給付金を上乗せしても、ウイルス感染が明白に収束方向を示さなければ、行政側の経済・行動規制措置が続くし、政府による助成が企業や家計をフルカバーすることはない。
1月9日終了週の新規失業保険申請件数も前週比18.1万件も増加し98.5万件と急増したが、
市場の見方は「季節調整指数が小さすぎた。本来は76万件程度で申請が増えたわけではないだろう」と重ねて楽観的。実際は確実に飲食店閉鎖が目立っていたわけでどうも納得がいかない。
インフレ率についてはどうか。
②の期待インフレ率については、実際的に原油先物相場(WTI)との相関が高く、1月5日の49.9ドル台が15日現在は52.3ドル台と続伸している。期待インフレ率(10年BEI)も、それに沿って2.04%台から2.09%台へと上昇。
サウジが減産幅を大きくして価格下落を阻止している構図で、これにバイデン政権下での大型財政政策による先行き経済へのプラス展望が重なっている。
だが、この見方も危うい。コロナ禍が収束するとの根拠も定かでないし、仮にWTI価格が60ドルに迫ってくる様だとガソリン価格の高騰から、感染拡大防止の観点で自動車利用を増やした家計に重い負担となり個人消費の下振れを通じて、長期金利の上昇は抑制されていくことになる。
足下の物価上昇率はどうか?13日に発表された12月のコアCPIは前月比+0.09%。前年比では+1.62%であった。比較対象となる2019年12月はパンデミック前であるから、経済が完全雇用状態にあり、相応の物価上昇圧力が働いていた時期である。ところが、2021年春以降のCPIは比較対象(2020年春~)がパンデミック時期になる。
したがって前年比の数値はベースエフェクト=誇張の数値となる可能性が高い。今春以降、コアCPIが過去数カ月のトレンドである前月比0.1%強で上昇した場合、前年比の数値は4~6月にかけ+2%を超え、最大+2.5程度に達する。
ましてや夏あたりからパンデミックが和らぎ、前月比+0.2%か0.3%の上昇となるなら前年比では3%近い上昇となる可能性がある。前年の物価上昇が低いと、こうした「数字のマジック」が市場筋の「テーパリング観測」につながっていくことになる。もちろんFRBのボードの面々は百も承知であり、テーパリングに動くことは当分、有り得ない。
ドル高へのトレンド転換はない
ましてや利上げ観測の台頭などは論外である。例えばFOMCが昨年12月に公表した経済見通しのうち、失業率でみると、これから約36カ月後の2023年第4四半期に完全雇用が達成されていることになる。
ところが、実際の雇用情勢は昨年の年初来、累計で約937万人が失職した状態となっている。これを36カ月で取り返す為には、安定的に毎月26万人の雇用増が求められるが、早くも昨年12月に前月比でマイナスを記録した。
雇用の回復はFOMCの見通しよりも相当後ずれする可能性が高く、利上げ観測は時間の経過とともに逃げ水の如く先送りされ、それに伴い長期金利の上昇も抑制されよう。では、長期金利が上昇するとの見通しが主流になる時間帯が生じるとした場合、ドル円は上昇するのか。
現在、米国の株式相場を予想株価収益率(PER)でみると歴史的な高値圏に迫っており、株式投資のパフォーマンスが限界に近づいているとみることもできる。しかし、PERの逆数でみた益回りの低下とともに、米長期金利も大きく低下してきたことが株式相場の割高感を打ち消す一因となってきた。
この為、長期金利が上昇するに連れ、この長期金利との比較でみた益回りの低さ(即ち株価の割高さ)が嫌気され、株式市場が調整を迫られる可能性が高まる。その際、現在の投資筋(IMM)の円ロング・ドルショートが巻き戻されるとすればドル円の初期反応はドル高円安となろう。
総合的にみれば、現時点では今年の米長期金利が1.5%程度(1.4~1.65%)までは上昇する局面もあろう。しかし、過去最大規模に膨らんだ経常赤字をファイナンスするだけの十分な対内米国債投資を呼び込むことができるか?
結局、米次期イエレン財務長官とFRBブレイナード理事(バイデン氏の経済ブレーンは当初、
同氏を財務長官と推薦した)の連携により、ドル安の本流を維持することになろう。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年1月18日に書かれたものです)