米国の来年のテール・リスク2題
来年の米国金利は波乱となるのか
米国金利は、リーマンショック直後から一気にゼロ%近傍まで下げたあと、2015年12月以降は、景況の回復とともに2019年7月末まで引き上げが続き、2.4%台となった。しかし、そこから再び利下げに転じ、今年3月の段階で一気にゼロ%近傍へと戻ってきたわけである。
一方、長期金利(10年国債利回り)は、FF金利にやや先行する形で動き、2018年後半の3%台をピークに今年3月以降、1%割れとなっている。ただし、FF金利が、まだゼロ%近傍であった2015年12月あたりは2%台前半であったゆえ、長期金利の居どころは当時よりはるかに低い水準にある。
もともとFRBは米国の金融機関の収益環境を維持・向上させるのが本来の設立主旨ゆえ、長短金利差(イールド・スプレッド)の縮小は望むところではないが、コロナショックで経済の下振れが今後も続く可能性が高いがゆえ、止むを得ず「可能な限りの金融緩和政策」で対応するしかないのが現状である。
このリポートが発行される時点では、FOMCも終了しているが、今秋以降、市場ではFRBの追加的な対応としてFF金利のマイナスゾーンへの引き下げや長期金利を操作目標とするイールドカーブコントロール(YCC)、その関連としてのフォワードガイダンス(先行きの政策スタンス)の強化等が議論されてきた。
しかし、マイナス金利については連邦準備制度という原則と矛盾するとの見方が根強く、FRBとしても、これ以上米金融機関の収益環境を悪化させたくない。またMMFを中心とした資産運用業界への配慮もあり、実現性は高くない。
YCCについては、日銀が国債購入水準をターゲットにしてきたことからFRBも一時は、その手法も検討したが、米国は日本ほど大量の国債購入がないため、現実的ではないとして現在は政策の候補から外れている。その結果、追加の金融支援が必要な場合は、さらなる国債購入策に傾きやすい。
また、日本のように10年物といった長期ゾーンよりもむしろ、中期ゾーンを想定した対応にウェイトを移す可能性が高い。もちろん、フォワードガイダンスの強化は何よりも優先して決定されるだろう。となると、米国のイールドカーブ(利回り曲線)はどう推移していくのか。
まず、イールドカーブの起点(FF金利)はFRB自体が明言している様に2023年末まで動かず、固定(0~0.25%)されたままであっても、それ以降のカーブは相応に変化しうる。つまり、マイナス金利もYCCも導入しないとなると「上振れ」要因しかない。
だからといってFRBがFF金利の上昇圧力を野放図にすることもなく、追加的な国債購入、フォワードガイダンスでの時間軸の明示化、中期ゾーン国債の購入ウェイト拡大となろう。
ここからが重要なのだが、FRBが「市場との対話」を第一にするのかが重大な岐路になる。コロナのワクチン効果が少なくとも米国で明白になってきたり、感染者数が大きく減少してきたりすると市場は間違いなく「FRB政策の正常化論」に傾注し、金融証券・外為市場に大幅なポジション調整が起こる。
この場合はFRBの「2023年末までFF金利はゼロ近傍に維持する」との方針なんぞ吹き飛んでしまう。仮に2023年末まで動かさないとFRBが再発言しても「その次の一手は正常化(利上げ)しかない」と判断し、市場の先走りは止まらなくなる。
「市場」の見方が、その段階では“早とちり”であっても「対話重視」とするならFRBは方向転換をするしかなくなる。もちろん、まずは長期金利が2%方向に跳ね上がり、FF金利はゼロ%近傍のままゆえ、「イールドカーブ」は急角度となる。
いわゆる「イールドカーブのスティープ化」だ。スティープ化自体は経済の安定化を意味するがゆえ、悪いことではないが、正直なところ、来年のどこかで、こうした動きがあっても「市場のフェイク」である可能性は極めて高い。そう簡単にパンデミックは収まらない。
実は、こうした市場の「早とちり」を抑えるためにこそバイデン次期政権は、ウォール街の重鎮たちと協議の上で財務長官にイエレン前FRB議長を指名したのではあるまいか。FRBパウエル議長は、イエレン体制のもとで副議長として二人三脚をしてきた人物で、ブレイナード理事という強力な協力者も温存している。
財務省とFRBによる適切な財政・金融政策を示すことで市場の動揺は恐らく早期に収束していくことになろう。来年の「市場大波乱」は一時的にすぎまい。
ブラックロック登用の意味
バイデン次期大統領は2人のブラックロック(米大手資金運用会社)出身者を経済チームメンバーとして登用を決めた。NEC(国家経済会議)委員長にブライアン・ディーズ氏。財務副長官にウォーリー・アディエモ氏。どちらもブラックロック社の幹部だ。
これまでも米政権中枢には必ず何人かのウォール街出身者が登用されてきた。直近の4政権でも3つの政権で財務長官はGS(ゴールドマン・サックス)出身者が占めてきた。
周知の事実だが、ウォール街は大統領選挙時に、共和党・民主党両候補に対し巨額の献金を提供してきた。その結果、政権との回転ドアとして、お互いがギブ&テイクをしてきたのである。その意味では、次期政権でのウォール街登用は特にニュース性はない。ただ、このところ登用しなかったブラックロックであるところが注目だ。
「米国の金融界は、中国と比較的良好な関係にあることからウォール街のブラックロックからの登用は、バイデン政権下での米中対立を緩和させる面もある」とは最近のウォールストリート・ジャーナル誌。
トランプ政権下で米中通商戦争が激しさを増すと、中国政府は中国の米金融機関の活動についての規制を緩和し、ビジネス機会を拡大させることと交換に米国金融機関に対してトランプ政権との間の仲介役を果たすよう、要請してきたという。
しかも今に始まった動きではない。1990年代終わりに中国の大手銀行が不良債権問題に悩まされた際には、当時の朱容基首相は、米国の投資銀行に不良債権処理の支援を要請した事実も判明している。
この中には当時、GS幹部だったポールソン氏(その後、財務長官)も含まれていた。ポールソン財務長官がリーマンショック時に、中国政府に救済支援(米銀への資金供給)を要請(結局、断られたが)していたことも判明している。
究極は、中国が米国の主導で2001年にWTO(世界貿易機構)に加盟させてもらった見返りに、中国政府は金融センター自由化(海外金融機関の参入承認)に同意したという事実だろう。今年1月に成立した米中貿易協議の第一段階合意にしても、中国側の金融分野での積極的な開放策が含まれていた。
米国の産業界では「成果が見えない」としてブーイングが多かったが、結局、ムニューシン財務長官(ウォール街の代表として)が合意を承諾したのである。
この合意を受けて、JPモルガンチェースは中国での先物取引合弁事業の完全な支配権を得ることができ、GSグループとモルガン・スタンレーはそれぞれ、中国での証券合弁事業の経営権を確保。シティグループも中国で営業するファンドの保有有価証券を保管・管理するカストディアン(監理機関)のライセンスを得ることになった。
ムニューシン財務長官が米中通商交渉でライトハイザーUSTR(米通商代表部)長官と必ずしも意見を供にしたわけではなく、むしろ「親中」的でもあったが、今日までトランプ大統領は決して彼を更迭することはなかったが、その背景には「ウォール街」との暗黙の了承があるからだ。
したがって、裏側を知らない国際外交の専門家の中には「米国は中国共産党政権を叩き潰す狙いへエスカレートした」と、おどおどろしい予測まで口にする向きもあるが、残念ながら有り得ないのである。
今年8月、ブラックロックは外国企業として初めて、中国での全額出資の投資信託事業の開始を認められた。低金利下で収益性が低下している米国の金融業にとって、中国は収益獲得の機会に溢れている成長市場。
確かに、2015年夏の人民元切り下げに伴う中国株の下落を受け、中国の金融分野の自由化は一時停止したが、米中通商戦争の副産物として自由化が再び進められていったことも事実である。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。
(この記事は 2020年12月14日に書かれたものです)