エルドアン政権に陰り 問われる政権運営
国際社会では、COVID-19のワクチン開発で朗報が続いており、感染対策の希望が見えてきている。その一方、感染の拡大に加え、紛争の発生や紛争リスクの高まり、国内政治の対立の深刻化が起きている国も少なくない。
例えば、台湾海峡の緊張、香港やタイでの市民運動、南コーカサスのアゼルバイジャン・アルメニア紛争(停戦状態)、西サハラでのモロッコとポリサリオ戦線の対立、アフリカの角でのエチオピアの部族対立などが挙げられる。
とりわけ、エチオピアの部族対立は、隣国を巻き込み国際紛争へと拡大する恐れがある。すでにスーダンへは大量の難民が流入しており、負の連鎖が生まれている。このような不安定な国際情勢に、11月の米大統領選挙で勝利を宣言した、バイデン氏がどのような対外政策を選択するかが注目されている。
一方、トランプ大統領との個人的関係を深めてきた、イスラエルのネタニヤフ首相、トルコのエルドアン大統領、サウジアラビアのムハンマド皇太子、北朝鮮も金正恩最高指導者たちは、同大統領の退陣を受け、対外政策をどう転換するかも注視する必要がある。
以下では、これらの政治指導者のうち、南コーカサスでの紛争や東地中海問題など対外的に強気の姿勢を見せているエルドアン大統領を取り上げ、その政権運営について検討する。
2014年8月に就任したエルドアン大統領は、2017年の憲法改正で大統領権限を強化し、2018年6月に再選(任期5年)を果たした。その対外政策のあり方や、国内の人権問題で、EUとの対立が生まれている。
仮に、米国の新政権が、対ロシア政策の見直し、EUとの政策協調路線をとれば、トルコと米国との関係は今より悪化する懸念もある。トルコでは、現在、COVID-19が猛威を振るっており、観光産業、輸出産業が打撃を受け、外貨準備高が減少している。つまり、エルドアン大統領の残りの任期の政権運営は、厳しいものになる可能性が高いといえる。
トルコの経済回復の可能性
トルコは人口約8315万人、1人当たりGDPは9213ドル(2019年、トルコ国家統庁)、総兵力35万5200人の中東地域の大国である。エルドアン大統領は共和国建国100年にあたる2023年に、世界10位に入る経済規模(輸出額5000億ドルなど)にすることを目標にしてきた。
しかし、2018年8月10日、トランプ政権がトルコの輸出品(鉄鋼、アルミニウム)への課税を2倍(2.5%から5%)にするとの発言をきっかけに、米国・トルコ関係が悪化し、トルコ・リラが急落した。
その影響は、トルコに融資するヨーロッパの金融機関や、トルコと同様に対米貿易で黒字になっている、新興国の通貨不安へと広がり、世界を巻き込むに至った(「トルコ・ショック」)。その後、トルコと同盟に近い関係にあるカタールが、トルコに150億ドルの支援を行ったことで、トルコは通貨危機を脱するかに見えた。
しかし、2020年3月、COVID-19の感染症の拡大による世界的株安が進む中、再びリラが下落基調となる。また、トルコ経済が経常収支、財政ともに赤字状況にあるなか、金融政策では中央銀行の独立性が疑問視されていた。
それというのも、エルドアン大統領は金利の抑制を求める政治姿勢をとっており、中央銀行政策評議会は、同大統領の期待に応える政策を実施しているとの見方が広がっていたからである。同大統領の金利抑制の姿勢は、イスラム的価値観に基づくものと指摘されているが、むしろ、同大統領が尊敬する政治家である、故エルバカン首相の「公平な経済が公正な政治秩序を生む」という国家ビジョンに沿ったものと見ることができる。それは、同大統領の経済発展重視の政策とも結びつく。
エルドアン大統領は11月7日、中央銀行総裁のウイザル氏を解任し、翌8日には娘婿のアルバイラク国庫・財務相も辞任させた。そして11月19日には金融政策評議会が公表した政策金利の一体化、1週間物レポ金利引き上げ(4.75ポイント引き上げ、15.0%)に支持を表明した。この一連の動きは、エルドアン政権による金融政策の転換の試みと見られている。
中東のメディアによると、エルドアン大統領は、直接インフレに苦しむ市民の訴えを聞き、大統領府予算局長に経済状況調査をさせている。その調査報告では、「金利回廊」とよばれる複数の金利が創出されていることで、中央銀行の外貨準備資金が資金不足にあるとされていた。中央銀行総裁および国庫・財務相の人事は、こうした事態に陥っていることの責任をとらせたものと考えられる。
今後、中央銀行新総裁に就任したアーバン氏(元財務相)と、新国庫・財務相に就任した絵ルヴァン氏(国会の計画・予算委員長)という新体制は、徐々に政策金利を引き上げ、金融機関の資金不足やインフレ問題、雇用問題に対応した金融政策に取り組むとみられる。
しかし、トルコ経済の双子の赤字の改善はあまり期待できないだろう。それは、世界経済がCOVID-19感染症により打撃を受けているためである。また、シリア、リビア、ソマリア、アゼルバイジャンなどへの軍事支援・介入というエルドアン大統領の対外政策の負担も重くのしかかっている。以下では、トルコによる他国への軍事的関与について、東地中海問題を中心に検討する。
トルコの東地中海問題
エルドアン政権は、上記で見てきたような経済面での不安定性のみならず、政治面でも安定しているとはいえない。与党である公正発展党(AKP)は、2019年3月の地方選挙で敗北し、その後、2度の分裂を経験している。
その中で、シリア、イラクへの軍事介入、アゼルバイジャン、リビアの統一暫定政府(GNA)への軍事的・人的支援を行うなど財政負担を増やしている。さらに、内戦下にあるリビアでのGNAへの支援では、リビア東部の部族を支援するロシア、フランス、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、サウジアラビアとの敵対的関係が深まる事態を生んでいる。
このような財政負担と国際的軋轢を生じさせても、トルコがリビアに関与するのはなぜだろうか。シリア、イラクに関しては、トルコの反体制派勢力のクルド労働者党(PKK)の掃討をはかるという安全保障を目的としている。
一方、リビアとアゼルバイジャンへの介入は、エネルギーの安全保障と関連している。トルコは、イスラム主義に基づく政治運動を行っているムスリム同胞団を支援するカタールと共にGNAを支援しており、同胞団が関与するGNAとは、2019年11月に軍事協定を締結した。トルコは、この協定締結と同時にリビアとの海洋境界画定に関する覚書を交わしている。
2019年の協定と覚書によりトルコが手にしたのは、
- 東地中海での天然ガス開発の足場、
- リビア国内での軍事基地の設置という果実である。
東地中海の天然ガス開発については、ガス田がキプロス、イスラエル、エジプトの経済水域(EEZ)の境界付近にあることから、これら諸国が開発に乗り出しており、トルコは取り残された状況に置かれていた。
リビアとの覚書は、トルコにとって、開発の遅れを取り戻す機会となった。その一方、東地中海の天然ガス開発や、リビアへの武器輸出に関し、EUとの対立が生じるというデメリットも生んでいる。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。
(この記事は 2020年11月26日に書かれたものです)