バイデン氏が掲げる経済的側面での対中政策
同盟の結束がベースに
バイデン政権下での米国の対中強硬姿勢に変化はないとされる。その通りなのだが、手法やプロセスには相当の違いが出てくるだけに、「トランプ政権に比べ、軟弱で即効性に欠ける」とした市場の評価が先行しやすい。まず、アプローチ。
トランプ政権は「米国第一主義」のもと単独で中国に圧力をかけると同時に、中国のみならず、欧州やNAFTA(※北米自由貿易協定)等に対しても高圧的な姿勢で相手国に変化を要求してきた。また、事務方が詰めた合意案を直前にひっくり返すなど、予測不可能な行動をとるケースも散見された。
こうしたトランプ流の強面な姿勢は、結果的にNAFTA(※北米自由貿易協定)の見直しに繋がったほか、コロナ禍の影響もあり十分な成果は得られていないものの、米中「第1段階通商合意」として結実した。
一方、対中貿易交渉を優位に進めるために、対イラン・北朝鮮向け輸出で対米取引を禁止された中国通信機器大手「ZTE」の制裁措置を2018年に緩和したほか、貿易交渉においても、農産品の輸出等に拘る結果、中国の最大の問題である、産業補助金や国有企業改革への対応を「第2段階」へ先送りするなど、国益よりも実利重視の対応も、散見された。
また、トランプ政権は、さまざまな国際機関や国際的枠組みから脱退し、距離を置いたため、かえって国際機関等における、中国のプレゼンスを高めてしまった面も否めない。これに対し、バイデン氏は同盟・友好国と連携し、国際的な枠組みを活用して対中圧力を強めていく方針を示している。
また、トランプ大統領のような関税・貿易だけでなく、民主党が重視している人権や、環境問題も取り上げることで、より包括的なアプローチをとっていく方針である。ただ、こうしたアプローチには功罪両面がある。様々な分野で国際的な中国包囲網ができれば、中国にこれまで以上のプレッシャーをかけることができるだろう。
一方で、国際協調を重視するがために合意形成に時間を要してしまうほか、一部の国々に配慮する結果、骨抜きの内容になってしまうというリスクもある。日本をはじめとする米国の同盟国・友好国にとっては、独断専行するトランプ大統領のもとでは、必ずしも旗幟を鮮明にする必要のなかった対中政策について、共同歩調をとる、いわゆる「踏み絵」を迫られる可能性もある。
この他、対中政策において貿易赤字削減に力点を置いてきた、トランプ大統領と異なり、バイデン氏は気候変動問題を最優先課題としていることから、最大の二酸化炭素排出国である中国から、一定の譲歩を引き出すために、関税引き下げなどの懐柔案が打ち出される可能性がある。
対中国封じ込め政策へ
現在の米国の対中政策は、
- 中国の影響力が世界的に広がらないよう、いわゆる「封じ込め」を行い、最終的には体制の転換を促していくと同時に、
- 中国に圧力をかけていく以上、その報復措置等によって自国が打撃を受けないよう、中国依存を極力減らしていく、いわゆる「デカップリング(分断)」していく
という2つが大きな柱になっている。
ただし、バイデン氏の、外交ブレーン=アントニー・ブリンケン元国務副長官(※次期国務長官の可能性大)は、中国との完全なデカップリングは、非現実的と指摘しており、「デカップリングよりも封じ込めにより力点が置かれることになるだろう」と明言している。
「封じ込め」については、引き続き、依然米国が支配力を有している分野を駆使して、中国の経済成長、国力増大のスピードをより抑制していくことが予想される。中国にその座を脅かされているとはいえ、現時点で米国が圧倒的な力を有している分野は少なくない。
「産業のコメ」といわれる半導体では、米国が引き続き優位性を保持しており、2019年の半導体企業売上高の本社所在国・地域別シェアをみると米国が55%と圧倒している。
中国では、スマホや通信機などIT関連機器の生産が増大しているものの、半導体の大半を輸入に依存しており、中国通信機器最大手ファーウェイに象徴されるように、先端技術を取り扱うIT関連機器メーカーは米国政府に命運を握られている状況にある。
こうした状況に対し、中国政府は半導体の国産比率を高める方針を示しているが、半導体製造に関しても、必要ないくつかの工程において米国メーカーが圧倒的なシェアを占めている。
軍事力がIT技術と表裏一体となるなか、中国でのIT技術の進展は、現時点では圧倒している、米国の軍事的な優位性を脅かす要因にもなっているだけに、中国の半導体国産化のスピード鈍化に向け、今後もファーウェイや半導体受託生産最大手SMICへの、最先端の半導体関連技術・半導体製造装置の輸入制限を続ける公算が大きい。(※ただし、こうした輸出制限措置は、中国の国産化に向けた投資拡大、技術開発への注力を誘発し中長期的には中国における半導体産業の一段の拡大、技術革新を招いてしまうリスクがある)。
むしろ、日本や欧州のメーカーによる代替、あるいは迂回輸出など中国の抜け道活動により、中国IT関連の技術革新のスピード鈍化が実現しない場合には、規模対象をより広範な企業にまで拡大していくと同時に、日本のITメーカーに対して対中取引縮小や輸出制限などの要請を強めてくる可能性もある。
また、基軸通貨ドルを抱え、金融の分野で圧倒的な支配力を有しているなか、金融を通じた「封じ込め」も引き続き実施していくとみられる。世界の準備通貨のシェアをみると2019年末時点でドルが60.7%を占める一方、人民元は1.9%と日本円(5.9%)の3分の1にすぎない。
中国は世界最大の貿易規模を誇っているとはいえ、資本取引が完全に自由化されていない。このため、人民元を準備通貨として保有するインセンティブは小さく、国境を超える資金決済も人民元の割合は2.2%に過ぎず、大半がドルで行われている。
その際、資金決済に当たっては、SWIFT(※国際銀行間通信協会。ブレトンウッズ体制=ドル支配体制の象徴的世界決済機関で、全ての取引を米ドルとの交換で完結するシステム)を通じて最終的には米銀が関与している。中国は事実上、金融面で米国からの支配を受けている形となっている。
こうした状況を受け、中国は独自の人民元国際決済システムを導入しているほか、SWIFTからの離脱が可能になる、デジタル人民元の開発を進めている。
米国には、こうした中国の動きを止める直接の手段はないものの、金融面での圧倒的な支配力を引き続き確保するうえで、こうした人民元決済システム・デジタル人民元の、普及を様々な形で牽制していくと同時に、引き続き銀行口座の管理等、カネの流れを掌握し、中国に圧力をかけ続けるとみられる。
デカップリング化は困難
一方、もう一つの政策である、中国依存を低下させるという「デカップリング」は、先行き容易には進まない可能性が高い。米企業は、1990年代以降、グローバル化戦略により、これまで「製造」といった必ずしも付加価値の高くない分野を、中国やメキシコなどの労働コストの低い新興国に移して業容の拡大を図ると同時に、これらの国々を中心に重層的な、サプライチェーンを築いてきた。
したがって、その中心となる中国とのデカップリングは、供給面で米国自身の経済活動・日常生活に支障をきたし、景気への悪影響が大きいと言わざるを得ない。
実際、米国の輸入比率は15%前後。このうち中国からの輸入は20%前後にも及んでいる。最終需要における付加価値創出国の割合をみると、米国の最終需要のうち、とりわけ製造業については、中国への依存が強まっており、中国で創出された付加価値の比率は、2005年の4.7%から2015年には9.0%まで上昇している。
このうち繊維、衣類、革製品では40%と、同分野においては、もはや中国での製造なしには、ビジネスが成り立たない状況になっている。仮に関与税等を通じて中国からの輸入を遮断していっても、米国で現状供給不足を補う術が乏しい。まず、国内生産については圧倒的にその能力が不足している。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。
(この記事は 2020年11月24日に書かれたものです)