トランプ大統領の発言とシリア内戦の関係性
ナイル川上流の「大エチオピア・ルネサンス」ダムの建設をめぐり、建設国のエチオピアと下流国にあたるエジプト、スーダンとの対立が生じている。この水利争いで、仲介役を果たしていた米国が、突然、立場をなくす事態が起きた。その原因は、10月27日にトランプ大統領が、突如、「エジプトはダムを爆破するだろう」と発言したことにある。
この発言の背景には、大統領選挙戦で同大統領が劣勢にある中、外交成果として、スーダンとイスラエルとの国交正常化に協力したエジプトへの配慮を示したものと考えられる。
トランプ大統領は、10月23日、スーダンのハムドク首相との電話で「エチオピア向けの多額の援助は止めた」と述べている。これに対してエチオピアは強く抗議し、同国のゲトゥ外相が、現職米大統領がエチオピアとエジプト間の戦争を導くような発言をすることは、国際法上、受け入れられない旨を、エチオピア駐在の米国大使に伝えている。
米国のメディアでは、11月3日の選挙後も、トランプ大統領が国内外でどのような政策をとるかわからないとの国民の不安を報じている。この点で、米国の対外政策として注目すべきものの1つが、対シリア政策、とりわけ、北シリアでのロシア軍と米軍の軍事行動である。
そこで、以下では、最近のシリアでの米軍の活動を中心に、シリア情勢について検討する。結論を先に述べれば、米軍の駐留がシリア内戦の終結を難しくしており、この内戦が続くことで国際社会の紛争リスクは低減しないと考えられる。
シリア内戦の対立構図
シリア人権監視団の2020年3月の発表によると、シリア内戦の死者数は38万4000人(うち民間人11万6000人)、難民・国内避難民はおよそ1100万人という人道危機に至っている。そして、この内戦では、以下に列挙するように、複雑な対立構図の軍事的緊張が見られている。
(1)政府軍vs.反体制イスラム過激勢力
(2)政府軍vs.シリア領内のクルド勢力
(3)政府軍vs.クルド勢力保護の米軍(以下、米軍)
(4)クルド勢力vs.シリア侵攻のトルコ軍(以下、トルコ軍)
(5)政府軍vs.トルコ軍
(6)シリア支援のロシア軍(以下、ロシア軍)vs.トルコ軍
(7)ロシア軍vs.米軍
(8)シリア領内での、イスラエルvs.シリア支援のイラン革命防衛隊
(9)シリア領内での、イスラエルvs.レバノンのヒズボラ
この対立構図の複雑さは、トルコ、ロシア、米国、イラン、イスラエルという外国勢力の介入によるものである。これらの外国勢力のうち、アサド政権が支援を要請したのは、ロシアとイランであり、他の3カ国は、一方的な駐留もしくは攻撃を続けている。
トルコと米国がシリアに軍を駐留させている理由は、テロに対する個別自衛権の行使であり、それぞれクルド勢力、「イスラム国」(IS)をテロ組織として軍事行動の対象としている。しかし、実態は、トルコは北シリアのイドリブでのスンニー派勢力の保護、米国は北西部のクルド地域の保護を行っており、シリア領の分割が懸念される状況にある。
これまで、国際社会は10年近く続く、シリア内戦を終結させるために、国連を中心にアサド政府と反体制勢との平和協議を続けている。さらに、ロシア、イラン、トルコからなるアスタナ会議諸国も、停戦状態づくりのための政策協調に努めている。
その一方、介入国は戦略的にそれぞれの国益を考えて、シリアでの軍事行動を継続している。中でも、ロシアはシリア領内のラタキアに海軍港及びフマイミム空軍基地などを確保し、東地中海での軍事プレゼンスを強めてきた。
これは、北大西洋条約機構(NATO)にとっての大きな脅威となっている。また、米国は、トランプ政権がISとの戦いで勝利宣言をしたにもかかわらず、シリアで正当性のない駐留を続けている。この米軍のシリア駐留の目的はどのようなものだろうか。
米国のシリアでの直近の活動
まず、トランプ政権のアサド政権に対する考えを検討してみる。トランプ大統領は、今年の9月16日、FOXテレビのインタビューで、「アサド大統領を暗殺する計画はあったが、マティス国防長官の反対で止まった」と述べている。つまり、トランプ大統領はアサド政権について、体制転換を図るべき対象と見ているといえる。その理由として、次のようなことが考えられる。
(1)アサド政権が社会主義的思想を有するバアス党を政治基盤としていること
(2)アサド政権はイランとの関係が強く、反イスラエル戦線の一部を形成していること
(3)シリア、イラクのクルド勢力と連携し、ユーラシア大陸での戦略拠点を保持すること
最近、米軍はシリアでの活動を活発化させており、9月16日にはロシアの治安パトロール部隊(装甲車4両)と米軍ヘリとのにらみ合いが見られている。10月に入り、ロシアのスプートニック通信が、シリア東部で米軍による軍事基地建設や、シリア原油の略奪行為を複数回伝えている。
また、10月28日にはシリア国営サナ通信が、クルド地域で反体制活動を行っているシリア民主軍が複数の米軍の装甲車と共に、タンクローリー車数十台を従えて、油田から原油を略奪し、イラク北部に入っていると伝えた。
こうした状況は、ロシア、イラン、トルコから見れば、トランプ政権が扇動してクルド勢力の分離主義的傾向を強めていると映るだろう。地元の住民は、米軍と反体制クルド勢力のこのような行為を道路封鎖などにより阻止しようとしている。
国際レベルでは、10月21日、ロシアのザハロフ報道官は、米国がシリアからクルド人を分離させようとする試みを継続的に行っていると指摘している。この指摘に対し、米国務省のジェフリー・シリア担当大使は、ロシアによるイドリブ県での反体制スンニー派勢力への爆撃が紛争を長期化させていると非難し、ロシア軍を「親体制部隊」と呼んでいる。
シリアを舞台とする米国とロシアの戦略合戦は、ここにきて表面化しはじめている。さらに気になるのは、イスラエルによるシリア領内でのイラン関連施設・勢力への爆撃が継続する中で、ゴラン高原付近でヒズボラや親イラン派民兵の活動が見られており、これに対してもイスラエルが攻撃を加えていることである。
シリアに対する米国とイスラエルの政策は、今後、この地域の情勢にどのような影響をもたらすだろうか。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方は、イーグルフライ掲示板をご覧ください。
(この記事は 2020年11月1日に書かれたものです)