英米の注目経済イベントの行方
ハードブレグジットにはならない
さて、まず英国の12月末ブレグジット期限に向けた動きである。筆者は当初から一貫して「ブレグジットはない。元のEU体制のままで一件落着となる」との見方をとってきたが、
さすがにこの場に及んでは、ひとまず見通しの間違いを認めざるを得ない。
ならば、通貨ポンドが大きく下落していくのかというとそうでもない。何よりパンデミックの強烈さに関しては欧州でダントツであり、ジョンソン首相自身が一時、重篤な段階まで症状を悪化させたわけで英国経済に与えるダメージは予想をはるかに越えている。それを承知の上でジョンソン首相が真っ向から「ハード・ブレグジット」の結論を出すのか、またEUも決裂を甘受するのか。
EU首脳会議(10月15・16日)が終了した。今年1月末でEUを離脱した英国のジョンソン首相は、今回の会議初日(15日)までにEUとの間で新たな通商協定を締結し、それが敵わない場合は、年明けからハードブレグジット(WTOルールによる通商関係)に移行すると断言していたが、結局この日までに双方は合意に至らなかった。
しかし、主要な欧州各国が深刻なパンデミック第2波に突入し始めた状況下で、双方が「では、さようなら」という訳にはいかない。ジョンソン首相自身が当初は熱烈な「EU一体派」だったゆえ政治的パフォーマンスにも限界がある。ひとまず11月中旬まで通商協議を延長する流れに変わった。
11月23日からの欧州議会本会議前までの合意に向かっていくことになるが、さすがに、それでも合意できないとなると、英国、EU双方の批准手続(議会、欧州議会の承認等)の日程から逆算して新通商協定の発動を年明けに実施することは不可能となる。
では、どうなるか。3つのシナリオが考えられる。11月中に合意に達するシナリオ、中間シナリオとは移行期間の実質的な延期、領域を限定した部分的なFTA(自由貿易協定)の合意を包括した協定のことだ。
一方で、双方で主張の対立が根深い公平な競争条件や漁業権アクセスの問題(特に仏マクロン大統領の要求は強い)に関しては、さらに協議を続けることとなろう。これは実質的には移行期間の延長に等しいが、もうこれしかないのではあるまいか。ポイントは、そうした経過措置が一体いつまで続くかという点。コロナ禍の動向次第では社会・経済の混乱が長期化する公算が大きい。
他方で年単位の措置となると英国の政治情勢が許さないだろう。そうなると四半期ないしは半年の期限毎に経過措置の継続を協議し、結果的に年単位の措置が重ねられていくことになる。いわば英国は来年年頭に8割にブレグジットからスタートしながら次第にEUとの友好協定を積み重ねていき、4~5年先には「8割のEUとの一体化協定」あたりまで戻っていくと思われる。完全なハードブレグジットなんぞ双方とも望んではいないのである。
通商交渉どころではない
では、EUを激怒させた英国とEUとの離脱協定の内容を反故にするジョンソン首相の究極の戦略的法案「国内市場法案」(9月29日に下院は可決)はどうなるのか。スケジュール的には最短で11月上旬には立法化可能となる。だが、ジョンソン政権自体が国際法違反と認める同法案を反対派が多数を占める英上院では多くの修正を施すであろうし、野党や与党内の造反もあって可決・発動はできまい。
仮に発動となれば、以後、EUは一切の交渉を停止するし、英国の歴史的な国際的信用は奈落の底に向かう。ジョンソン首相自身も上院でのスッタモンダを対EUとの交渉に有利に使う以上の狙いはないと見る。新型コロナウィルスの感染拡大により、金融グローバル化の追い風を受けて成長を続けてきた英国経済はとりわけ大きな傷を負った。
ジョンソン政権や保守党の一部には、ノーディールで英国経済がさらに傷口を広げたとしても、その責任を新型コロナウィルスの感染拡大に転嫁するという考えがあった。しかし、春先のウィルス対策の失敗に続く、パンデミック第2波によりジョンソン政権の支持率は10月12日段階で28%まで下げてきた。政権の延命にはEUとの通商協議よりも、ウィルス対策を最優先するしかない。
もともと、ブレグジットは英国・EU双方が痛みを負う。英国は経済的に輸出入の半分をEUに頼っているし、EUもシティの巨大な金融機能を活用し続けたいところだ。英国民も国民投票時にブレグジット賛成とした人々が、今はブレグジットの負荷を正しく理解している。ジョンソン首相も、その辺の状況判断はしているはず。ゆえに先程、予測したように「なし崩し」的に「ソフトブレグジット」化していくしかないのである。通貨ポンドも次第に楽観的な先読みに変わっていくだろう。
米国の追加経済対策は年越えか
ホワイトハウスと議会民主・共和党による「追加経済対策」協議が依然として合意に至っていない。足下での米国経済自体は後述するが、少なくとも緊急支援を必要とする状況にはない。
だが、パンデミック第2波の予兆もあるし、何よりも11月の大統領・議会選挙の政策的目玉として早々に浮上させた経緯からして選挙前の法案成立をあくまでも目指す態勢にある。市場も、そうした状況を織り込みながら日々の言行に一喜一憂している。その典型が20日のNY株式市場だった。
朝方、メドウズ大統領首席補佐官がCNBCとのインタビューで「週末までの合意のために全員が懸命に努力している。民主党との交渉で対策の規模を1兆8800億ドルに引き上げた。本日のホワイトハウスとペロシ下院議長の交渉で依然、障害はあるが協議は生産的で、交渉は継続する」と述べた。
一方のペロシ下院議長(議会民主党トップ)も「妥結後の経済対策法案の起草に既に着手している。州・自治体への支援や勤労者世帯への所得支援など歩み寄りが必要な分野が残っているが新型コロナウィルスの鎮圧戦略についてトランプ政権の合意を取り付けた。週末までの合意を望んでいる。11月前半には経済対策は成立することを楽観している」とメディアで語った。こうした情報が伝わった段階でダウ平均株価は一気に前日比380ドル高に跳ね上がった。
しかし、クドロー国家経済会議委員長が褪めた様相で「20日に合意するかは予想がつかない」と発言するやいなや、株価は急速に後戻りとなった。ここは冷静に見定めておく必要がある。
政権と民主党が交渉で妥結できても、共和党議員の多くは現在議論されている規模での支出には反対しているため、上院共和党が大きな壁として残る。マコネル上院共和党員内総務はホワイトハウスに対し、選挙前に合意を急がないよう警告している。
「ペロシ氏とムニューシン氏の間で妥結され、下院を通過すれば、ある時点で上院で審議するだろう」と公言していることでも明らかだ。
有力上院共和党議員のロムニー氏も「1兆8千億ドル以上の規模は上院で通過する公算は極めて小さく、そのレベルは私は支持しない」と明言しているし、上院歳出委員長(共和)も「法案を作成する詳細はムニューシン氏からもペロシ氏からも提供されていない。これで何をすればよいのか」と批判した。
上院(共和党が多数派)は19日からの週に約5千億ドル規模の追加経済対策法案を可決する、下院で可決した2兆2千億ドル規模の同法案と、どう調整するのかという状況下でムニューシン・ペロシ合意案が出てくるとなると選挙前の追加経済政策の決定なんぞ不可能である。
もっとも、そうなっても年内もしくは年頭までには少なくとも1兆8千億ドル規模の経済対策が実施される可能性は高く、さすがに市場も、そうした展望を担保として織り込んでいるゆえ、株式市場や債券、ドル相場に決定的な動揺はないとみる。
米国のパンデミック第2波が仮に広範囲な地域に拡大していくならば、米国経済見通しのベースに相当する「回復時系列シナリオ」を練り直さねばなるまいが、現時点では定量的予測値なんぞ皆目、見当がつかない。では足下ではどうか。
9月の全米小売売上高が前月比+1.9%(事前予想+0.7%)と5ヵ月連続の増加で且つパンデミック前の2月水準を上回った。10月のミシガン大学消費者信頼感指数も明らかに改善。重要な期待指数も持ち直した。失業保険の上乗せ給付をはじめ各種支援措置の行方は依然不透明であるが、経済活動再開に伴う雇用情勢の改善等を受けて人々の不安心理が後退している様子が窺える。
現在のところ政策効果減衰懸念が個人消費(GDPの70%以上を占める)減速に直結する事態は回避できているようにみえる。15日に発表されたNYとフィラデルフィア連銀の製造業景況指数の良好な結果と併せて考えると、米国経済の回復軌道はモメンタムを維持していると判断される。筆者も含め、8月~9月は「財政の崖」で急減速も懸念したが家計の総収入および貯蓄率は依然としてコロナ禍を上回っており、バッファーは尽きていない。
したがって、たとえ「追加経済対策」が年越えの実施になるとしても、景気回復の決定的腰折れになることはなかろう 。